□お年頃事情・後□ インタフォンが鳴る。 ダイニングに夕飯を兼ねたパーティーの準備を整えた快斗が迎えに玄関へ行くが、扉はあいていない。 おや?と思いながら扉を開けると、大変な状態の待ち人が立っていた。 「おわ」 「ただいま…」 「おかえ…、すげーな!哀ちゃんと歩美ちゃんに、アイツらか?」 「あー、あと蘭と園子に途中で会って…しかも絵理さんもいたから…」 「なんだ、連絡くれれば迎えに行ったのに。持って電車に乗ったのか?」 「いや、灰原が博士呼んで、ついでに乗っけてくれた」 コナンはよく抱えて歩けたな、という量のプレゼントを抱えていた。 愛らしくアレンジメントされた花束もあれば、手作りと分かる装飾用の花束もある。それに両手首にぶら下がっている紙袋は、多種多様だ。見てそれと分かる百貨店のものから、ブランドものの異様に高級そうな紙袋は年上のお姉さんかその親御さんからだろうか。 「蘭ちゃん達もか。哀ちゃん達とお茶して帰ってくるのかと思った」 「俺もそう思ってたけど、何か、刑事サン達まで現れてさ」 「え」 「佐藤さんと、由美さんはまぁ、んでも警部までいて、総監もいた…」 「ちょ、それって」 「おー、白馬もいたぜ?んで丁度大阪と合同してる事件があったとかで」 「服部もかよ」 「…なんか、そこまで揃われててさ」 「俺がいないっておかしくね?!」 「だよなぁ!」 荷物をとりあえず受け取りながら、二人で苦笑いだ。 「みんな、こっちには来ないのか。服部とか、来たがらなかった?」 「おー、何か、灰原がオメーと約束したからって」 コナンについてきたがる連中を振り払い、博士と共に帰宅させてくれたのか。 律儀だ。だが、何だか快斗だけ仲間はずれにされた感が半端ない。 皆に囲まれて、照れながらも嬉しそうに笑う顔なんて、見たいに決まっているのに! 女史の混じる女子トークの盗聴はマナー違反だろうと、コナンが彼女達と無事店についたあたりで盗聴をやめたのが悔やまれる。 颯爽と登場してマジックの一つでも披露したかった。 快斗はコナンの傍に居ることを最優先していて、滅多にステージの依頼を受けない。それでも一時期学生マジシャンとして名を流した事も在って、オファーは絶えないのだが。 コナンの生活サイクルに合わせて定時で帰れるマジック関連の派遣バイトで食っているのだ。日々の事務からステージの設営は勿論だが、マジシャン本人の依頼で仕掛けを作ることが多い技術職である。(偏に元々の手先の器用さが功を奏し、数々の特許を取得しているからソッチの収入が多いわけだが、時期が来ればデビューなり独立できるよう業界への繋ぎを作るのを重視しているのだ)勿論定期的に小さいステージにも立つが、全ては鍛錬とイギリスのブラックプールのマジックコンペ―FIMS国内選考会への布石であり、国内での活動は最小限にしようと考えているわけだ。 「その様子じゃ、お腹空いてないだろ?」 「ああ、歩美ちゃんと灰原が行きたがってた店が、コーヒーと紅茶の他にも結構ケーキとか種類多くてさ、皆が皆、どれがいい?とか聞いてきて」 「え…」 「甘いの苦手だから、じゃあコーヒー奢って下さいつって、殆ど制覇してきたぜ?」 「…そっか」 「飲みすぎた。…少しなら、甘いのも欲しかったんだけどな」 そう言って、コナンは快斗を見上げて笑った。 快斗はおやおやと眉を上げた。これは、何と素敵な殺し文句だろう。 おそらくさっきの会話から推察して―仲間はずれにされた格好になって、一人できっと色々準備しているであろう快斗を気遣っているに違いない。皆に囲まれながらも、自分の事を考えていてくれたなら、快斗としては嬉しい限りだった。 「あるよ、レモンパイ」 *** *** *** 「うまい」 「良かった」 コーヒー党も流石に食傷しているだろうと、アッサリとした茶葉の紅茶と、冷やしておいたレモンパイ。 さっくりとした生地は成功だし、甘さ控えめが程よかったのかコナンが笑ったので大成功だ。 「んじゃ、俺からのプレゼント」 「んー?」 もぐもぐと口を動かしながら、コナンが何だ?と首をかしげて快斗を―そっと差し出された小さな箱を見た。 「・・・・、」 ごくん、と飲み込んだ後、じっと小箱と快斗の顔を交互に見遣る。 「へぇ?」 何ともいえない顔で、そっとその小箱に手を掛ける。 コナンの予想を裏切らず、そこにはこじんまりとした石の付いた指輪が納まっていた。 摘んで、手のひらに転がしてみる。小さいけれど、無色透明のクラリティは高く、細やかなカットは光を内部で乱反射させていて、部屋の照明の中ですら美しく光る。 「…実は光に翳すと暗号とか?」 「ねーよ!」 まぁ、そっちのほうが喜びそうだなぁとは思ったけど、一応の、快斗なりの、一つの決意としての贈り物なので。 「まぁ、それはオプションだからな。別に付けても、つけなくても構わねーぜ」 「へ?」 それはどういう事かと、キョトンとした目をしたコナンの前で快斗はくるりと手を振る。 それから握った手にもう片手の人差し指をあてカウント開始。 ワン・ツー・スリー! ヒラリ と紙切れ一枚を出現させて、コナンに向けて差し出した。 「俺、貰ってくれませんか」 「……おま、え、何コレ」 片方の欄に『黒羽快斗』の記名済みの用紙は、そう。 「馬鹿だろ」 「まさか!本気も本気の超本気です」 「ってもなぁ、大体、こんなの書いても」 「役所に提出すれば受理されて晴れて夫婦になれる」 「…ちょっと、待て!」 「あ、一応戸籍謄本も、ほい」 もう一通差し出された用紙を慌てて確認した後、コナンは激しい脱力感に見舞われた。 「嘘だろ…なんで、こんな」 「届出、ちゃんと女性でしておいたからなー。さすが俺だよな?完璧な手回し!」 「通りで高校の審査だのがすんなり通ったと…!病歴書も出してたから、てっきり性同一性障害で通したのかと思ってたのに!」 「後々を考えて、戸籍を作るって話だっただろうに。何でそこは抜けてるのさ?」 「あー、そうか、そういや、でも」 「ホントは、直ぐにでも、勝手に書いて出そうかと思ってたけど、流石にな」 両性の合意に基づいて成立するもんらしいし、と快斗は笑いながら言った。 しかして、笑顔の下ではかなりの冷や汗を掻いていた。 じっと青き慧眼がその顔を見つめる。 「その、あー…俺と、結婚、してくれませんか」 じっと向けられる視線に耐えられなくなり、快斗は俯いて、テーブルにのの字を書きながら、言ってみた。 受け取り拒否なんてさせてたまるか、という意気込みで用意していた三つの献上物だった(もっとも内一つは確認用の書類だ)が、予想以上の緊張が全身を覆っていた。 なるほど人生を賭ける瞬間とは、いつだって命からがらだ。 「んで、その心は?」 「え」 怒るでもなく呆れるでもなく、妙に冷静な瞳が目の前に在った。 嘘も誤魔化しも一切通じない名探偵の眼だ。 「今更、改まって、俺の在学中にわざわざ?」 「―…」 こんな紙切れ一枚の契約書がないと、どうにかなるような間柄か?と重ねて言われて快斗としては言葉も無い。確かにそうだ。そんなモノを気にするような人ではないし、自分だって本当は下手にまた戸籍だの住民票を弄る気は無いのだ。ただ、やはり、なんというか。 快斗は降参のポーズを取った。 「わかった。言う。ただし、引くなよ。そんで、オメーも本気で考えろ」 「よし」 出来れば直接的な言葉は避けて、そういう事で夫婦だし、とか何とかで有耶無耶のまま進めたいなぁと考えていた事を言うべく、快斗は一つ深呼吸した。 それから、ジッと見ているコナンと視線を合わせて口を開く。 「『江戸川コナン』さんと、えっちがしたいです」 「……」 「哀ちゃんが、それなりに落ち着いてきてる、って言ってたし。その、俺も結構切実で」 「……それは―」 「やっぱ、何か…後ろ、あんま感じてないみたいだし?いや俺が下手なのかもしんねーけど、代わり、みたいに前のほうが濡れてたりすると、俺もその、挿れたくなっ」 「ちょっと黙れ」 段々とおっかないギラギラとした眼をしだしたコナンに快斗は頑張って説明をしようとしたが、途中で遮られる。 「駄目…?もし、子供が出来ても大丈夫なように、いちお、ケジメかなーって。いつでも俺にはその覚悟があるって意味で、こういうプレゼントをだな」 「だから黙れって!!」 はい。 黙れといいながら、押し黙るコナンについつい口を開く快斗だったが、重ねて言われ流石に口を閉ざす。 「……」 「……」 「お前、ホント、馬鹿だろう」 「…かもね」 「まぁ、アッチの方は俺もどうしたもんかと思ってたしなぁ…」 「うん」 「だからって、きっかけ作りにプロポーズってのもな」 オメーらしいな、とコナンは笑った。 10年経っても、怪盗なんてのをやっていた奴の思考は探偵の思考の外を行くくせに、その実、相変わらず欲しいといって手にした探偵の事しか考えていないらしい。 とっくに探偵を手に入れているくせに、今度は怪盗だった男を貰ってくれなどと言う。 ―10年前、捕まえなかった怪盗は、勝手に探偵の傍に居ついた。 もしかして、捕まえて欲しかったのかな、とコナンは思った。 いや、今の自分でもかつての自分でも、この男を警察に突き出しはしなかっただろう。 けれど、ただ存在を容認することと、能動的に欲しがることは、確かに違うのかもしれない。 勝手にいつでも傍に居るから、それが居心地が良いから、コナンから何かをいう事も無かったけれど、紙切れ一枚を認めて、コナンの意志でその隣に名前を置くことをこの男が望むのなら、応えることはあまりに容易かった。 (でも、ちょっとぐれー迷っても仕方ないよな?) 男の子だったんだし、さぁ?とコナンは胸のうちで一人呟く。 そういえば、今日一緒にお茶をした主治医が車の中で小声で言っていたなぁ、と思い出す。 もしかしたら、この男になにか相談されていたのかもしれない。 工藤もコナンも丸ごと愛してるとはばかり無く告げ、主治医の厳命を従順に守る青年を、決して彼女は嫌っていない―どころか、かなり信頼しているようだったし。 『そろそろ、大丈夫だと思うわ』 『?何だよ、イキナリ』 『恋人との性交渉について。―女性として、のね』 『!?な、お前』 『貴女の女性器は多少処女膜…というか皮膚が厚い部分があるから結構痛いかもしれないけどね?』 『…なぁ、中身が27歳になった男にそんな事言うの、つらくねーか?』 『外見が17歳の女子高生だから仕方ないわ』 『そうかよ。…オメーこそ、中身とのジェネレーションギャップは埋まりそうか?』 『あら?女は意識すれば年を取らないものなのよ。ようやく外見が中身に追いついた程度だわ』 『…ああ、そうかよ』 あの江戸川君の乙女相談に乗れる日が来るなんて夢のようだから、悩み事が出来たら必ず相談しなさい?と彼女は締めくくった。 なんのかんの言いながら、心配していてくれるのだろう。コナンと、その隣にいる男を。 変化していく身体を不安がり心配し、大切に触れていた手を怖がることはないだろうと、コナンは思う。 でも、直ぐに返事をするのもなんだし。 返事した途端に襲われそうだし。 コナンは明確な返事の代わりに「お代わり」と言って、いつもなら絶対にしない甘いものの追加を求めた。 この胸焼けは、ケーキのせいだという事にしてしまおう。 終るよ! フワフワ感なのはいつもの事ですよ!(開き直った!) |