□情事事変・後編□ 怪盗の中身に気付いたのは、江戸川コナンから工藤新一の姿に戻る少し前。少年探偵団と共に公園で遊んでいた際に、怪盗KIDの現場に行くと言う蘭と園子に遭った時のことだ。当然コナンだった新一(俺)は彼女達に付いて行こうとして、探偵団も彼に倣った。そして道すがら、何の話の繋がりかは忘れてしまったが、怪盗がどんな姿で彼らの前に出現したか、という話になり―。 『工藤新一にソックリの姿で』 という言葉が蘭と歩美・光彦・元太から出た。 まぁそれは俺自身も気がついていたことだ。しかし、よくよく聞けば、どうも怪盗が探偵に成りすます回数が妙に多い。果たして、それは単に探偵への当てつけか、と疑問を抱くには十分な。 『もともと新一とあの怪盗って似てると思うのよね…。顔を引っ張っても妙に本物っぽい肌だったし』。 『新一お兄さんにしては、あの島で会った人って途中で、あの頭の天辺の逆毛が消えてたりしてたの。もしかしたらキッドさんだったのかも!』。 『魚が苦手って言ってましたね、あの島で会った新一お兄さんは』 『新一が?魚が苦手なんて、そんな事ないわよ?』 そして、園子と蘭の『そういえば、新一くんによく似た男子高校生とすれ違ったことがあるのよねぇ』の一言。 どこの高校かと問えば、あっさりと『あの制服は江古田よ、江古田。今時学ランとセーラーって素敵よね!』。 まさかまさか一応確認のつもりでデータを抜き取った江古田高校の生徒ファイル。 雰囲気と顔のパーツが確かに似ている男子学生の顔。 いつも月光を背にして立つ怪盗は、それだけで顔を陰に落として、輪郭以外を隠していたつもりだったろうが、明るい日の光の中で見たこともある片目に鼻梁に口元は、確かに見覚えのあるモノ。 そして『黒羽快斗』の名前。 黒羽・快斗、黒羽…黒羽?引っ掛かる記憶を辿れば、母親の出版した本の中にあった変装名人の『黒羽』の名前を持つ奇術師。 怪盗が変装していたいつかの医学生が尊敬すると言っていた名前。 奇術師。 出現年数から測るには若すぎる推定年齢。 マジック好きと学内でも有名なお調子者。 奇術師の息子。 目で見た、耳で聞いた、あらゆる事実を列挙していくだけで、解答はもはや推理するまでもなく、転がっていた。 工藤新一に戻ってから、組織の後処理のこと、解毒剤−身体のこと、学校のこと、幼馴染との関係に、暫くは学業優先と云ってあっても引きもきらず遭遇する事件に相談される事件諸々…とかく色々あった。 そのため、元の姿に戻ったら正体を突き止めたと思われる怪盗のところに行って、コレまでの『工藤新一』使用の件について話を付けに行くのは後回しになっていた。結局、怪盗の現場へ乗り込まずにはいられない事態になって、ようやく再会を果たしたのだ。 いや、別に再会が目的ではなく、軽く殺意混じりの怒りをぶつけに行ったわけだが。 締め技で意識をオトシてやった後、怪盗の衣装を剥いてやって、学生データにあった『黒羽』家の玄関先にでも転がしてやろうと考えていた程度の話だ。 予定とは違ったが、一部成り行きとはいえ、『怪盗キッド』に、『黒羽快斗』なる正体を突きつけてやって、翌日にワザワザ江古田高校までお出迎えをしてやり、あの奇術師から驚愕の視線を向けられるのは悪くなかった。 コナンだった頃に散々に出し抜かれて振り回されていたのだし、諸々の意趣返しとしては成功していた。 なのに、気がつけばまたも奇術師の手管に振り回されて、挙句その手の内に墜ちようとしている。 どういうわけなのだろうか。 ―出し抜いてやってるはずなのに、予想外の方向から崩しに掛かってこられる もともとの関係性から来ているものなのだろうか。 だとしたら。 「相性が悪い」 「へ?誰が?誰と?」 ポツリと落とした呟きに答えが返ってきたことで、俺はふっと顔を上げて今居る場所が教室だったことを思い出した。 昼休み。 衝撃的な夜から命からがら逃げ延びて、どうにか登校してきた学校の中だった。 「いや…」 「どしたのー?新一くん」 「新一、今日は朝から変だったね。…相性って、誰かと喧嘩でもした?」 「ちが」 「あ!まさか黒羽くん?!」 「じゃねーよ、その…弁当の、おかずと果物の食い合わせのことだな」 「そう?フライと苺が?」 「んー」 ボンヤリした返答に、すぐ目の前の座席でお喋りをしていた蘭と園子が眼を合せたあと、また俺の方を見た。何だ、そのアイコンタクトは。仲良しか、仲良しなんだろうな、知ってっけどよ!とちょっと恨めしい。 しかし以前よりは精神的にキツくはない。―というか、それどころでは無かった。 「黒羽くんも、マメな彼氏よねー。こりゃ旦那じゃなくて嫁のほうだったか」 「ちょ、園子!」 「ン、だよ?その旦那だの嫁だのって」 聞き捨てなら無い単語に、思わず突っ込むと、園子がニヤ〜と笑い顔を近づけてきた。 「手作りのオベント!しかもここの所、朝も夜もお世話してもらってるのよね?!」 「…アイツが、勝手に来るんだ」 「通い妻じゃない」 言い切るな。何だ、その単語は。 「ホラ、前に喫茶店で紹介してもらった時よー。新一くんてば途中で事件だって言って出て行っちゃた時!」 「…あー、で?」 「新一くんは絶対教えてくれないだろうから、思い切って黒羽くんに聞いてみたのよね」 「何を」 「そ、園子!」 「まーまー、大したことじゃないのよ?」 焦る蘭の様子からして、コイツはまたとんでもねー事を口にしたんだろうなァと予想は付いた。が。 「新一くんと黒羽くんだと、どっちが押し倒すほうなのかなって!」 「よし、園子!ちょっとテメー、面貸してもらおうか?!」 ガタッと席を立って、迷わず、きゃ〜んッと囃している相手の首根っこを掴む。教室で言う事でもなければ、俺の反応が読めないわけでもあるまいに。いや、囃し立てる内容に反して、声は抑えていた。…つまり、わざとか? 「ちょ、新一!」 「園子借りンぞー」 「ちょっと行ってくるねー!」 ズルズルと引っ張っていって人気の無い屋上付近の階段の踊り場にたどり着く。 「てめ、どういうつもりだ!?」 「黒羽くんとは上手くいってるのよね?」 きゃわきゃわした笑顔を引っ込ませて、キリリとした顔で問われた。 「ンなこと、オメーにゃ関係」 「あるわよ!」 「何でだよ」 「新一くんが変だと蘭が心配するのよ!勿論アタシだって心配するけど!でもね、それ以上にアタシとしては、蘭がアンタの事で辛くなるのを見るのが嫌なのよ」 「……」 痛いところを突かれた。確かに園子の言うとおり、俺だって蘭にいらぬ心配は掛けたくない。 −その為に、偽恋人を仕立て上げたくらいなんだから。 なのに、その偽恋人が本物に成ろうとしている出来事に動揺して蘭に心配を掛けるのでは意味が無い。 まったくおかしい事態だ。 俺が言葉を無くしていると、その沈黙をどう受け取ったのか、園子が今更かもしれないけどさ、やっぱり話しておくわね…と声のトーンを落として、静かに話し出した。 「新一くんを待ってた蘭は辛そうだったけど、幸せそうだったわ。アタシも、滅多に連絡くれないような人想ってたし、その気持ちは解ってた。アンタは蘭が心がわりしたって思ってるかもしれないけど、そうじゃないのよ?」 「どういうことだ。だって、蘭はオメーと」 「そうよ。アタシの場合は真さんと会えなくて辛いときに、蘭がいてくれて良かった、って思うことが何度かあった。でもちょっと…新一くんじゃないけど変な事件に会った時、逆に蘭と会えなくなったら、どうするんだろうって、思うことがあったの」 蘭が特別なんだって思ったときはその時からかな…と腕を組んで−片手の人差し指を口元にあてて園子は続ける。 「ずっと親友で、これからも親友で、お互いがどんな道を歩く事になっても友達ならずっと一緒だと思ってた。でも、例えば、真さんに会えなくても蘭がいてくれればアタシは元気になれたけど、蘭がいなくなったら、例え真さんがずっと傍にいてくれても、アタシは幸せになれない、って気がついたのよ!」 「オメー…」 「だったら一番は蘭なんだって、そう解ったら、女同士も何も関係なかった。蘭はアタシがそう言っても、やっぱり新一くんの事、想っていたかったみたいだけど、…多分、今も想ってると思うけど…」 語尾が少し弱いものになる。 「わかってるの、男の人が駄目って相談されて、心配するよりも喜んじゃったアタシは親友失格で、自分の気持ちしか見えてなかったって。大丈夫とか、治そうとか、そんなフォローもろくしなかったし。新一くんにも悪い事したわ」 俯く彼女が、強気ばかりでなくその内面で繊細に恋愛をしてるのだと痛いほどに伝わってきた。 「でもね、だったら、アタシのことを新一くん以上に想ってもらおうって頑張ったのよ!蘭はちゃんと元旦那のアンタの事は大事なの。でも今は何とかアタシの気持ちを受け取ってもらって、恋人になってるんだから…」 だから、と人差し指を、今度は俺に向ける。 「事件ばっかで蘭を寂しくさせる新一くんよりも、絶対アタシのほうが蘭を幸せに出来るんだから!いくら新一くんでも、蘭は渡さないし、モチロン蘭に心配かけさせるなんて絶対駄目なのよ!?」 「…そうか」 これまでの関係や同性の垣根とか。色々の悩みの果てにそれらを乗り越え、自信を持って己の気持ちを堂々と告げる園子に、俺は自分が彼女に負けた本当の理由を知った。 誰よりも大切で幸せにしたい相手なら、どんな問題が転がっていても逃げだの誤魔化しだのを打つべきではなかったのだ。 怪盗に悩まされている現状はまさに自業自得だった。 「そうよ!」 「オメーがライバルじゃ勝てねーわ。ってか、恋人いるだろーが俺にだって」 「じゃ、新一くん…ホントに喧嘩とかしてない?」 トモダチとして心配なのは本当なのよ?と窺う視線。園子にしてみれば、俺の存在は微妙なもんだっただろう。それこそ散々園子自身が口にしていた『旦那』の不在に、蘭を口説き落とした人間なのだから。 でもまぁ、それも仕方ないことだった、と思えた。喫茶店で、園子を見て穏やかな笑顔を浮かべた蘭を見た時に、解っていた事だけど。もう、引き篭もって落ち込むことはないだろう。 夜の公園で彼女達の付き合いが俺にバレても、態度を変化させなかった園子。むしろ、知られたならもういいわよね!と堂々と二人の姿を見せつけてきて。彼女でなければ、何らかの報復なり身勝手な復讐も考えただろうが、相変わらずの園子の様子は、腹立たしい反面、安心もした。隣で蘭が笑って園子を見ていたからだ。 蘭も園子も俺にとって大事な友人なのだ。 きっとずっとこれから先も。 「喧嘩じゃねーよ。むしろ…仲が良いせいの問題だな」 「裸エプロンで迫られでもしてるの?」 「ッあ、のなぁ!?」 「顔が赤いわね。やっぱりソッチか。不機嫌っていうより、何か朝から心ここに在らずって感じだったわよ?蘭とおかしいねって話してたのよー」 からからと笑う。彼女は、彼女達は何枚も上手だ。 「うっせーよ、こっちは困ってんだ」 「へぇ。ぼーっとして顔赤くして?で、困る事かぁ…。相談に乗ってあげもよくってよ?」 ズイズイと押してくる。そうだ、コイツは恋愛事の話がなによりもダイスキなのだ。それが、昔なじみの、俺のことなら尚更に面白がるに決まっていた。 「バーロ、いらねーよ。それより、もう休み時間終わるぜ」 促せば、渋々ながら園子も教室へと向かう。途中で、あ、蘭とお手洗い行かなくちゃ!と小走りになった。 「あのね、新一くん。新一くんは嫌かもしれないけど、アタシでも力になれることがあったら、ちゃんと言ってよね?…蘭の為にも」 「わーったよ」 振り返ってそう言う園子に、俺は笑って答えた。 ■■ ■■ ■■ カラリと教室の戸を開けて、席に着く。 次の授業の用意を机の上に出してはみたが、教科書を開く気にはなれず、また俺は思考を飛ばす。 (朝から心ここに在らずって感じだった)か。 確かに、そうだっただろう。 朝教室の席についてから、一体何をしていたか。記憶はある。ごく普通にクラスメイトに挨拶して授業を受けて休み時間には手持ちの本を開いて、さっきまでは弁当を開けて食べていた。 しかしその時に、級友や弁当を前に何を考えていたのか。そこはかなり曖昧だ。 さて、その時の自分の思考は分断されでもしたのか。いや、外に対してすべき思考が曖昧になり、思考の殆どが内側に向いていたのだ。 推理している時の精神状態に似ている。 証拠を探し犯人の動きや思考を追い、推測をより精度の高い推理となるよう推論を進めていく過程。 状況を目で見て耳で聞いて全て把握しているのに、頭の中は推理を組み立てるべく謎の前に座り込んでそれだけを考えている。外の情報を受け取りながら、その内で全てのピースが嵌り全体像の整合性が取れるまで、ずっと。 では、学校風景を眺めながら頭の中を占めていたものは。 ―黒羽快斗のことだった。 思い出せば、それだけで耳元で鼓動が聞こえてくるくらいに、焦って逸る心臓の音。 昨夜のこと。俺が達した後に、俺に覆いかぶさってきた黒羽の身体。 さっさと下衣を脱いで、黒羽が俺のが付いた手の方で黒羽自身のを擦って滑りを良くした。それから、また俺の手をとってソレに触らせる。ぬるつく体液にまみれた温い温度の硬い肉感。 俺の手の上に黒羽の手が添えられて、握って動かす事を強要される。 「ん、…いい」 首筋から聞こえる吐息まじりの声。 「そーかよ」 「ひとりで賢者になってんなよー。ま、仕方ねーけどさ…ホラ、力抜くなって」 指先に指先が充てられて、力の強弱まで。 「ひァッ!?…な、オメー」 暫く手の動きを追っていたら、不意に首筋に舌を這わされて身体が慄く。 「黙られてても面白くねー」 「面白くする必要ねーだろ!」 「そうそう、そういう顔見ないと」 「どうい、ぅ…」 問いかけは黒羽の唇のなかに吸い取られた。 くちゅくちゅ、ぐちゅぐちゅと濡れる音は、口元と手の先とどっちが大きかったのか。 手の中で上下に擦るのと一緒に、口の中で黒羽の舌先が俺の舌を奥から手前へと辿っては、時おり唇ごと吸い上げるかのようにして溜まった唾液と一緒に俺の舌を吸う。吸いきって唇を離した後も、まだ息の整わない上、妙に痺れた口先をまた舐めてくる。片手は下肢に、もう片手は先程俺を弄っていたのと同じく身体を這い回っていた。丹念に擦られてくすぐったさに身体が跳ねる箇所は、更に繰り返し触れられる事でくすぐったかった以上に背筋を震わせる感覚を齎すようになっていった。 「は…ァ、ぃやめ、も、」 何度目かの口付けの後のインターバル。息苦しさが増すと俺がワザと黒羽を握る手に力を篭めるので、俺の様子に合せて黒羽は小さな休憩を取って、その間も俺の様子を窺う。 「きもちいーだろ。敏感だよなぁ…新一」 「バーロ、しつこい。てめ、さっさと」 「悪いな、俺って長持ちタイプなの」 「…疲れた。もう、勝手に一人でやれ」 「え?やっていいの?」 「おい…」 ギロリと睨めば、黒羽はくっと口の端を引き上げるだけの笑いを漏らして、「じゃ、勝手にするわ」と言って、少しずつだが硬度を取り戻しつつあった俺のと一緒に、両手で包んで扱き出した。 「んな?!てめ、ァああッ」 「…っんぁ、熱い、な」 急激な刺激に、俺は慌てて身を起こそうと両手をシーツについたが、結局そのまま布地を掴んで与えられる快感に耐える事になった。 黒羽が腰を振って強く擦り付けてくれば、互いの先から先走って流れる体液が下になっている俺の腹に落ちてくる。ポタポタ垂れているその感触も、敏感になっていたらしい身体には快感を増加させる刺激物だった。 そして、抗うことの出来ないまま、またも、今度は黒羽のと一緒に達してしまい、黒羽の手を汚した。 (気がついたら、朝だし。…身体は拭かれてたみてーだからいいけど) (いや、良くない。大体アレでああなら、最後までって何だ) (知識としちゃあるが…さすがに無理だろ。野郎同士なんか結局最後に出しちまえば済むんだし) ―カツン チョークが折れたらしい音。 けれど、その何気なく響いた音に、俺はビクリと肩を震わせた。 目の前では教師が黒板に数式を書いている。 俺の手は、今は、鉛筆を握って、その数字の羅列を意味を考えずにノートに書き写している。 頭の中での光景と、現在の目の前の光景の落差に、ひどく居た堪れない気分になって、俺は開いている片手で、口元を覆った。 唇に手が触れて、そこが何度も黒羽に舐められて、甘く噛まれさえした場所だ、と思う。 「…ッ」 ―何を、思い出してるんだ! 俺は全くの平常の授業態度を取りながら、その頭の中では全く平常心を保てない状態になっていた。 そして、その状態が、黒羽の顔を見ると一層酷くなることを、―学校帰りに何故かわざわざ帝丹高校まで迎えに来ていた奴を見て、紅潮する顔を抑えられない状態になるくらいおかしい状態にあると自覚した瞬間、俺は黒羽から逃げ出していた。 「ちょ、新一?!」 「今日は駄目だ。事件だ!」 「待てよ、え?なに、警視庁の呼び出し?!だったら、先に帰って、って、待てっつの!どこ行くんだって」 「来るな!俺ンちは駄目!来るなよ!?ってか追ってくるなぁあああッ!!」 「はあああああ!?」 俺の様子に異変というか何かを感じ取ったらしい黒羽が怪盗的能力を使って俺を追う。何で探偵の俺が追われているンだ、ちきしょうめ!と思いながらも、俺は探偵的能力でもって逃げ続けたのだった。 |