■お年頃@■
−6・21−




「ほれ」

時は6月21日。
めでたくも快斗が一つ歳を重ねたその日、快斗が目覚めて朝一番に、無造作にコナンが快斗へと渡してきたものがあった。
二人は同じ部屋の同じベッドで寝て起きる生活をしている。大抵は寝起きの悪いコナンを、快斗が毎朝趣向を凝らして(キスや身体への悪戯やらは勿論、快斗がベッドの傍を離れて身支度を優先したいときは目覚まし時計の音から暗号になっているリズム音や音声が流れたりで)起こすのがいつもの状態なのだが、この日は少し違っていた。

珍しく快斗よりも先に目を覚ましていたコナンが、寝起き様―横になって目を開けたかどうかの瞬間にパサリと紙切れを顔に乗せてきたのだ。

「…ありがとう!」

白く埋まった視界に一体何だと取り上げてみれば、快斗が待ち望んでいた全ての欄が記入済みのあの用紙。
先月快斗がコナンの誕生日に渡した『婚姻届』。快斗が渡した時は、そこには『黒羽快斗』の分しか記入がされていなかった。けれども、いま快斗の手にある用紙は空欄だった所がちゃんとコナンの手蹟で埋まっていた。
もしかして、と期待していたことが裏切られず現実となり、快斗は心底から喜んだ。
ベッドから身を起こして、コナンとその紙と交互に眺めては顔が微笑うのを止められない。
そんな様子を見て、コナンは呟いた。

「遅くなって悪かったよ」
「いや、全然。むしろ忘れられてると思ってたし。…いや、気拙くて記念日的なモンでもないと渡してこないかもーって思ってたぜ?なんせコナンちゃんだしさぁ」
「なんだそりゃ」
「だぁって、GW後半から事件に呼ばれて行っちゃうし、俺もそこから忙しくなって、まぁイベント目白押しのかき入れ時に無理矢理休んでたツケとはいえ、地方巡業に連れまわされてたしさ。戻ってきたら…不機嫌だったし」
「あれは・・・!」

コナンはその原因はオメーだろ、と快斗をにらむ。
喧嘩を再燃させたい訳ではない。ただ思い出すだけで感情回路を良くない方向へ繋げてしまう事柄というものがある。

快斗が海外や地方へ出た時は、テレビ電話よろしくコナンと通信通話を行うのだが、その際に公演場の一部をネット通信で送ってくる事がある。
コナン専用に配信してくるのは、ショウ自体を違法に流してくるものではなく、専ら快斗の顔をメインで写しながらの伝言だったり、仕事先の土地風景や、特設会場の準備中だったり、である。
その中に時々ステージの仕掛けの段取りを後でチェックするために、快斗がこっそり固定カメラで撮影したものを飛ばしてきて、それが延々通信録画されている事がある(後学の為、というより後々『自分の』ステージを造り出す際の無駄の無い作業追求の為であるらしい)。

今回はその映像が問題だった。

数多の人間が行き来する合間にも一人黙々と作業する快斗の姿。
ある意味盗撮であるこの通信映像は、コナンが開く画面とは別のドライブに直接流れ込む仕様なのだが、ある時この映像の存在に気付いてから、コッソリその中に在る仕事をする快斗の姿を見るのが楽しみの一つになっていた。
しかしだ。
一人でいる快斗の所へ、スタッフは当然とはいえ−裏方仕事には勿体無いような可愛い格好をした女の子や、開催先のオーナーの関係者と見受けられる場違いそうなのに一般人とは違う扱いを許されている娘やら、ステージ裏方にはあまり関係ないゲスト程度の女性マジシャンやら―その誰もが人目を憚って、それぞれが快斗と二人きりになるタイミングを見計らって画面に現れるものだから、まるで次々密会を重ねているようにしか見えず、大層コナンの気を病ませたのだ。
基本、撮るだけの映像には音声がない。バッテリーを長持ちさせる為にも余分な集音機能だのは省かれている。
だから、声も聞こえず、かといって迂闊にその場で声(電話)を掛ける事も出来なくて、コナンは「近すぎだろ」「…触るな」「へらへら笑ってんじゃねぇ」と呟くしかなかったのだ。
以前にも、チラホラ見受けられた光景だったはずなのに、この時ばかりはコナンに笑い飛ばす余裕は無くて。
巡業は、次の公演を取り付ける接待までもが仕事の内に入るから、当然繋ぎを作り、ある程度顔を売りたい快斗がそれらに追われて連絡が滞りがちになったのも良くなかった。

なんだかんだのあったGW明けから、少し家を空けるな、と言われて。婚姻届はともかく、夜のナニはちょっとしてみてもイイぞ、と試しにしようとして―結果、不完全燃焼で終ってしまった後の、短期間とはいえ遠距離状態だったから、すわ浮気でもしてきたのか、やっぱり普通の女がいいのか、とか帰宅してきた快斗を問い詰めたのは記憶に新しい。

眼を白黒させながら、コナンの嫉妬を喜んだ快斗であるが、一途な想いを疑われたのには結構傷ついて、暫く自分だけの秘密として言わないでおこうとした事も明かしてしまった。しかし、お陰でコナンの機嫌は治って、きっと仕舞われたままになるだろうな、と思っていた指輪が時折コナンの指に収まるようにもなったから、喧嘩も悪いことばかりではないなぁと思ったものだ。

「分かってるって」

快斗はコナンの手を取ってその甲と薬指に軽くキスを送る。コナンの手を恭しく捧げ持つ快斗にも、コナンが付けているのと同じデザインの指輪が薬指に嵌っていた。

「でさ、快斗」
「うん?」

ちゅっちゅと更に繰り返して口付けしていた男は、おずおずといった様子で―しかも頬を赤らめて呼びかけてきた彼女の姿にドキリとした。

「その、俺も、やるから」
「…」
「文句言わずに受取れよ?」

快斗は瞬間今日が平日だということを思考外へすっ飛ばし(え、これもう、『私を食べて』ってヤツか?!マジで!?)と判断し、コナンを抱きしめようとして―しかし目の前に提示された用紙にピタリと手を止めた。

先ほど快斗が受取った用紙と同じもので。
けれども、少し、違っているそれ。
片方だけ記入してある、その名前は。

「『工藤新一』…って」
「コレだって俺だしさ。ま、こっちのはドコにも出せねーけど」
「…いいの?両方とも欲しいって、確かに言ったけど」
「ちゃんと両方受取れバーロー」

快斗はそうっと二枚目の紙を手にして、胸に抱きしめた。

「名探偵工藤新一が夫ってスゲーよなぁ」
「名探偵江戸川コナンが妻だしなー」
「あ。だったら、こっちの怪盗1412号で書いておこうか?」
「バーロ、そしたら、オメーの親父さんまで嫁にしなくちゃなんねーだろうが。…俺はオメーだけでいいんだよ」
「っ…ありがとう」

大事な証明書をくしゃくしゃにしてしまわないとうに、そっとテーブルに置いてから、快斗は妻でも夫でもある名探偵を抱き締めた。








めでたい






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