□生誕再臨□




日本という極東の島国が全国的に梅雨入りした頃のこと。
友人である工藤が唐突に旅行に行かないかと誘ってきた。

「雨嫌だからって、旅行ってオイオイ」
「違うって。あー正確には旅行ってモンでもねーな」

工藤が日本特有のこの気候に大分嫌気が差しているらしいことは、傍目からでもよくわかった。朝から雨の日など、下手をすれば大学に姿を現さない。工藤の大好物である事件が彼を呼んでも、一目散に雨の中に飛び出すことはなく、渋々と引き受け、パトカーをタクシー代わりに使う。
曰く、それは気圧の変化と湿気に身体がだるくなる持病があるからだ、ということらしかった。
らしい、というのは彼が臭わせる言葉を総合すると、という話で、実際のところ俺は工藤の事情には結構精通していたから、工藤の状態が、とある薬を服用した際の後遺症の一つであるという事を知っていた。

なにせ、俺は怪盗なんて真似をしていた過去を持ち、その稼業において幾度と無く『工藤新一』に変装したりして、まぁなんやかんやで探偵である彼に関わっていた時期があったからだった。
―だが、そんなことを工藤は知らないはずで、だとしたら俺は『雨の日は調子が悪い』相手に呆れる反応をするのが『普通』なのである。
俺は今、工藤と同じ大学に通う単なる『普通』の友人の一人―というポジションにいるのだから。

単なる友人、ではあるが、工藤は自分と同じくらい思考が回り、時に数多の専門分野を飛んでいく会話に平気で付いて行ける俺のことを気に入っているようだった。
俺は元から工藤を気に入っていて、同じ大学でその姿を見つけて以来進んでそれとなく近づいていったのだから、なんとも両想いの友人関係がそこにはあるのである。
とはいえ、工藤からすれば俺は出来立ての友人だ。
四月に出会いを演出してからまだ二ヶ月と少ししか経っていない。
よって俺はその旅行のお誘いを嬉しく思いながらも、非常に驚いていた。
ついでにその行き先にも。

「フランスぅ?!」
「そ。あ、パスポートは?」
「あるけど…でも、なんで?今?え、今週?」
「そう。ちょっと用事があるんだよ。で、お前フランス語できるだろ?」
「工藤もできるんじゃねーの?出来ないのか?」
「簡単な遣り取りぐらいはな。でも観光じゃなくて、ちょっと向こうの図書館で探したい本があるんだよ」

そこで俺はううん?と首をかしげた。怪訝な俺の視線に、工藤は、そのな、と更に解説を加えてくれて、そこで漸く合点がいった俺は、同行にOKしたのだった。


 ***


「20日出発って事は…向こうで歳を食うわけか」

突然の旅行というか何というかの準備をしながらカレンダーを見て、俺は呟く。
それから、今年も俺の誕生日を祝おうとしてくれていた(ついでに久しぶりに会って騒ごうとしていた)幼馴染や元同級生に、急いで謝罪のメールを送った。
なんだよ久々だったのに、とか東都大の話聞きたかったのにー、とかまぁ色々言われはしたが、帰国したら俺が自宅でちょっとしたマジックショーでもしてやらぁ、と言うと皆許してくれた。誕生日祝いしてやるから土産忘れんなよ!という図々しいお願いもあったりしたが。

そんなワケで、旅行期間に自身の誕生日がある事を、当然俺はちゃんと分かっていた。しかし、工藤には分からない事だろうな、とも思っていた。聞かれたこともなかったし。
俺もは会って直ぐに工藤の誕生日があることは知っていたが、せいぜいGW中に何かすんの?と雑談した程度で特に祝いもしなかった。いや、俺が工藤の誕生日を知っていることが当然となっていれば堂々と祝えた。祝いたかった。名探偵である彼が俺と同じ時に産まれ、互いに様々と姿を変えながらも幾度と無く出逢い、今はすぐ傍らに在る喜びを。
だが、工藤の口から彼の誕生日についての話は結局無くて、俺は祝うきっかけを掴めずに、ただ連休中を悶々としていただけだった。―これが女子なら、何月生まれ?とか雑誌の占い頁でもめくりながら聞けたところだろうが、どうして野郎同士でそんな会話になることはなかなか無いものだ。

工藤の用事に付き合うことが条件で、諸々の手配や旅費は工藤側が出してくれるというし。それならば勝手にコレをお祝い旅行だと思ってしまえ、と俺は些か投げやりに思ってみる。機会があれば、ちょっと言ってみようかと思うものの、既に工藤の誕生日を祝う機会を逸しているがゆえに、多分言い出せないような気もしていた。


 ***


日本からフライト約14時間の後、フランス国内の小さな便に乗り換え着いた片田舎。
こちらは日本とは違い快晴だった。
工藤も心なしか、最近稀に見るご機嫌な様子で、バスから降りると「少し歩くぜ」と言って、件の図書館への道を辿りだした。

「それにしても、絵本探しねー」
「ここにあるはずなんだってさ。でも、肝心の図書館に登録されてないっていうし」
「人海戦術なら、もう少し誰かに声かけたら良かったんじゃねぇ?」
「団体旅行なんざゴメンだ。旅費だってスポンサーがついてても馬鹿にならねぇし。お前が一番使える」
「うわ、友人を有用度で差別しちゃってるよ、この人」
「区別だ、区別。もしくは特別?」
「うわー、うれしー」
「棒読みじゃねーか!」

ハハハ、と笑いながら肩を並べて歩く。
悪くないよなぁ、と俺は思った。

工藤の探している本があるはずの図書館は、言ってみれば地域の公民館のようなモノで、年代ものの建物に、近所の人間が要らなくなった蔵書を持ち寄って作ったようなこじんまりとした場所だった。
電子登録もなく、人の手だけで管理されているらしい図書の数々。
工藤の話を事前に電話で聞いていたはずの老婦人は「じゃぁ好きに探して行くといいわ」と言って、案内だけすると受付カウンターらしき机に戻ってまた居眠り。
なるほど、これは直接来て探すしかないようなところだな、と俺は何だか肯いてしまった。

「じゃ、ちゃっちゃと探すか。ンなに絵本の数は無さそうだし、今日で何とかなるかな」

学生が流石に平日に何日も自主休講するわけにはいかない。
図書館が開いている日に合わせてやって来たが、二日でなんとか見つけよう、と話し合っていた。

「おう。そうだな。今日中に見つかったら、…イイところに連れて行ってやるよ」
「へぇ、楽しみ」

ニヤリと笑いながら、俺と工藤は子供向けに低く作られている棚の前に腰を下ろした。




『探しているのは絵本なんだ』
『希少価値アリな?つか、工藤って絵本読むの?』
『ああ、一応、絵本を探して欲しいって依頼主がいるんだよ。ソイツが旅費を出してくれるんだ』
『学生探偵も大変だな』
『探偵への依頼っていうより御遣いだな。でも、世界に一冊しかない絵本だぜ?ある作家が、在る夜その村で起こったことを綴った書き付けに、同じくその出来事を見ていた絵描きが絵をつけたんだ』
『出版されてないってことか』
『そう。ただ、その村の人間に大事にされている絵本だった』
『だったら、役場?とかその持ち主に問い合わせれば―』
『所有していた村の権力者ってのかな?その人が亡くなって、跡取りが先代の持ってた蔵書のうち、金にならなそうなモンをごっそり村の図書館に寄付しちまったんだそうだ』
『うわー。それって最近?』
『二ヶ月ぐらい前になるらしい。だから、運がよければ、まだその図書館にあるはずだ』
『で?依頼主って誰なんだよ?』
『……工藤優作』
『ああ、かの偉大な小説家…って何だ親父の手伝いかよ!』
『だから!…御遣いだって言ってる』
『ふぅん?で、フランス語を読める人間の手伝いが欲しいと』



タイトルは『Nuit de la magie』というらしい。
日本語で言うなら『魔法の夜』。
絵本にありがちな、ファンタジーなタイトルだ。

しかして問題は、話を書いた作家が、完成した本の装丁を知らず、つけたタイトルが本当にそのまま使われているのかどうかも把握していないこと。それと、この図書館の絵本は適当に本棚に放り込まれていて、まったく順序良くもカテゴリごとにも分類されておらず、一冊一冊目手にとって確かめないと確認できない、ということだった。

「タイトルまで改題されてる可能性は?」
「んー?いちお、本が出来たときに、そのタイトルで作りましたって手紙が来たらしいけど。どうかな」
「らしいって…工藤の親父さんって流浪の作家だったんだな…。なんか、各地に壁画残してく感じの芸術性を感じるわ」
「そんな大層なモンかよ。なんだっけ…」

ぱっぱぱっぱと。
俺も工藤もかなりの速さで手にした本に目を走らせる。題目を見て、それから念のために魔法使いが出てきそうな絵があるか本を開いて、軽く内容にも目を通して。その合間に、工藤がポツリポツリと依頼主の話を差し挟んだ。

『あの夜は、思いがけない出来事があったから、ついつい筆が滑った。適当に書き付けたものをホテルの部屋に忘れて行ったら、ホテル掃除のアルバイトをしていた絵描きの卵がソレに絵をつけてね。村の絵本公募に応募したのだそうだ』

『優秀作を取ったものの、お話の続きや他の話をねだられて困った絵描きは、実は勝手に忘れ物の話に絵をつけたのだと白状してね。流石に賞は取り消されたが、その話をいたく気に入った村の金持ちが自分だけの本にしようとしたわけさ』

『絵描きがホテルに残されていた書付を差し出すと、それなりに名を売り出していた私の名前があったから、わざわざホテルに遺して置いた住所へ、事の顛末を教える手紙をくれたというわけだ』

『あの話があの村に残るなら、それでいいと思ったからねぇ…本は手製で一つだけと聞いて逆に嬉しかったものだが。消えてしまうのは惜しいからね。探してきてくれないか?』


自分では探しに行かないのか、と思ったが、まぁ人気作家も多忙なのだろう。探し物があるなら、探偵の息子を使わなくてどうする、という事だろうか。
工藤は父親の話になると時折苦虫を噛み潰したような顔を見せたものだが、実際は仲のいい親子なんだろうな、と少し俺は羨ましい。

「それにしても、今更、惜しくなるもんなのかな?」

ふと沸いた疑問に、工藤が、この依頼をされた際に聞いてきたらしい父親の言葉を呟いた。

「あの夜、同じ空間を共有した者には夢のような時間だったから…ってな」
「夢のような…何があったんだろうな?」
「詳しくは、絵本を読めば判るはずだって、言ってたけど」
「え?聞いてきてないのか?!」
「―…まぁ。見れば判るらしいし。判らなかったら、作家か画家の力量不足だな」
「おいおい」

この工藤新一の父親である、あの工藤優作が何年も前に旅先で目にした夢のような出来事を元にして書かれた絵本。そう考えると、俺も段々と読んでみたい気持ちになってきた。
興味が沸けば、自然、すべき事に集中して無言になる。

本や紙の擦れる音。

古めかしい柱時計のカチカチと時を刻む音。

しばらく密やかな音の中にいた俺は、とある棚で角の紙が剥げれかけている白い背表紙の本を手に取った。

タイトルは―

「おい、工藤」

ハッとして俺は工藤に呼びかけた。
しかし返事は無い。
おや?と思い、図書館を見回す。
先ほど反対側の書棚に移動していたのだが、姿が無かった。
もしかしてトイレだろうか。

とにかく確認しようと表紙をめくった。









「見つけたのか?」

どのくらい時間が経ったのだろうか。
俺は、何回も何回も、繰り返し繰り返し、夢中で手にした絵本の頁を捲っていた。
だから、すぐ背後で声を掛けられるまで工藤が居たことに気が付かなかった。
今戻ってきたのか。
それとも、ずっとソコに居たのだろうか。

俺は不意を突かれた驚きを隠しながら、滲んでいた視界を正すべく、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
工藤を振り返るまでに、ポーカーフェイスを纏わなくてはならない。

「あ…ああ」
「…読んで、判ったか?」

「うん、…多分、工藤の親父さんが書いたのはコレで間違いな―」
「違う」

へ?っと、俺は工藤を振り返った。
そこには、非常に探偵らしい挑戦的な―それでいて、ひどく優しげな青い瞳をした工藤がいた。

「俺の親父が書いたモノかどうか、じゃなくて」
「…え」
「お前の親父さんを描いたモノかどうか、だよ」

今度こそ俺は、驚愕に何も言えなくなった。
纏おうとしていたポーカーフェイスは、貼り付ける前に床に滑り落ちていくようだった。


 ***


「とある晩、とある村にやってきた傷だらけの白い男」

「自身が傷だらけだったのに、村の外れで産気づいた妊婦を腕に抱えて、町医者へ」

「あんたの方が酷い怪我だと騒がれても、彼は早く妊婦を救えと言い募る」

「『私の子どももそろそろ生まれてくる頃なのです。まるで他人に思えない。どうかこの母子を救ってやってくださいな』」

「名も告げずにその場を去るも、今度は道端で自分自身が座り込む」

「通りがかった酒場の亭主が、酒を吹きかけついでに手当て」

「介抱なすった店の亭主に感謝して、白い男は客を寄せる魔法を披露する」

「どこからともなく現れる花、光のシャワー、羽ばたく鳩、酔った誰もが笑って謡う」

「そこへ無粋な警官隊の乱入劇。今夜どこかに現れた盗人とよく似ていると白い男に詰め寄って」

「けれども、彼は無骨な手に花を捧げて、『今宵はどこかで天使の生まれる夜。その子が貴方のように勇猛で』」

「亭主にも花を捧げて、『その子が貴方のように、心優しく』」

「看板娘には花と手の甲に口付けを捧げて、『その子が貴女のように、心も身体も綺麗に健やかであるように』」

「白い帽子を頭から胸元へ優雅に一礼し、『ここにいる皆様の祝福を、どうか天使に頂きたく』」

「毒気を抜かれ、見守る酒場に、一仕事を終えた町医者が一杯おくれとやってくる」

「『さっき赤子をとりあげたよ!元気な天使が村に来た!天使の母親の危ないところを助けてくれた、白い男が居たそうだよ』」

白い男に集まる衆目。彼は誕生し救われた命に零れんばかりの笑顔を見せた。

『さあ、皆様の祝福で、新しい命を迎えてください!』

ぱんぱんぱん、と最初に手を打ったのは、密かに酒場で奇術師のショウを見ていた旅の途中の小説家。素晴しいショウに、拍手を贈るのは世の礼儀。祝い事があったのなら、尚の事。酒場に居る誰もが、ソレに倣って手を叩いた。

白き男へと捧ぐ感謝と村の天使を迎える祝福に警官隊は戸惑い顔。

『さて、あなた方のお探ししているのは、天使の恩人?それともだぁれ?』

看板娘が彼らに尋ねる。

『白い男が、お屋敷から宝石を盗んだのだ!誤魔化されはしないのさ!さぁ来い、貴様の罪状を、必ず我らが吐かせて見せよう』

『おやおや、宝石など私は持っていませんよ。それより、貴方のそちらの手の中にあるものは?』

言われて気付く、白い男から花を受取ったのとは逆の手の、その手の中に、探していた大きな宝石。

これは一体どうしたことかと騒ぎ始める警官隊は、亭主にシッシシッシと追い払われてすぐさま退場。

そしてまた夢のようなひと時を、その夜酒場に現れた男は披露していったのだという。

誰もが魔法のようなその奇術に夢中になったのに、一番鳥が鳴いた頃には、白い男は忽然と姿を消してしまっていた。
花も紙ふぶきも鳩の羽さえ何一つ残さず、まるで本当にあったかどうかすら確認できない謎の男。

『きっと彼は、彼の天使に会いに行ったのでしょう』
と小説家は一言。


 ***


パラリと手にした古そうな紙―おそらく例の書き付けと、俺の持っていた本の内容を部分部分で抜き出し、補足しながら読み比べた後、工藤は「あんまり、怪盗っぽくない絵になってるよなぁ」と呟いた。


「工藤…おまえ」
「その男が現れたのは丁度19年前の今日だとさ」

呆然としていた俺の前で、工藤はニヤリと笑った。
どこかで見た顔だった。この俺と同じような背丈ではなく、もっと小さな、小学生ぐらいのガキだったコイツがよく、こんな顔をして。
そして、俺を―怪盗KIDを追いかけてきていた。

「あの晩親父が遭遇したのは間違いなく怪盗1412号。―通称怪盗KIDだったんだそうだぜ?そんで、奇しくも今日がその二世が生まれた日」
「…それが?」
「なんでもない、与太話さ。それはそうと、誕生日おめでとう、黒羽」

この野郎。
何が、なんでもない、だ。

一体いつから気付いていやがったのか。―俺は上手くやっていたはずなのに!そんな想いを読んでか、読むまでも無かったのか、工藤は肩を竦めてこう言った。

「ホントに『工藤新一』に似たようなツラしてるんじゃねーよ。元同高生は口を揃えて『黒羽はマジックが得意』とか言うし、アホか」
「ひッど!」

なんだかもう色々と脱力した俺は図書館の床に座り込んだ。
ガックリとしている俺の頭を、工藤が本で小突いて来る。
角で叩くんじゃねぇ。

「そんで、ホラ。話はつけてきたからな。プレゼントだ」
「え!」

俺は驚いて顔を上げた。
工藤が、さっきまで俺が読んでいた―工藤の探し物だったはずの絵本を差し出している。

「って、お前、これ」
「親父にオメーの事話したらさ、思い出したよ、とかいってこの本の話をしたんだ。直ぐに取り寄せようとしたけど、こんな所に放り込まれてるって状態で。お前に手伝わせるのも、何だかなーって感じだったけど…でもさ、丁度いいかとも思ったんだ」
「…何が」
「怪盗が怪盗を追ってもさ」
「…もう、工藤って何なの。俺、怪盗じゃないんですけど」

我ながら実に往生際の悪い言葉だ…と思いはした。
じゃあ、この本いらねーの?と言われ、慌てて本を引っ張って抱き締めてしまった。
工藤は笑っている。

「えーと…もし仮にだ、この俺がこの本と関係あるかもしれないとして、でもソレが俺を怪盗ナントカと関係付けるには―」
「あのさ」

どうにか言い繕うなりかわすなり出来ないかと口を開いた俺の言葉を見越したように、工藤は言った。

「俺は見てーんだよ」
「……」
「怪盗でも黒羽でも、夢みたいな魔法っての」

ああ、見下ろしてくる青い目が怖いくらい綺麗だ。

「出来るか?」
「―出来るよ」
「見せろよ。その絵本の男が現れた店ってが、まだちゃんとあるんだぜ?」

俺の顔を見て、更に工藤は笑みを深くする。

「その絵本の男と同じステージに立ってみろ」

なんとも挑戦的で魅力的な誘いに、俺は今度こそ降参した。

俺ではない怪盗の姿を覚えている人間の前に立ち、同じ衣装を纏って魔法を披露する機会など、滅多に得られるものではない。ましてその場をこの名探偵が用意してくれるというのなら。

全力で応えるのが男ってモンだろう。




図書館から出ながら、俺は何気なく、聞いてみる。

「ところでさ…工藤って、その、怪盗が好きだったりする?」
「犯罪者に好きも嫌いも必要ねーな。ただ、黒羽には、その」
「…なに?」
「いちお、感謝してんだよ!」

へ?と目を瞬かせる俺に、工藤が言うには― 体調悪いときとか、般教のノートとか出席とか、被ってるトコ全部フォローしてくれっし、食え食えって五月蝿く言ってくるの、マジでウルセーけど、お陰で貧血良くなったし、記憶力イイからメモ帳代わりみてーな事つい言ってもちゃんと把握しておいてくれるし、大体な…、なんだって怪盗じゃなくてもハートフルなんだよ?!つぅか、あのヒヤッとする感じとか抜けて全面お人好しじゃねぇか!ホント参るんだよ、お前!

…色々と、複雑に、それなりに、いやかなり?親愛してくれているらしい、と判った。

「だから、日頃の恩を少しでもだな、」
「ありがとう、工藤」

照れ屋な男の、顔を真っ赤にした言葉は、俺にとっても何ともむず痒いもので。
今夜は、俺が祝えなかったコイツの誕生日も一緒に祝えるような、最高の魔法を見せてやろう、と心に決めたのだった。











怪盗の生誕に心より祝福を!

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