□となりのかいと・追加□ 「ただいま、新一兄ちゃん!あのさ、今からバァヤさんトコの畑の収穫してくる!」 「ばぁや…って、ああ!この間お前を送ってきてくれた白馬さんちの?」 「そう!」 本日土曜日の午前中だけの学校を終えて、玄関ではなく縁側に帰宅してきたコナンが、頬を赤くし嬉しそうにそう言った。(世間は夏休みだが、コナンは田舎の地域おこしと連動した夏季特別体験学校に通っているのだ。) 「また迷子になるんじゃないのか?」 「大丈夫だって!正面玄関つーか、あの屋敷の正門は下からでも見えるもん」 先日コナンはカブトムシの生息域を知ろうと山へ入り込み、いつの間にか広大な敷地を持つかの家の敷地奥で迷子になってしまい、そこでその別荘主に拾われたのだ。 いや、彼女は別荘の管理人だか執事と言っていたか。 『こちらの坊ちゃんが我が白馬家別荘に迷い込まれていましたので』 と言って『バァヤですわ』と名乗る老女が、日が暮れても帰ってこない弟を心配しだした新一の待つ借家に送ってきてくれたのだ。 「正門はいいが…その、畑に行くのは屋敷の人も一緒なんだろうな?」 「うん、バァヤさんが案内してくれるってさ。今は使用人さん達も夏休みで人が少ないから、お手伝いしてくれると助かるって」 ところどころに番地の記載の在る都会暮らしから一転、目印の少ない山道や田園風景の中で、新一の弟はよく迷子になっているようだった。 大概、親切な村の人や学校の友達、もしくは―この土地にとても詳しい人外の存在が連れて帰ってきてくれるのだが。 新一としては、好奇心も程ほどにしてくれと頭が痛い。 ともあれ、夏の太陽の下、大自然溢れる田舎暮らしを身体いっぱいで楽しんでいる子供の姿は眩しいものだ。 新一同様あまり焼けない筈の白い肌が、毎日の日差しの照射に少しずつ香ばしいような小麦色に変わってきている。 コナンは縁側にドサッとしょっていた荷物を置いた。 「とうもろこしが沢山生ってるんだってよ!」 「へぇ。広い敷地で家庭菜園もしてるのか」 「バァヤさんが、御当主の坊ちゃんの為に育てたんだけど、明日か今日にでもソイツがコッチに来るから収穫して食べさせたいんだってさ。んでソレ手伝ったら、収穫した半分くれるって。俺行って来るな!」 言いながら、新一に手を振ろうとしていたコナンだが、不意に声を掛けられて足を止めた。 「あの!私も行きます。あそこでしょう?白馬家の。多分、今度は畑の中で迷うことになりますよ。トウモロコシ畑はコナンよりも背が高いです」 「俺も行こっかなー!久しぶりだ。あそこはトマトが旨いんだよな」 「?!何だ、来てたのか」 声と共に、新一の足元にころころ転がってきた何かが、突然新一と同じくらいの大きさの青年になった。 一人はこの暑い中、白のスーツにシルクハットを被って、その癖涼しげにニコニコと微笑んでいる。もう一人は白い者から白のジャケットを除けただけの青いシャツの姿で、首元を少々はだけさせている。どちらも片目に銀のモノクルを掛けているのが印象的だった。 「さっきな。新しい暗号が出来た、つって」 「えーっ!オレのは!?」 新一の手にしている葉っぱを見止めて、コナンが不満げな声を上げた。 「あるぜ」 「ありますよ」 「ホントか!」 外に出て手ずから作物の収穫をしてみたい気持ちと同じくらい、大好きな彼らの謎掛けに心がグラつく。 足を外と縁側どちらに向けようか蹈鞴を踏む子供に、青年達はクスッと笑った。 「ボウズのはコレ。歩きながら解けば?」 「何なら私がおぶって連れて行きますよ?」 「いいのか?」 「はい」 「なら、俺はボウズの肩に乗る。テメーだけ歩けよ」 「…抱っこにしたら、謎解き顔が見れますかねぇ」 「…なに、人の弟甘やかしてんだよ…」 青いのと白いののコナンの取り合いのような言い合いに、新一はジト目を送る。しかし、まぁ彼らが付いて行くのなら、また迷子になる心配はないだろう。彼らは何だかんだで新一よりもよっぽどコナンを案じてくれていたりする。 だが、ハタと新一は気付く。 二人いや二匹?ともが家から出て行くという事は。 「なら新一は俺が甘やかしてやるよ」 「!?離れろぉおおお!!」 縁側に立つ新一の背後にべたりと圧し掛かってくるもう一人いや一匹? 彼は背後から新一の背中に張り付いて、がっちりと両腕で新一の腰をホールドした。 「ちょ、オメーらコイツも連れて行け!お前もコナンと働いて来い!」 「いやいや、これでも俺ら神様だからね?基本的に収穫物を貢がれてナンボだから、そんな事しねーよ」 「白いのと青いのは行くだろ!」 「アイツら多分コナンくんの傍に居るだけだぞ?もしくは勝手に実りを頂いてくるか、かな」 「神様が泥棒すんな!」 「怪盗といってくれ。こないだ新一達と見たアレ、面白かった!」 アレとは、洋モノの『ホームズ対ルパン』という割と古い映画で。雨の日外に出られなくてつまらそうにしていたコナンの為につけてやったビデオで。 何故かその時も遊びに来ていた人外三匹も楽しそうに見ていたのだが、どうやら彼らの心を惹いたのは、素晴しい推理を披露する名探偵ではなく、華麗に変装したり愉しげに犯罪行為をする怪盗のほうだったらしく、しばしその後兄弟VSかいととろ達で論戦やら推理戦やら暗号戦が繰り広げられたものである。 「あ、怪盗ごっこ楽しそうだな。久々に予告状でも作ってアイツん家に置いてくるか!」 「頂きました、という結果報告状でしょう、今からでは」 コナンは、妙な企てを話し合う白いのにヒョイと抱き上げられて、青いのから暗号を貰う。コナンに暗号を渡した青いのはポン!と一瞬でまた小さくなってコナンの肩に乗った。 端から見ると大変におかしな状態なのだが、どうやら彼らは普通の人の目には映らない存在なのだ。同じように、彼らに触れている場合は、触れている人間までもが普通の人の眼からは見えなくなってしまう。 つまり、現状でいうなら縁側に人は居ないコトになる。 神隠しだよ、と彼らは言うが、新一からはコナンが、コナンからは新一がちゃんと見えるだけに実に不思議な現象だった。 「白馬もホームズの方が好きらしいぜ。新一達と気が合うかもな」 「知り合いなのか。…ってことはソイツも『見える』んだな?」 「んー、偶に?かな。新一たちほど鋭くない」 新一の肩に顎を乗せて、ケケケっとカイトは笑った。(三人は一様にかいととろと言う名らしいが、青くも白くもない彼を、総称を適当に切って『カイト』と兄弟は呼んでいる) 「じっと凝らせばちゃんと見えてていいはずなのに、変に頭固くてさ?反応が面白れぇんだよな」 「…だったら、尚更行けばいい」 「え?ヤキモチ?!」 「な?!ンなわけあるか!」 身体を捻って反論する新一を更に押さえ込みながら、カイトはコナン達に手を振る。いってらっしゃいの合図のようでいて、その実さっさと行けよと追い払う仕草に見えるのは気のせいだろうか。 コナンは肩を竦めて、己を運ぶ役の白いのを促しながら兄へ言い放つ。 「じゃ、行って来るな、新一兄ちゃん。…テーソーは自分で守れよな!あと、洗濯物取り込み忘れないように頼んだぜー」 白いのは彼の能力で察した予言のような助言を言い残して促されるまま歩き出す。 「おや…。どうやら、小鳥たちの話では優作氏は病院からの帰りのバスに乗ったそうですから、済ますなら1時間以内が安全ですよ」 最後に青いのが投げたのは完全にからかう台詞だった。 「縁側で丸見えンなったらヤベーから、ちゃんとシケこめよー」 「お前らぁあああああ!!」 「後は全部俺に任せて行ってらっしゃーい!」 「テメェ、こら、はーなーせー!」 *** *** *** 「新一兄ちゃん、大丈夫かな」 コナンは白いのの胸に抱かれて運ばれながら、断末魔のような声を上げていた兄の身を案じてみる。もっとも大きな眼鏡の奥の青い瞳はシッカリと暗号の並んだ葉っぱを見ているのだが。 「彼だって、嫌がる相手に無体はしませんよ」 「ま、なんつーか俺らとの交感って交歓が基本だから、ナニかしてても気持ちはイイと思うけどな」 「こーかん、ねぇ…」 嫌がる相手に…いや兄は嫌がっていたようだったが。先ほどの様子に兄特有のデレ布石のツンは見受けられなかったなぁ、と兄弟仲の良い弟は思う。それとも、この不思議生物(いや神様)の特殊能力で深層意識を暴いているのか。 兄とあのカイトという正体不明生物(いやいや神様)は、ある夜を境に密な間柄になったらしい。らしい、というのはあの二人の態度でコナンが察した限りでの話だからだ。 何があったのかと問うても兄は顔を紅くするばかりで正確には答えてくれない。 曰く「子供にはまだ早い」とのコト。そう言われてしまえば、逆に察しがつくというものだが、コナンは照れる兄の心情を慮って知らん振りをすることにしていた。 ともかくも痴漢から一転した関係が齎した目に見えた変化として、彼らがチョコチョコと兄弟達の前に現れるようになったのだ。 それまでは森の奥とか、人目を避けて社の奥に潜んで、夜の間だけ遊びに来る程度だったのに。 「こーかん」をしてから、カイトの調子が非常によく、お陰で人の気が濃い昼日中でも気ままに姿を現せるという。 「気になるなら、コナンも私としましょうか?」 「断る」 「即答だな!ま、当然だ。するなら俺とにしよーぜ」 「しねぇよ、どっちとも!」 どうやらこの不可思議な三人は『繋がって』いるらしく、カイトが元気になると自然他二人も元気になるらしい。そんな事を言っていた。 だったら、何も我が身までこいつ等の供物にされなくてもいいだろう、とコナンは思っている。 ただ、ちょっと(新一兄ちゃんゴメン)という気がするだけだ。 何だかんだで。かいととろ達というのは、興味深くて面白くて、特に彼らの編み出す暗号はとびきり楽しいもので、コナンの遊び相手には最適なのである。 せいぜい日差しと地の恵みで出来たトウモロコシを沢山の貢物にして、人の精気を抜かなくても彼らが元気で居られるようにしてやろう、と考えた。 ■終ってみる■ |