□赤と青□ 珍しく、目に見えて機嫌が良い彼女の姿。 口元が何となく笑って、雰囲気が柔らかい。心なしか鼻歌でも歌っていそうな風情だった。 現在ちびちびした状態の二人は、並んでソファに座ってそのソファの背凭れ越しに極力振り返らず彼女の姿を盗み見ては意見交換をしていた。 「…なにがあったと思う?」 彼女のマッドサイエンティスト的性向を把握している人間にとっては、かなり空恐ろしく目に映る。しかし、女性好きと誉れ高い人間には、何の事だかイマイチ不明だ。 なので、彼が見たままの印象を問いかけて来た相手に答える。 「んー?…怪盗の勘だと、綺麗な花の品種改良に成功したみたいな?良い事があった感じ。哀ちゃんのご機嫌な状態って珍しいけど、楽しげでカワイイよね」 能天気な回答に、探偵は肩を落とした。 そうか、そんな風に見える人間もいるのか。 「ハッ!女に夢見すぎだ怪盗。というか、アイツがそんな程度で喜ぶか?」 いやいや、普段どんな程度で喜ぶのかまで知らないし。 怪盗は不服そうな探偵に向かって、手のひらをスッと差し出して解答権の移動を示した。 「じゃあ、名探偵の推理をお聞かせ願おうか」 「最近、アイツはずっと研究室に篭ってた。しかし、寝不足や注意力が落ちてる感じは無かったから、目新しい発見があったり研究が進んだワケじゃねぇ。そういう時はもっと鬼気迫ってるからな。…もっと研究に入る手前、面白い研究素材が見つかったんじゃねーかと思う。ワクワクしてんじゃねーかな?…いや、ちっと違うかなー」 「そういう時って、もっと笑い方が冷たい感じじゃね?こう、どう料理してやろうか、的な雰囲気があると思うぜー」 「そーなんだよなァ」 「普通に、良い事があったんだと思うけど」 コソコソヒソヒソと囁きあっていた二人に、不意に声が掛かる。 「教えてあげましょうか?」 探偵は、うわッ!と身体を揺らした。 怪盗は、おっとー、と頭を掻いた。 声を掛けられ、思わずとった態度は悪戯の見つかった小僧そのものだ。 「いや、別に…」 「教えてよー。珍しく鼻歌でも聞こえてきそうな感じだし。余程良いことがあったんデショ?」 「素直な小さな怪盗さんにだけ教えてあげようかしら?」 「あー、何かあったのか?灰原」 仲間はずれは楽しくない探偵も、推理じゃ無理だワカンねーと、問いかける。 灰原は「大したことじゃないんだけどね」と言いながら、一旦研究室に戻ると、小ぶりの瓶を持って二人の前に戻ってきた。 そして、それをテーブルの上に置く。 好奇心の強い二人は、身を乗り出してソレを眺めた。 そして、二人で首を傾げる。 瓶の中には、赤いセロファンと青いセロファンに包まれている錠剤が入っていた。 なぜ。 錠剤をわざわざ包む必要はないし、普通なら湿気らないように、なるべく余分な空気を含む空間のないように密閉容器で保存するものだろう。 「これって新しいキャンディーだったりするの?」 「いいえ。出来れば、キャンディー型に改良したいと思ってるけど」 「へぇ?食事になる錠剤とかか?」 「違うわ」 「んーセロファン越しだから色は解らないけど、中身って同じもの?形状は殆ど変らないみたいだけど」 「そうね。中身だけだとあまり違いが解らないかもしれないわ。でも、薬効としての内容は全くの間逆の作用よ」 「…それ、一緒に瓶詰めしていいのか」 「普通はしないわね」 「じゃー、色分けに意味があるとか?」 こくりと灰原が肯く。嬉しそうだ。なかなか良い点を突いたらしい。 「青いのが江戸川くんの、大きくなる薬。赤いのが黒羽くんの、小さくなる薬よ」 間違って飲まないでね?と言って笑っている。 「おい」 「ちょ、流石にソレを一緒にしちゃマズイんじゃ」 「だから、気をつけて、って言ってるんじゃない」 「それにしたって…」 「一度やってみたかったのよ」 「なにを」 「わからないなら、いいわ。気にしないで?気が済んだら元に戻すから」 そういって、灰原は瓶を取り上げると、軽やかに研究室へ戻っていった。 「?」 「?」 残された二人は、疑問符を浮かべたままソファの上で顔を見合わせた。 ***終る?*** 数日後、博士が遊びに来た少年探偵団に「最近、哀くんがよく見てるアニメじゃが、君たちも見るかね?」と言って出してきた大分昔のアニメは、赤と青のキャンディーで変身する女の子の物語。 |