4・追求



階段を二段抜かしで駆け上がっていく。
纏わり着くスカートが邪魔だ、と快斗は思った。

(音は直ぐ真上だった。だから、一番西端―!)

奥の部屋へ一直線に廊下を駆け抜ける。少しだけ開いている扉が見えた。
快斗は迷わずドアノブに手を掛けると、バンッと扉を開いた。

「大丈夫か!?はく―」
「…名前はNGですよ、…くろこちゃん?」

開いた扉の先に見えた光景に、一瞬言葉を無くした快斗に冷静な声が掛かった。

「無事?!」
「ええ。一人だけでしたので、ちょっと黙ってもらいました」
「おお…イギリス仕込みの護身術!サスガだぜ、は…しろこちゃん」

金髪のカツラを、快斗が使っていた黒髪のカツラに変えそれを三つ編みにして垂らして、詰め捲くっていた胸の内容物を取り去って踵を下げた靴を履いた女生徒姿の白馬(顔バレを畏れて、サングラスは掛けっぱなし)の足元には、私服姿の男が一人転がっていた。
快斗はソレを寮生なのだろうか?と眺めた後、再び部屋の内部をまじまじと見渡して、溜息を吐く。

「…なんだ、こりゃ」
「改装もここまでやると、いっそスガスガしいものです」

寮なのだから、普通なら先程見ていった部屋と同じ作りであるはずなのだが、其処はまったく他の部屋とは様相を異にしていた。
まず、出入り口に設置されている洗面台を始め、備え付けられている家具類から何も見当たらない(それでも水道はむき出しで使えるようにしてあり、備え付けの棚もあることにはあったが、本来の目的とは違う用途に使用されていた)。

部屋に溢れるのは、色んな種類の鉢植えに収まった植物たち。大きいものは部屋の天井に届くほどの大きな木まである。
しかも、緑に囲まれた一室は、普通の部屋よりも広かった。
丁度、壁があるはずの場所には、壁があったとわかるコンクリートの妙な出っ張りが残っているだけ。つまり壁をぶち抜いて、まるまる二部屋―12畳分以上が、菜園状態になっていたのだ。

「…これって、そうなのかなー?」
「と、思って、確認しようとしたところに、この彼が背後から来たもので」
「そっか。まぁ、とりあえず、手当たり次第に写真撮って、サンプル採っていくか」

何はともあれ、顧問からの命令はクリアできそうである。
もっとも植物に詳しくない二人には、ここに見つからないほうが良いアヤシイ植物があるかはイマイチ判断できないのだが。
しかし、この壁ブチ抜きの勝手にビフォーアフターされた部屋だけでも問題だろう。

手近な鉢植えに快斗は手を伸ばそうとする。
すると、スッカリ脳内から追いやっていた人物の声が部屋に響いた。

「触らないで!」

「!」
「っあ、ヤベ」
「……オマケなんて連れてこないで下さい、くろこちゃん」
「わりーしろこちゃん…さっき、下で知り合ったばっかでさ」

「勝手に植物を傷つけないでもらえる?」

快斗の行動は素早かった。
あっという間に、部屋の入口に立つ灰原の至近距離へ移動する。間合いを詰められ、慌てて相手が身をそらした隙に、出入り口の扉を塞いだ。大声を出されても、仲間を呼ばれてもまずい。自分達の退路も立つことになるが、1対2なら十分に少年一人くらい黙らせられると判断したのだ。

(いや、黙らせるんじゃなくて、コイツには喋ってもらわねーとな?)

先程の言葉からして、灰原がこの部屋に詳しいのが見て取れた。
アヤシイ植物及びそれについて情報を持っている人間が一気に手に入るのなら、仕事としては上出来だろう。

「ちょぉぉっとお話しません?灰原くん」

扉を背中にしてキッチリ閉めて、快斗はニッコリと笑いながら話しかけた。

「さっき話の途中で消えたのはキミのほうだろう。宮野明美の偽者さん?」
「そうだったわね…ゴメンね、友達の事が心配で!あと、アタシはくろこって言うのー」
「フン…そっちのキミもグルって事は、―胸が大分残念な事になってるけど、もしかして『ベルモット』さんだった子かな?」
「どうして…」

全ての事情を見通しているかのように語る少年に、お下げ(&グラサン着用)少女姿の白馬は絶句する。

「…目的は、第二寮(ココ)の視察ってところかな…誰の命令?…工藤先生、とか?」
「!」
「なぁ!コッチの事情よりもさ、ここの事情の方が気になるんだけど?この部屋、勝手しすぎだろ」

明らかに動揺を示す白馬の姿に(素直に反応だすな!コラ!)と内心で舌打ちしつつ、快斗は会話の主導権を握ろうと巻き返しを図る。優勢なのに、相手の舌先に振り回されては無駄に時間をロスするだけだ。

「ここは、空き部屋を活用させてもらっているだけ。寮長に、教頭に校長、ついでに生徒会長の許可だってある。皆喜んで活用しているよ?」
「許可って…はぁああ?!学校全部でアヤシイ植物育ててんのかよ!」
「それが事実なら、もはや学校ぐるみの犯罪として扱われても仕方ないですね」
「…犯罪?植物を育てるのが?」
「だーかーら、警察にパクられるような、乾燥アレまで栽培してたら、もう軽犯罪超えてるじゃんよ!」

部屋を見渡せば、窓辺に吊るされている何種類かの乾燥している葉が見える。アヤシイアレに学校の主要部が関わっているという衝撃の事実に、これはもう駄目かも判らんね、と快斗は悔しさに唇をかみ締めた。誰だろうと許さない、と工藤は言っていたが、それでも騙された生徒や思い上がった一部の馬鹿な人間だけならまだしも、校長だの生徒会長まで認めていたというのなら、表沙汰にならない方がおかしい。揉み消すには大きすぎる犯罪だった。

(いや、もういっそ、新一くんが気がつく前に…!)

全部引きちぎって燃やすなりして無かったことにしてしまえば!と快斗は一瞬考えた。すると、なんだかソレが一番良い手の気がしてきた。グッと狭めていた視野を開き、不可解な顔をしている灰原に向かって、またもニッコリと笑いかける。

その顔を見た灰原は、彼女―いやもしかしたら彼?を見て一番の悪寒を感じた。
物騒な雰囲気はずっとあったが、今現在目の前の相手が持つのは漂うようなソレではなくて、纏う空気自体が鈍器だと感じるような圧迫感。振り下ろされたら、ひとたまりも無いに違いない。気圧され、後ずさりながらも、灰原は口を開く。確認したい事があった。

「ちょっと…犯罪って何のことだ」
「しらばっくれんな。ナァ、こういう植物ってこの部屋だけ?それとも他にもある?あのさ、俺が全部無かったことにしてやっから、素直に出せよ」
「冗談じゃない。どれだけ手を掛けて育てたと思う」
「それで?どれだけの金稼いだんだよ?こういうのって習慣性があんだろ?で、脳みそ駄目になってくって言うよな。なぁ、何人ぐらい廃人にした」
「く…ろこさん!」

ドンドンと凶悪な笑顔とオーラを増していく快斗の姿に、白馬が慌てる。彼の手が、少年を掴んだら最後、という気がした。

「!?ふざけるな!この部屋にあるのは全部薬草だ!」
「…?魔法の、草なんだろ?」

一瞬だけ気迫を緩ませ怪訝な顔をした快斗に、灰原は言い募る。スッと鉢植えを指差しながら、畳み掛けるように口を開いた。

「そこに在るのは、整腸や頭痛に効く改良小菊の苗。大きいのは枇杷、桃、メグスリノキ。そっちの実をつけているのはクコ。キミ達はドクダミやヨモギやアロエを見たことがないのか?向こうの鉢は大体がハーブ類だ。月桂にコショウの葉、カリン、・・・」

澱みのない、誤魔化しを感じない説明に、段々と快斗の気が治まっていく。真っ直ぐに睨んでくる眼、口調。灰原が嘘を言っている様子はない。
言われて見れば、確かにどこかで見たことのある、その辺に普通に生えていそうな植物がチラホラあった。

「じゃ、この部屋は…」
「僕個人が使わせてもらっている、薬草用の部屋。元々、不良が壁にヒビを入れて、放置されてた部分に長年の雨漏りなんかが染みて脆くなってたんだ。それで壁を一旦取り払うときに、どうせなら広いまま使わせてもらえないかと、生徒会長に相談して…」

灰原は、遠く離れて暮らす宮野明美が研究している植物の種子をよく分けてもらって育てていた。
ところがだ。名前だけとはいえ姉が在籍する帝丹学園に進学した際、寮住いになった灰原は困った。今まで育ててきた植物や、これから育てたい植物を置く場所が足りなかったのである。
もちろん学園には園芸部もあったから、まずはそこを訪問してみたのだが、部員の様子や扱う植物に方向性の違いを激しく感じた灰原は、やはり自分だけで育てたいと考えた。しかし場所が足りない。大事に鉢植えに移して持ち込んだ緑が部屋を占拠する余り、部屋主の灰原が余所の空き部屋をコッソリ借りる有り様だった。

そんなある日、灰原は腹痛を起こして倒れている少年を助けた。聞けば、常温で放置していた半日過ぎの牛乳を飲んだという。呆れながらも、ソレを手持ちの薬草で治してやった所いたく感謝され、聞かれるままに、灰原が持っていた薬草についてや、彼が育てている植物の話をしたのだ。そして、それを聞いた生徒会長は、面白そうだな、と呟いた後、ある条件のもと、灰原が寮内で植物を育てられるように手配してくれたのである。
人助けもしてみるものだ…と灰原は己の善行を賞賛しつつ、寛大な処遇をしてくれた生徒会長にいたく感謝し、また彼の人となりが気に入って、生徒会に名を連ねている、と最後に話を締めくくった。

「え?…って、ことはお前、悪の生徒会の一派じゃねーか!!」
「悪っていうのには賛同しかねるけど。…ってことは、やっぱりキミ達は風紀部?」

学園を乗っ取った学長の息子である現生徒会長は、会長のくせに学校の評判も、生徒が楽しく学園生活を送る事にも一切興味を示さない、ひたすら自分が楽しいことを優先させて回りを混乱させる唯我独尊な人物だ。
ただ、そのキラキラの笑顔とか、美しさとか、フワフワの笑顔とか、可愛らしさとか、極上の笑顔とか、儚げな容姿とか、時に酷薄そうなのにそれでも綺麗な笑顔とか。非常に素晴しい容貌は、直視した者を虜にしてしまう特性を持っていて、お陰で何もしない会長なのに、リコールも反論も下克上も出来ない起こせない状態にさせている、厄介な人物だった。

とにかくここの、学長の意向のもと荒れるに任せている生徒会は、学園を正常化させたがために不良潰しをしている風紀部とは、ある意味敵同士の関係にある。
なので、こんな侵入犯行現場で正体がバレるのは大変に宜しくない事であった。

「…えっと、アレだ!風紀部の影の女子部員くろこ!」
「…お、同じくしろこ!」

あ、やっべぇバレる!と焦った二人は思わず名乗りを上げてポーズを決める。
破れかぶれだった。

「変な薬を栽培してる秘密の部屋があるって噂を確かめにきたのよ!先生じゃなくて部員の子が気にしてたから!」

「……別に、この部屋は秘密じゃない。鍵だってかけてない」

なるほど。
呆れた、という思いを言葉を用いずに示すと、灰原のような顔になるらしい。

そんな顔と目線を向けられて、快斗と白馬は激しい寒さを感じた。しかし寒いはずなのに、冷や汗が滝のように流れ行くのを止めるすべも無く、(どうするどうする)とキョロキョロと辺りを見回して―、倒れている奴がピクリと動いたのに気がついた。

(2対2になる…厄介だな)

「あなたの言い分が本当かわからないし、そっちの倒れている彼ともども、ちょっと眠ってもらって、連行させてもらうわよ!」
「連行…ねぇ?というか、そこの男はキミらの仲間じゃないのか」
「知らねーよ。ココに来たんだから、寮生かアンタの仲間なんだろ?」

「…ココの寮生にそんな奴はいない」
「…向こうでも、見かけない顔ですね」

灰原が不審げに倒れている男に近づく。
その隙にコソコソと快斗は白馬に話しかける。

(なぁ、この部屋って鍵―)
(確かに、開いてましたね)
(そうか…あの倒した奴って、元から中に居たのか?)
(…だった、かもしれません)
(他にアヤシイ部屋とかは?)
(鍵付きの部屋のいくつかに、妙な人形が多数あったり、写真の現像室のような部屋もありましたが)
(?…なんだ、そりゃ)

「ぅわッ!」

短い悲鳴にハッとして眼を向ければ、今までグッタリしたフリでもしていたのか、一瞬で起き上がった男が、飛び上がるように身を起こし、快斗達が立ち塞がっていない方―もう一つの部屋用の扉に向かって走り出していた。

「待て!勝手に合成肥料を持っていくな!」

不審者の突然の行動に一瞬だけ瞠目して、しかしその後、灰原が直ぐに追いかけだした。「泥棒だ!」と叫ぶ声に、当然快斗が、そして白馬も後を追う。

「オイ!テメェ、泥棒なのかよー!?」
「ちょっ…!」




追いかけっこの終着地点は、意外に近かった。




  ◇  ◇  ◇






続く
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