■オシゴト恋愛■ □K新□ 予告状を解読されるのは想定内。きっと今夜もピンポイントで確実に、彼は我が身を捕らえにくるのだろう。とは、思っていた。 ただ予想した以上に、彼―名探偵が怪盗を追い詰める手段には容赦がなかった。 こちらの仕掛けを潰しミスを誘うだけでなく、警官達がミスリードに乗ったとこちらへ誤解させるブラフを貼って逆に罠へと誘引する。 何より大抵捜査の序盤から、包囲網の第一線からは身を引いて一対一のガチ勝負を挑むのを好んで単独行動を取るのが常だったハズなのに、ガンガン捜査系統の動きに口を出していた名探偵の姿は、非常に怪盗を驚かせた。 相手が本気で、ショウの舞台から怪盗を引きずり落とそうとしている。 ―やったろーじゃん? だとすればコチラも本気を出すのが礼儀と言うもの。 舞台を成功させる為には、ツレナイ名探偵に泣いている場合ではないのだ。 「・・・さぁ、今宵のショウはこれにて閉幕とさせて頂きたいところですが―」 結果はかろうじて引き分けというべきか。モノは怪盗の手に、しかしモノはただの宝石に過ぎず、怪盗を幾らか落胆させ。 あとは、彼の前から姿をくらませられるかどうか、だった。 名探偵の行動に甘さはなく、速やかに逃げるべしと、怪盗の脳裏では警鐘が鳴っていた。 「・・・なぁキッド」 「なんでしょう?」 「俺、最近進路に悩んでてさ」 「は?はい・・・」 「よく、ウチに来る奴に、こないだ聞かれてな?将来どうするのかって」 「・・・名探偵が名探偵以外の何かになれるとは到底思えませんが、私には」 「だよなぁ、お前ならそう言うだろうな」 肩を聳やかして、名探偵はククッと笑う。 此処にきての彼の態度に、怪盗は眉を顰めた。 ―何を、言いたい 「なぁ、お前は?怪盗なんてのずっとすんのか?捕まるまで?捕まっても?」 「すべきことを終えれば、わが身にも幕を下ろす所存ですよ」 「幕ってのは、自首か。死か。捕まるって選択肢は端から無ぇって感じだな」 「生憎と、名探偵ならびに警察機構の諸兄らには申し訳も御座いませんが?捕らえられている暇はありませんので。まして―自首を求めるなど、追う者が口にすべき台詞ではないのでは?名探偵」 ―怪盗の末路なんて、存在の死しか用意していないんだ 目的さえ達成してしまえば、白い怪盗なぞ消えてしまえばいい。 怪盗1412号の孤独は深くて、軽やかに舞うための翼が彼自身を泥中に引きずり込む重しのようだ、とそう感じる時がある。いくら暗闇を切り裂き飛ぼうとも、行く先に待ち受けるのは禍々しい赤い光と、更なる深淵であればこそ。 深淵を覗き込む事を考えるとき、其処に落ちれば、光に触れることなど永久に出来なくなるのだ、と恐怖を覚える。 はたして、復讐の怒りと「彼」を失う恐怖と、その時勝つのはどちらだろうか。 IQが高いらしいのに、周りの思惑を行動を読み手玉に取ることも出来るのに、自分自身の感情はその時その時で自身をとかく振り回し、全く手に負えるものではない。 彼に会ってから、特にその傾向は強くなっていくばかりだ。 「怪盗ってぇのは、そんなに大事か」 「ええ。そうでなくては、私など在る意味が無い」 「―だろうな。黒い全身タイツでも着てお得意の手腕を使えば、いくらでもバレねー窃盗行為が可能だろうってのに、ワザワザ人を集めてのパフォーマンスだ」 「少しでも、多くの皆様にお楽しみいただきたいだけですよ」 「ハッ!楽しいのは、大道芸人とただショーを楽しみてぇ観客だけだろう」 「おや?名探偵にはお楽しみが足りませんか」 「捕まる気も、自首する気もねぇってんなら、さっさと死ね」 「―・・・これは、これは!貴方からそんな言葉を戴けるとは!」 存在の死を願う―その根源とは何だろうか。愛しているから、楽にさせてやりたい思いなのか。己の中には、この衣装を着続ける限り決して落ちてきてくれない相手への執着ゆえに、怪盗を疎む気持ちというものが同時にあった。それと同種の想いを彼が抱いてくれているのだとしたら。的外れな期待かもしれなかった。けれど、そう考えられる事も可能な彼の言葉が聞けただけで嬉しさは隠せない。 「笑ってンじゃねーよ」 「そりゃ、無理だ」 「死ねって言われて喜んでやがんのか。本格的にイカレてんな」 「名探偵に会ってからこっち、イカレてない時なんぞありゃしねぇよ」 もっとも、怪盗が消えたところで「彼」が納得し飲み込んでくれるかどうかは別の問題だった。 後ろ暗い人間に、光を放つ相手は眩しすぎて何を考えているのか、読むことなど不可能だから。でも、それでもいい。きっと目的を達成出来ても出来ずとも、自身がどうなるのか予測がつかない。どうせなら、そうなってしまった時には、彼に己の在り様も先行きも決めて欲しい。 光で焼いてくれたっていい。捕まえようが、殺そうが、出来れば愛しても欲しいけれど。 彼ならば、怪盗をどうしようが、構わない。 もっとも、きっと怪盗は抵抗するだろうけれど。怪盗の意に沿わぬ結末など、怪盗は全く欲しくないからだ。欲しいモノがあるから、怪盗は空を駆ける。たとえ、たとえ彼を傷つけても、それによって怪盗を存在させる己が死を選びたいくらい傷ついたって。 酷い矛盾。 「・・・ンな目で見るな」 「さあ、どんな?」 「もっと、簡単な話のつもりなのに、なに考えてんだ」 「簡単?」 「ああ、でもいい。やっぱ進路は練り直すか」 「そもそも、その話が私には理解不能ですよ、名探偵?出来れば賤しい身にも理解できるようお話いただけませんか」 「お前が拘置所に入るなら、看守になってやってもいいかな、って話だ」 「・・・・」 「国際指名手配犯での逮捕だと厄介なんだぜ。お前何カ国で裁判することになるんだろうな?」 「意味がわかりませんね・・・」 怪盗KIDはICPOが指名手配している犯罪者だ。そうでない逮捕など、ありはしない。あってはならない、敬愛する父親が遺した怪盗の為に。 「そもそも私は捕まりませんよ。・・・刑務官なんて、貴方には不向きです」 「俺は卑怯者だから、お前と同じ檻に入る気はねぇ。でも、俺以外の奴がお前を捕まえておくなんぞ、もっとさせる気ねーんだ」 「・・・やめろ、新一」 唐突に閃いた思考。 確たる言葉を交わしたことは無かった。 「怪盗KIDの正体」 「黒羽快斗の持つ秘密」 知ることで、それだけで生じる罪があることを知っていたから。 言おうとも、認めようとも思っていない。 けれど、彼は確信している。 そして、それで十分だと思っているのだろう。 ―冗談じゃねぇ 同じく檻に入らねばならない罪など、彼にありはしないのに。 「自罰のつもりか?アンタがしたいのはそんな事じゃねぇだろ」 「お前を捕まえる。今、俺がしてーのはそれだけだぜ?」 「やってみろよ」 「ああ」 目の前の探偵の気配が鋭敏で狡猾なソレへと変化したのを察した怪盗は、攻撃に備えて懐からトランプ銃を取り出し構えた。さて、出てくるのは改造銃か麻酔銃か、はたまたサッカーボールだろうか。 工藤新一は犯罪者を許さない。 それでいい。それがいい。 なのに、どうしてだろう。 とっくに、許されて、愛されてさえいるような気がするのは。 |