6・結


「結局さー、第二寮の不良ってなんだったんだ?」
「不良っつーか、オタクだな。あれは。アイドル写真だかアルバムだかの自主制作に、人形だのの魔改造好きにサバゲ好き、…風体の良くないってのはサバゲ関係の奴らかな」
「軍オタも混じっていたようですね、第二寮を基地と呼んでましたから」

日曜日の寮祭を終えての、月曜日の放課後。

今日の風紀部は、昨日の活動反省会―という名のダベリである。
といっても、快斗と白馬が昨日の活動終了時に確認できたのは、中庭の端っこに移動したビニルハウス。それと江戸川会長の手配した護送車もかくやといった頑丈そうな車。―に、不審者達を投げ入れて、ついでに彼らを運ばせるのに使った会長のSPを車から引きずり降ろして、「じゃ、後は適当に抜けろ。帰国子女は都合が入って急遽向こうに戻ることになった、って寮監には説明してあるからな」と部員二人に言い置いて、運転席に乗り込んだ工藤先生の姿。そこまでだ。
あとは、急いで寮祭タケナワな会場からコソコソ脱出した。

そして、車のハンドルを握った工藤先生は、ふんじばった内の一人を助手席にのせて、あんな真似(不法建造物の設置。違法植物の栽培。寮生の服や日用品、植物部屋からの肥料といったもの物の盗難など、エトセトラ)をしていた大元を潰しに行ったのだ。
収まらぬ怒りのままに。

無論付いて行こうとした快斗だったが、何かを言う前に、「来るな。邪魔になる。業者は後ろ盾のない、不法就労者をこき使って裏ごとする馬鹿がいる程度だ。ヤクザだの何だのは出てこねぇから心配はいらねーぞ。大体、いたいけな青少年に悪さをしちゃー駄目だって、教えてくるだけだってのに、オメーら連れて行ったら示しがつかねーだろ?」と言われてしまったのだ。
心配はあったが、『邪魔』と言い切られては返しようがない。荒事に、レベルの合わない人間が傍にいても足手まといにしかならないなんて事は快斗とて判っていた。かつては魔人と呼ばれた、喧嘩には快斗が足元に及ばぬ強さを誇る人だから、彼が否と言えば逆らう事は出来なかった。

それでも快斗は工藤先生の身が心配で、昨夜は工藤先生が帰宅するまで、隣の部屋の―工藤新一の住む部屋の前で座り込んで待ってしまったが。

本当に大した事ではなかったのか。快斗が思っていたよりも早く、日付の変わる前に帰宅してきた彼は、屋上で見た時と同じく綺麗な女教師のままだった。

付け爪さえ美しいままの彼に、「おかえり、新一くん」と言いながらも、ここはツッコミを入れるべきか?!と迷った快斗だった。その姿で表を歩いて帰ってきたのかと!まぁよく事情を聞けば、最終的に不審者ばかりの業者の会社でひと暴れしたのち、大元締めである社長が「もっと踏んでください…」と縋ってきた気色悪さに、さっくり警察に通報して(アレなブツをソレと判るように会社内に置き捲くってきたそうだ。尚且つ、栽培場所については必ず忘れるように血交じりの誓約書を取って、軽い記憶障害を引き起こす程度の制裁を与えてきたという)、さっさと車でトンズラしたらしい。その車って生徒会長ンちの?と聞けば、「そうだったかもなぁ…ま、勝手に回収するだろ」と肩をすくめるだけだった。
強くて、綺麗で。
快斗の手がなくても全く平気そうな、いや実際平気な人だった。

「寄ってくか?」と、玄関で聞かれたが、快斗は首を横に振って、コンビニの袋を工藤先生に差し出した。

「暴れて、腹減ってねぇ?新一くん。甘くないパンとか、コンビニの弁当だけど」
「お!サンキュ、気が利くな快斗」
「だろ?昔の快斗くんじゃねぇの。俺さ、もう日々進化するから」
「ほほう、そりゃ凄いな。楽しみじゃねーか」
「うん。楽しみに待っててよ…俺さ、新一くんに追いつくし、いつかは、絶対追い抜くし、」

ほうほう、楽しみだなと笑って言いながら、工藤は玄関に鍵を差し込もうと快斗に背を向ける。

(憧れもある、ずっと追いつかない人であって欲しいと思う)
幼い頃は、いくらジャンプしても彼の上着の端をどうにか掴める程度だった。時たま向けられるあの瞳だけでも満足できた。あの手に頭を撫でられれば何よりも嬉しかった。
(でも、俺は…振り向かせたい、手を伸ばして触れたい、―抱きしめてみたい、とも思ってる)
再会して、昔よりも目線が近くなっていて、あの瞳の奥を覗けるようになった。遠目で見ていた頃より柔らく笑う顔を間近で見て知った。ずっと自分の何倍も大きい、と思っていたけれど、あと数年経たずに追いつけそうな身体にも。
それが目の前にある。すぐ近くに。
けれど、それに触れられるほどに、彼と自分との間の距離は、縮まっているのだろうか?

「…快斗?」
「ぜってぇ、捕まえるから」

快斗は、両腕を真っ直ぐ伸ばして扉に手をついた。そうして、扉と、快斗の腕の長さ分で出来た空間に、玄関を開けようと鍵を差し込もうとしていた工藤の身体を、囲い込む。
工藤は一体どうしたと眉を顰めて、半分だけ身をよじって快斗を振り返る。
快斗は顔を伏せて、その強い視線を避けた。
俯いて押し黙るだけの快斗の姿に、工藤は一つ息をはいてから、ふわふわと揺れる茶色に染められたままの髪の毛をくしゃりと握ると、笑って言った。

「オメーこのまんまの頭だと、明日の朝礼の時に服装規定違反で反省文だぞ?」
「!あっ」



そして明けて月曜日の朝の事だ。
週始めの朝礼で、突然の教頭の送・歓迎会が行われて、アッサリと学校の副代表者は首を挿げ替えられた。

突然の人事も、「そういうことになったけど、生徒の皆さんは気にしないで?」と生徒会長が、その眩しい笑顔でもってアッサリ言い放てば、アッサリとその現実は学園内に受け入れられた。

(茶番だ、全部)

最後まで去り行く前教頭に付き添っていった工藤は、悄然としてパンダ配色の車に乗せられる彼に、生徒会長がご丁寧に学園に去る者へと手向けた花束を投げ入れてやった。
花には、季節を無視して用意させたか、スミレにタンポポと見覚えある可愛らしいものにオトギリソウやミヤコワスレ、ドクゼリが混じっていた。示す言葉はどれも別離…秘密。さっさと消え失せろ、という皮肉でもあるのか。何も言わずに去れという釘刺しか。

(結局、トカゲの尻尾切りにしかならなかった)

実際、教頭がとある宜しくない業者から受け取っていたマージンは、彼個人だけのもので、学長は関係ない―ことになっていたから、その程度の事しかしてやれなかった。
学生に影響を与えぬように音もなくパトカーが走り去るのを、工藤はただ見送った。


   ◇  ◇  ◇


「じゃ、解散させたり、更正させたりはいらねーんだな?」
「ま、法的にスレスレなオタク行為は取り締まって、弱み握ってやったしなぁ」
「寮祭も出ずに外出していた寮生というのは?」
「日曜は各種イベントで忙しいんだとよ」

なんだかなぁ、と生徒2名と教師1名は溜息だ。
蓋を開けてみれば、第二寮は不良ではなく各種オタクの巣窟だったわけだ。
陰に篭りがちな、特殊嗜好を分かり合える『同士』しか認めない排他的小集団が点在して、結果、興味のないことには全く思索しない寮生ばかりだったから、業者も易々と入り込めたのだろう。
生徒会長に、一応、生徒会の人間として寮内部の動向を見るよう言われていたという灰原も、生徒を時々見ることはあっても、寮全体についてはスルーしていたから気付かなかったのだ。

「あ、そういえば、工藤先生の嘘つき!」
「ぁんだよ?藪から棒に」
「俺の変装が、身内の存在でバレた件」
「あー、悪ぃ。あの日、灰原からも外出申請が出てたからさ、てっきり居ないもんだと…」

「寮祭前に用事が済んでいただけだ」

ガラリと教室の戸が開いて、件の少年が姿を現した。
手に紙袋を持って不本意そうな顔で、三人が占めている教室の窓際後ろの席辺りに近寄ってくる。

「なーにしに来たんだよ?」
「初めまして?誰だっけ、キミ。僕は、昨日少しばかり助けてもらったくろこちゃんとしろこちゃんと、すてきな女性教師に、用があるんだけど。風紀部にいるんだよね?」
「っざっとらし!」
「…残念ながら、今日は来ていませんね。何しろ彼女達は、影の部員なので。何か伝言があれば、僕達がお預かりしますよ」

白々しい遣り取りに快斗はうへぇという顔でそっぽを向いた。
その姿を鼻で嗤いつつ、灰原は紙袋を白馬に渡した。

「ああそう?じゃ、悪いけどコレ渡しといて。女性好みのモノをえらんであるから」
「なんです?乾燥花…アロマ?」
「そう。飲み物ではないよ。あと、先生にはコチラを」

紙袋とは別に、灰原が工藤先生に向かって小さな封筒を差し出す。ん?と首をかしげながら受け取って、工藤は中を覗いた。それからサッとシャツの胸ポケットにしまう。

「さっきビニルハウスを中庭に設置していたら、何かの残りがでてきたのもので」
「―これだけ、だろうな?」
「はい。所持しているだけで捕まるようなものはそれだけです」
「わかった。信用するぜ、灰原くん?」
「…僕は生徒会の人間ですが、宜しいので?」
「たとえば、人を昏倒させる薬草ってのは、裏を返せば毒草ってことになるが―所持して栽培しても、用法が守られていれば捕まる事はない。法の目ってのは案外ザルだが、正しい手が正しく扱うなら、そもそも縛るための法自体が無用なんだ」
「……」
「信用してる、からな?」
「…わかりました」

灰原は、真っ直ぐに見つめて平然と信頼を口にする教師を、真っ直ぐに見返した。
江戸川会長が厄介で手強いくせに、甘いんだよなァと、目の前の教師を嘲笑っていた理由がわかる。言葉だけでなら何とでも言えるのだ。けれど、嘘のない言葉を示されて、その信頼を裏切る事に何も感じない人間が果たしてどれだけいるものか。昨今では平気な人間が増えているというけれど、灰原は自分には無理そうだ、と思った。

―本当に厄介なのは、彼のもつ強さではなく、この甘さのほうなのではないだろうか。
人を集め、惹きつけてしまう種類の甘さだ。これは。それに触れ続けていれば、いつか我が身が変質してしまうかもしれない、と。そんな可能性を感じ、何故かそのことに僅かに恐怖を覚えた灰原は、あとは何も言わずにその場を去ることにした。

「…良かったのか?工藤先生」
「まー、馬鹿ではないからな、アイツは」

黙って立ち去る少年を、黙って見送った快斗がポツリと漏らせば、工藤は腰掛けた机の上でニヤリと笑った。
それから、目の前の机に座るもう一人を見遣る。彼は灰原から受け取った紙袋を早々に開いて中身を取り出し、なにやらゴソゴソ準備をしていた。
まったく好奇心が強い。まぁ俺と同じホームズ好きなら、そんなものかと工藤は思ったりする。
同じく快斗も、白馬が紙袋から取り出した乾燥した花を、彼が机から出してきたシャーレに乗せて分量を調節しているらしいのを見遣った。どうやら、乗せて…燃やすつもりらしい。これまた、机からマッチが出てくる。なんだってそんなモノを学校の机に潜ませているのかと言えば、以前愛読書を片手に『探偵七つ道具に憧れを禁じえません』と言っていた言葉から推測できるが。

「?白馬、それガラスだろ…」
「耐火性です。どうやらコレはポプリにするには香りは弱いようで。多分、燃やして直接煙で香りを出すタイプかと」
「教室でやんなよ、白馬―」
「あまり好ましい香りでない場合、僕の部屋に臭いが付くのは困ります」
「お前の都合だけかよ!」

教師は呆れつつ、水だけはちゃんと用意しろ、と生徒に指導する。
白馬は、ああ、確かにそうですね!僕とした事が…と素直に聞き入れて、バケツを持って水を汲みに行った。

「外から入ってきた時の方が、匂いって判りやすいよなー。付けとこっと」

快斗はマッチを擦って、シャーレ上の花の上に落としてみた。
よく乾いているらしく、ぽうっと炎が移る。
工藤が、彼もまたホームズ好きの好奇心旺盛さ全開で、どんなもんかと前屈みになって顔を近づける。

その時、先程、灰原から預かった封筒が、ぽろっと工藤の胸ポケットから落ちた。

「あ」
「!」

小さくなっていたマッチの炎の上に直に落ちる。ヤベッと慌てて工藤の手が伸びたが、漕げた封筒から、紙以外の何かの煙がもうっと上がった。工藤は、慌てて封筒の火の粉を払って、ハンカチで口元を塞ぎながら窓を全開にしようと立ち上がる。

「快斗、煙吸うなよ!」

「わか…へ…っくしゅ!!」

何かに鼻腔を擽られたのか、口と鼻を塞ぐ前に快斗は盛大にくしゃみをし、―シャーレから立ち上る煙と細かな灰のような塵が、一気に彼の周りに散った。
花の香りも混じった甘いにおい。



グラリと快斗の視界が歪んだ。






―それからおよそ15分後。


快斗が正気に戻ったとき、顔を真っ赤にした白馬と、服を肌蹴させた工藤先生とが目の前で睨んでいたが、記憶がスッポリ抜けている快斗にとっては、何の事かわからない出来事なのだった。





  ■■■ 終 ■■■







終るのです。

リクエストしてくださった花公さま!読んで下さったみなさま!
どうもありがとうございました!!

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