3・捜索



(ここも、何も無しかー…)

第二男子寮・三階・西側階段付近の空き部屋を、片っ端から開けていく、名も無き制服姿の女子は―先程とは違い、予め茶色気味に染めていた自前の頭で、顔には口紅とアイシャドウで簡単に派手めのメイクを施した快斗だ。

ビンゴゲームの開始と共に例の出入り口から侵入して、まず簡単に変装をかえて。それから一旦、二人で四階まで登り誰もいないのを確かめて、そこから二手に分かれた。
白馬がマスターキーを持って、最上階である四階から確認作業をし、快斗は三階に下りて、誰かが上に登って来ないかどうかを注意しながら、三階の開けられる部屋を確認するという段取りだ。
だが、単独行動になった快斗は、心置きなく持ち前の技を使って鍵の有無に関係なく、次々と部屋を確認していく。

(うーん、ベッドに机…棚にタンス…埃の被り方からして、使われてないのは確実…)

私立学園の寮とあって、ナカナカに広くて設備の充実した部屋である。
簡素な扉を開ければ、洗面台と棚があって、その奥に6畳程度の広さの部屋。ご親切にベッド・机に戸棚に洋服ダンスもついていて、窓の張り出しには植木がちょっと飾れそうな空間までも。

(寮ってよりワンルームって感じ!いいなぁ…)

三階の一番西端の部屋に行き当たる。ここで三階西部分の確認は終了だ。
部屋内に入った快斗は、おっかしいな、この階じゃねーのかな…、と頭を掻きながらも部屋内をぐるりと見回す。
周りを同じ学校に通う友人達に囲まれて寝起きをし、極普通の学生生活を送る、という図が脳裏に浮かんでちょっと羨ましさにボンヤリしてしまう。薄汚れた窓から見える学園の風景も悪くない。窓に近寄って、ゲームしている様子はどんなものかと覗き込んでみる。

だから、締めたはずの扉が開くのに気がつかなかった。

「キミ、誰なの」

背後から突然声を掛けられて、―ヤべぇええ!と快斗は鍵をしなかった己の迂闊さを呪った。

「ええと…」

慌てて背筋を伸ばして、裏声を作る。経年と手入れ不足で曇ったガラスは背後を映してくれない。おそるおそる振り返ると、そこには少年が一人立っていた。


   ◇  ◇  ◇


「あ、見回りご苦労様です、工藤先生」
「いえ。何か変わったことはありましたか?」
「いいえ。生徒達が向こうに行ってからは、トイレを使いに何人か女子生徒が来たくらいで、男子や外部の人間は見えませんよ」

年頃の女の子をお預かりする上でそれなりに厳重なセキュリティが施されている女子寮だが、勿論そんな事などお構い無しに侵入しようとする変態やマニアは多い。
学園の評判を下げて早々に学校経営を止めて土地を売りたい学長も、流石に未来ある女性を傷つける真似はしないだろうと思っている。ゆえに工藤のしている見回りは、純粋に外部の人間が盗みに入ったり、忍び込んで盗撮カメラを仕掛けたりしないかを懸念しての行動だった。
寮舎をぐるりと歩いて、裏手の出入り口や、迂闊な女子生徒が窓を開放したままにしていないかをチェックする。

「それにしても、工藤先生は凄いですね!数学担当でいらっしゃるのに、英語もペラペラで」
「はは…一応、習ってましたから」
「駅前留学とか?」
「…貴方だって、義務教育時期から習ってるでしょう?英語なら」
「あ…、そうですねぇ!いやお恥ずかしい、私は外国語なんて全然駄目で!先月男子寮の作業に来た業者さんに話しかけられてもチンプンカンプンでした」
「…業者?」
「雨漏りがすると第二のほうで修繕申請がありましてね。作業員の半分が外人さんだったんですよー。丁度教頭先生が修理を頼んでくれたんですが。いくら安い業者でもねぇ…。ええ。屋上に手を入れてましたから、結構な漏れがあったんでしょうねぇ。今も時々確認をしに出入りしているみたいで」
「へぇ…」

何だソレは、と工藤は思った。学園内の補修等は専門で管理してくれる業者がいるはずで、大抵気のいい昔気質の純和風な親方が現場を仕切っているはずだった。工藤が学園生であった頃、腕っ節の強い工事のおっちゃんと手合わせした記憶があるが、―確かにそこにも外国から出稼ぎに来ている人間もいたが、大体はカタコトでも頑張って日本語を喋っていたものだ。

教師の総入れ替え、学生の変化、更に出入り業者までも変わっているのか、と。手を出しても伸ばしても、なかなか追いつかない綻びの修復に工藤は苛立つ。
手駒として動いてくれる人間が増えつつある。けれど、まだ足りない。

(いや…欲張るな。早まるな)

懸念のいくつかを同時にこなせるようになっている現在の状況は、決して悪くないのだから。

(つぅか、大丈夫か、アイツら…)

今頃頑張ってくれているであろう生徒二人の事をふと思った。

一人は、偶然の再会からこっち、過去の殺伐とした幼馴染時代を思い出してなお、何故か慕って纏わり付いてくる少年。どんな面倒が降りかかると知っても、だからなんだと言い放ち工藤の傍に在ろうとする。

(アイツは昔からそうだったんだよな…)

お隣に越して来たの。と訪ねてきたから、適当に挨拶しただけなのに。以来一方的に工藤を気に入ったと言っては、勝手に後ろを付いてきた。鬱陶しさにワザと喧嘩の現場に巻き込んで、近づくとロクな事がないぞと身をもって教えていたのに、それでも、『しんいちくん、しんいちくん』と工藤を呼んでは手を伸ばしてきたのだ。
決して頭は悪くないのに、思考回路が何処かオカシイ。再会して再確認した。
変わらない阿呆面。元ヤンの癖に、屈折の無いてらい無い笑顔を浮かべる暢気者―いや、馬鹿。
しかし、その突拍子も無い突き抜けた馬鹿さに助けられる事があるのもまた事実だ。
学校の主体とは学生だ。教師がどれだけ学生に言葉を投げかけても、素直に返ってくる事は少ない。結局のところ学生に効果的に働きかける事が出来るのは、また学生であるのだ。

(ま、白馬にとっちゃ、アイツに出会ったのは災難だったか、天啓だったか迷うところだろうなァ)

次に思い浮かぶもう一人は、入学以前イギリスで暮らしていた事もあってか、話が合わないと周りから妙に浮いて、さらに生来の優等生気質の度が過ぎて周りに疎まれつつあった白馬探。
入学以来孤立しつつあった彼を、何度か日本と学校という場に慣れさせようと試みた事もあったが、なかなかどうして警戒心が強く、うまく行かなかった。彼自身が孤独な状態を愉しんでいると理解してからは、様子を見るに留めていたが、黒羽快斗が彼の隣の席に座ってからと言うもの、大分、優等生ぶった浮世離れも鳴りを潜め、学生らしく―子供らしくなったものだ、と思う。
優雅なお坊ちゃん然としていたのに、学園内の不良に絡まれた快斗を助けようと、制服を泥まみれにして喧嘩ごとに飛び込んでいったことがある。その姿はとても頼もしかった。
『さすが、俺のトモダチ!いやさ親友!!』と叫ばれて、顔をゆがめたのは(その姿に『嫌なのかよー?!ヒデェよ!トモダチじゃん!』と快斗は嘆いたが)照れ隠しだったのだろう。
生徒同士のゴタゴタに手を出すわけにはいかないな、とコッソリ見ていた工藤の位置からは、ゆがめた顔を背けた白馬の顔色が真っ赤だったのが良く見えた。

どちらも大事な学園の生徒で、風紀部の部員だ。
私利私欲で学園を乗っ取った奴らから、私情でマトモな学園を取り返そうとしている自分の事情を知っても、自分達を使えばいい、と言い切ってくれた。―大切な。

「俺も少しは、動かねーとな…」

寮監に、引き続き見張りをお願いします、と言い置いて。
工藤は一旦、彼が根城にしている生徒指導室に向かった。

(今日提出された外出許可申請書には、アイツの名前もあったから…多分、大丈夫だとは思うが。それにしても、業者が屋上に、か…)


   ◇  ◇  ◇


「キミ、…さっき『宮野明美』に成りすましていた奴だろう?ずっと話したくて探していたら、消えた場所からキミが出てきたから後を付けさせてもらっていたんだけど…誰なのかな。というか、―いったい、第二寮(ココ)で何をしてるの?」
「なんのことぉ?アタシ、上からビンゴのアイテム見えないかなァって思ってェ、ちょっとココから覗いてただけよぉー?」
「泥棒顔負けの開錠術、お見事だったよ?開ける速さといいプロにしか見えなかったね」
「ええ?!アレ、適当にガチャガチャやったら、勝手に開いたんだけど!」

動揺を押し殺しながら、『どこの誰でもない女子寮生』の快斗は必死に誤魔化しを述べる。
無茶は承知。内心は絶叫気味だ。
ヤベェヤベェの字がグルグルと背後を回っている気がする。

(見られてたー!いや、問題は、成りすましって!『宮野明美』が偽者ってバレてたってことか?!つまり、実物を知ってる奴がいるんじゃねぇか!)

新一くんの嘘つき!と、大丈夫大丈夫、バレねーバレねーと適当に言っていた教師の顔が浮かぶ。しかし浮かんだ瞬間、文句ではなく、助けてー!という思いが脳裏を占めた。

眼前にいる少年は身体こそ快斗より小柄で言葉遣いも優しげだが、妙な威圧を纏って快斗を睨みつけている。喧嘩が強そうな感じでは全く無いのに、快斗は生存本能に訴えかけてくる危険を感じていた。相手が人間ではなく、まるで家畜のような獲物を見るような眼差しで、舐めるように視線を這わせてくるせいだった。

「あの、アタシ…実はココの寮の友達でぇ、制服借りて忍び込んじゃったの!鍵は本当に開いてたんだよ?」

(これならどうだ!)

「宮野明美のフリまでして?…もしかして、もう一人の帰国子女の子も変装なのかな?彼女に注目が集まっている間、コソコソ動いていたよね、キミ」
「えっと!…宮野って人なら、アタシと入れ替わりで、トイレから出て行ったハズだけど?」
「…そもそも、宮野明美は現在、日本には居ない。知っていて、変装していたんだろう?」

(駄目だ…コイツ…!)

目の前の少年は、完全に宮野=現在の女生徒快斗と確信しているのだ。よどみない口調。かなり頭が切れるタイプに違いない。第二寮に巣食う不良が頭脳派、と言われていた理由がわかった気がした。
ここは強行突破でいくしかない=彼には暫くの間眠って貰うしかない!と快斗はそっと拳を握る。話しかけながら、相手との距離を詰めていく。

「どうして、わかるのかな?」
「判らないわけがない。なかなか自己紹介をしてくれないのは、僕が名乗らないせいかな?」
「そうね、レディにモノを尋ねるなら、自分の身分を明らかにしたほうが心象がいいと思うわ」
「レディ…ねぇ?ソレについてもちょっと疑問があるんだけどな。いいよ、教えてあげる」
「…」
「僕は灰原哀。ココの寮生で、養子に出された身だから本来の名前とは違うけど、宮野明美の実の弟、だよ。」
「!」

(そんなん聞いてねぇー!弟って、そりゃバレるわ!いや、でも全然名前違うし、新一くんも知らなかった?!)

「夕べも姉さんとはパソコン通信してたものでね。まぁ、キミが紹介されていたのを見た瞬間から、別人ってのは知ってたよ」
「そう…」
「―物騒な目。僕の見立てでは、骨格からして性別も違ってるんじゃないかと睨んでるんだけどな?どう?さぁキミの自己紹介の番だよ」

面白がる口調で、快斗がジリジリと詰める分だけ、灰原と名乗った少年もまた、間合いを取っていく。
灰原の明るい栗色の髪が、少女めいた綺麗な顔を縁取る。綺麗さ加減は確かに写真で見た―快斗の扮した彼の姉と通じるものがあるが、鋭敏で物騒な空気は彼独特のモノに違いない。余り似ていない姉弟だよな、と快斗は思う。とはいえ、彼の目の色は、確かに先程まで演じていた彼女との血縁を感じる青みの混じる灰色だった。

「名乗るほどの者じゃないわ…で、どうかな」
「無理矢理吐かせたほうが早い?…じゃあ」

制服からのぞく細い手首、荒事を知らなそうな手。武道や特に力のある者が持つ「何か」を感じない以上、力の差は歴然としているが、決して油断の出来ない相手だ、と快斗は警戒を強める。
嗤いを滲ませた眼が、もっと近づけと誘っているような気がした。

(罠?何か隠し玉がある…絶対)

野生の勘が危険を告げている。緊張の糸がピンと張った部屋の中。互いの視線が重なるごとに彼らの周りの空気の圧もまた重ねられていくようだった。

だが、その糸が、彼らの頭上から降ってきた物音により、不意に切られる。

―ガタガタ …ッタン

「!?」
「なに…」

ふっと途切れた緊張に、灰原も不審げに上を振り仰ぐ、その隙を見逃さずに快斗は彼の脇をすり抜けて駆け出していた。「ッ!ちょ、…待ちなさい!」鋭い声が背中を追うが、振り返る暇など無かった。階上にいるのは快斗の親友であるはずなのだ。

(白馬!?)


   ◇  ◇  ◇



性転換?キャラは灰原少年でした。
続く
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