5・対峙



扉の向こうに出れば、既に謎の不審者は見えず、灰原の後姿が階段のある壁の向こうへ消えるところだった。何とも足の速い二人である。
迷い無くその後を追わんとする快斗に、白馬は本来の目的を叫ぶ。

「あの、く…ろこちゃん?!今のうちにあの部屋の植物を調べたらいいのでは?」
「泥棒だぞ!?放っておけるかよ!それに、アイツ、嘘ついてる感じしなかったし、多分あの部屋は関係ない」
「多分って!」
「いいから!」

階段の前一瞬立ち止まり、上か下かを耳で聞く。

(上だ)

逃げ場が無い場所に?と快斗は不審に思う。
不審人物はシャツとズボンだったが制服ではあったし、今なら階下に降りて、他の生徒に紛れ込むなりしたほうが逃げる手段としては確実だろう。いや、「泥棒!」と叫ばれれば追っ手が増えるかもしれないが、あの俊敏な動きなら、灰原程度の小柄で体力のなさそうな相手なら振り切ることも出来るはずだ。
(まさか仲間?)
先程と同じく2段跳びに階段を駆け上がる。
何だか嫌な予感がした。

最上階に着けば、屋上へ通じる扉は開いていた。

「…おかしいですね。寮の屋上は、寮監でも、学校の許可がなければ開けられません。馬鹿をする学生を懸念して、そこのところは厳しかったはずです」

快斗の後ろを、同じく階段を駆け上がってきた白馬が言う。

「なんか、クサイよな」
「ええ」

姿の見えない小柄な少年が心配になったが、快斗は用心深く扉の影から、外を窺った。
眼に入った光景は―、5,6人の不審人物に囲まれた灰原だった。

「何だ、ありゃ…」
「どう見ても、学生と言うには無理があるのが混じってますねぇ」
「日本人でもなさそうなのがいるぜー」

見るからに力の強そうな、国籍の妖しげなオッサン達だった。先程の不審者も、そこに混じれば妙にしっくりとくる。学生姿に感じた違和感は、制服適正年齢オーバーだったのだ。

「さぁて…どーするよ」

と言いながらも、どうもこうもなく、快斗は灰原の所へ行くつもりだった。しかし相手が相手なだけに、出来れば白馬には下がっていて欲しかった。

午後の紅茶やホームズの本をめくるがやけに似合う気障な友人は、決して荒事には向いていないのだ。彼の護身術は一対一なら何とか有効程度で、多人数相手では動きに無駄があって隙が出来やすい。
以前、不良に絡まれた快斗を助けようと、快斗を取り囲んでいた集団に向かってきてくれた事があったが―それは勿論とてもとても嬉しい事だったが、事が済んで傷だらけになった友人を見て、己の思慮の無さとか無鉄砲さとか、とにかく色々後悔したものだ。よくよく、快斗にとっては最愛の、俺様のごとく勝手に進む新一くんを追うために、更に勝手な行動を取っては走る自分に呆れず、一緒にいてくれるものだ、と快斗は思う。
楽しかったが荒んでもいた時代の昔の仲間のような、距離を取った憧憬だの快斗のよく回る『悪魔のような』と言われた頭脳を恐れるわけでもない、ごく普通のクラスメイトのように笑って、仕方ない人ですねと呆れたり、それでも、時として快斗の身を案じて怒ったりしてくれる。喜怒哀楽を感じたままに―時に皮肉って伝えてくれる白馬は、快斗にとって本当に大切な友達だった。

(どうする…)

目の前の状況は刻々と悪くなっている。
灰原は、気丈に謎の集団に向かって「さっきの、アナタ。あの部屋から持ち出した肥料を返して」「最近、合成した肥料のアンプルや鉢が足りなかったのはアナタ達のせいかな?」と問いかけているが、男達はニヤニヤと大変タチの宜しくない笑みを浮かべて、灰原をジリジリと囲い込もうとしている。
下手に出遅れて、彼が人質になるような事態は避けたい。

(どうする!?)


「―行くぞ」


囁くような小さな声だった。しかし決して快斗がその人の声を聞き漏らす事も聞き違える事も無い。
一体いつの間に階段を上がって来ていたのか。
快斗の脇をごく自然に通り抜けた気配は、空気すら裂くような、鋭利な、―その、持ち主は。

「!!し、…えええええ!?」

颯爽と楽しげに男達へと向かって行ったその人へ、呼びかけ付いて行こうとした快斗だったが、次の瞬間目に入ってきたその後姿に絶叫した。
しかし、彼の人はそんな快斗を振り返ることなく、闖入者に一瞬警戒した後、顔を厭らしく歪める男達に向かって、彼お得意の蹴りから攻撃を開始していた。タイトなスカートから伸びる脚が、綺麗に閃いた一瞬後にはゴカッと嫌な音がして、不審者の一人の身体が崩れ落ちる。

問答無用か。
確かに言葉が通じなさそうな人種ではあるけれど!

「誰ですか!?あの先生は…強い」
「…だ、誰だろーな?…ハハ、ハ。ま、女教師だけ戦わせるわけにもいかねーから、くろこも行っきまーす!」

言い様に、快斗は屋上へ躍り出た。
例え、白馬もつられて加わっても大丈夫な気がした。いや、大丈夫にしてみせる。

決して大きいわけでも、筋骨隆々の逞しい背中をしているわけでもないのに、不安も怯えも全て払拭してくれる背中が快斗の前にあった。それなりの年月を経ても変わらない、どんな姿になっても変わることがない。
幼くして出逢った当初、一目で気に入って追いかけたのは、彼の青い瞳がとても綺麗で、手を伸ばしたくて仕方なかったからだ。あの瞳を向けて欲しくて、名前を呼んで追いかけた。
けれど、ある日、幼かった快斗の目の前に現れた、悪者たち(実際は工藤と同じく不良な学生達だったがそこは快斗的にどうでもよい)を次々にやっつけて、颯爽と、毅然として立つ後姿。
お気に入りの顔を見た時以上に、胸を高鳴らせた、心を奮わせ貫いた、その姿。

(好きだ。ちくしょう…だいっ好きだ!)

今なら、ほんの少しだけなら、並んで立つことが出来る。いや、出来なければならない。そうでなくて、どうして、あんな素晴らしい相手を欲しいなんて望みを叶える事が出来るだろう?



躊躇い無く拳を、脚を、護身術を、隠し持っていた薬物を、各自が常人よりも秀でた技能を奮えば、勝敗は明らかだった。

(なお、謎の針先で近寄る相手を突き刺し昏倒させる灰原の姿を、戦いながら眼の端で捉えた快斗が(コレか!あの危険な感じは!良かった、ひっかからなくて!)と考えていた事は快斗だけの秘密である)


  ◇  ◇  ◇


パンパンッと、白の長袖シャツからスラリと伸びた手が埃を払う。指先には白地にピンクの蝶っぽい飾りのついたネイルアートが施された付け爪を乗せている。タイトな黒のミニスカートから、一体ドコに隠し持っていたのか非常に美しい―黒タイツで覆われているせいかまるで野郎のモノと思えない脚の下には、縄で縛って芋虫のように転がした人間。少しだけ高さのあるヒールで踏んでいる。
胸部には多少の詰め物を入れたのか、これまた綺麗に腰から胸のラインが出来ている。顔には眼鏡をかけ、軽い化粧を施してあるようだ。軽くウェーブのかかった長めの黒髪を右肩に寄せて緩く束ねている。一見真面目そうな女性教師は、しかしスレンダーな身体とミニスカート以下からの黒色とあいまって、ストイックな、むしろ、だからこその色気をにじみ出している―と快斗の目には映った。
踏まれている人間が、少しだけ羨ましいかもしれないなどと思う快斗である。
見ているだけでドキドキする姿だった。

「さぁ、吐いてもらおうか。ドコのモンだテメェら」

グリっと喉元に充てた靴の先が食い込む。急所を容赦なく攻撃する女教師―の工藤先生。顔にはうっすらと哂いを浮かべている。その姿をちらちらと眺めてはウットリ見つめつつ、快斗はせっせと手を動かしていた。

「―っしょ。コイツで最後!」

快斗は屋上にあった縄で次々と行動不能に陥った奴らを、用心深く拘束していた。最後の一人をぎゅうぎゅうと締め付けて、お得意の不良縛りで仕上げる。ナイフでもなければ、関節を外したとしても抜けるのは難しいだろう。
さて、拷問に加わろうか。それとも、寮の部屋に続き見つけてしまったビフォーアフターな屋上の一部の探索に加わるべきか、様子を窺う。と、ビフォーアフター…勝手に設営されていたビニルハウスから、友人の声が上がった。

「…ありました!」
「全く、トンデモナイ真似をしてくれていたものだ」

白馬と灰原が6畳程度の広さのハウスから出てくる。各々手に持っているのは、鉢植えと、乾燥中だったのか、タコ糸に吊るされた状態になっている謎の葉っぱ。

「証拠物件確保、だな」

快斗が呟くと、工藤は忌々しく言葉を返す。

「隠滅物件の確認だ。コイツら共々消えてもらう」
「あ、はい…でした!」
(でも、どうやって消すんだ?)

まだ中庭では寮生達が祭りを楽しんでいるし。隠密に事を運ぶのなら、せめて女子生徒が自寮に戻って、いやそれでも第二の寮生がまだいることになる。一人二人なら、何とか荷物状態にして人目を避けて捨てに出れるだろうけれど、転がる芋虫は計6匹もいる。

「どうする気です?」

同じくこの後の処理方法が気になったのか、灰原は女教師に向かって口を開く。一応、学園側の人間だと認めてはいるらしい。

「お前、生徒会だったな?」
「…ですが」
「会長様に繋げ。今すぐだ」

尊大に言い放つ声は、困った事に地声と大差ない。女装している意味があるのか、と思うが―、腕を組んで不審人物達を睨み続ける眼をみて、快斗は彼が彼らを熨してなお、本気で腹を立てているのだ、ということに気がついた。
怒りの継続は、つまりまだ炎を燻らせている、という事。
快斗は思い出す。
こうした状態になった「しんいちくん」が、この後どんな行動をとるのか。
炎の燃えるまま、彼の気が済むまで燃え続ける炎はどこまでも延焼していって、鎮火するまで爆ぜ続けるのだ。
灰原もまた、教師の漂わせる危険性に気付いたのか、問いも逆らいもせず、携帯電話を取り出すと、現在の学園の実権−経営権を握る学長の息子であり、この学園の生徒を取り仕切る立場にいる生徒会長へコールした。

「ああ、僕だ。―・・そう、代わるよ」

小声で数度会話した後、灰原は彼の携帯を工藤に差し出す。工藤は直ぐにソレを取って、耳元に充てた。

「よーう、江戸川くん。第二寮の事で、ちょっと確認したいことがあってな?……」

「ほう…関係ない?じゃあ、教頭の人事の責任は誰になる。……」

「ハッ!見事な切り方だ。そんな工事は教頭の勝手な一存だったって事だな?それで教頭は今月付けで辞めることになっていた、か」

「では、ここも、大元も、学園に関係なく、潰すぜ。……ああ、ただし」

「今すぐ、お前も寮祭に混じれ。お得意の笑顔でパンダになってろ。あと、お前の周りのSPを貸せ」

「借り?ふざけるなよ。誰の尻拭いだ。―いいか、今すぐだ!」

最後は叫んで、工藤は携帯の通話を終了させる。
何事かの取引をし、最終的には命令した、のだろうと会話を漏れ聞いていた面々は考える。詳細は不明だったが、苛立って彼の足元に転がるアレな方々がガッスガッスと鬱憤晴らしに蹴られる様は、見ていて大層痛そうだった。自業自得なので、誰の胸にも同情は沸きはしなかったが。

快斗といえば、まだ暴れるなら俺も付き合いたいなぁ…でも駄目って言われるかなぁ…と、モジモジしつつ、怒りでより美しさを増す工藤先生を眺めていた。

白馬は、身動きを取れない相手に対する、教師の完全な一方的な暴力行為に正直ドン引きしつつ、更に隣でその様子を頬を染めてうっとりした風情で見つめる級友の姿に、ドン引きどころではなく、ガン引きしていた。

灰原は、教師の、彼の敬愛する会長への態度にムカムカしつつも、あの温室が消されるのは惜しいと、どうにか温室だけでも生き残れないかを考えていた。
(江戸川会長に来て貰って交渉すれば、あるいは…)
会長の手を煩わせるのは些か不本意だが、自分程度では交渉自体が成り立ちそうにないな、とは思った。
いや、駄目もとで、言ってみようか。

工藤が、灰原に向かって携帯を放る。

「ホラよ、どーも」
「いいえ?ああ、でも、何でしたら使用料代わりに、あの温室貰えませんか」

思わせぶりな会話を苛々している相手に仕掛けるべきではない。灰原は生徒らしく、教師にお伺いを立てることにした。

「ほぅ。何に使うつもりだ?」
「この下で、空き部屋を借りて薬草を育てているのですが、これから寒くなる季節に、暖房の切られている部屋は花なんかにはキツイんです。できれば、その―ビニルハウスだけは残して欲しいのですが」
「駄目だ」
「…そう、ですか」
「屋上だと、毎日の手入れをしに毎日許可を取りに行かないといけねーだろーが。許可する方だって面倒くせぇ。中庭の南の日当たりの良い所に移して使えよ」
「え…」
「ただし、今あそこに置いてあるブツは一片たりとも、持ち出すな。今から、あそこを空にする。手伝え」
「…了解」

工藤がふっと視線を向ければ、快斗と白馬もごく自然に行動を開始した。


   ◇  ◇  ◇





続く。
地の文に「工藤」と「工藤先生」が混じる妙な感じはスルー推奨で…!

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