2・潜入


「へぇ、じゃあ日本は本当に久しぶりなんだね!」
「はい…。試験とかは受けに来ていたのですけど、なかなか皆さんとはお会いできなくて」
「帰国子女として寮住まいでアリバイ作って、実は向こうの研究機関で働いてるなんてすごーい!」
「スキップしにくい分野なので、学歴が作りにくかったんですけど…ウチのお父様が懇意にされているこちらの学校長が素敵な提案をしてくださったお陰で、こうして高校生活を垣間見れて嬉しいですわ」
「今日はめいっぱい楽しんで行ってね!」
「ハイ!私も沢山お手伝いしたいです。楽しそう!」

長い黒髪を揺らして、手を口元に宛てて笑うのは全くもって暫くぶりに在籍高校に現れた『宮野明美』。―に、なりすました快斗だった。

季節は冬服へと衣替えが済んだばかりだったので、肩の線を柔らかく見せるパッドを仕込んだブレザーを着て、膝ギリギリの長さの今時の女生徒よりも大人しくしたスカートを履いている。メイクで眉を本人のように細目にして意識して目じりを下げて、優しげな雰囲気を出せるように、口調もお嬢さんぶって演技をする。音声データがなかったので、とにかく女性っぽい声を目指して声を出す。

―っしゃ!珍しそうに見てるけど、誰も野郎の変装とは思ってなさそーだぜ…

内心でガッツポーズをしながら、女子寮生が貸してくれたエプロンとバンダナを装着する。
前日に一部を除き、OKサインを出した工藤先生が感心した変装の出来は、快斗本人にも満足いく仕上がりで、もうドンとこい!という気持ちで寮祭当日を迎えていた。


寮祭は、場所とビンゴゲームといった定番から宝探しなどのアトラクションを男子寮側が担当し、軽食や飲み物といったパーティーめいた料理を女子寮側が提供して行われる交流会のようなものだ。
学園内敷地で暮らす者同士、地震や火事などの緊急事態や野犬や泥棒が敷地に入り込んだりといった不測の事態に、連絡を取り合い、手を貸し合える関係を作るために催される特別行事である。4月に一度顔合わせをし、夏の間に有志で遊びを企画したりした後、寮内の結束が固まってきた夏以降に行われるのがこの寮祭だった。
開催されるのが普通の生徒が登校してこない日曜日なので、参加するのはほとんどが寮生だった。

工藤先生の学内改革に協力的らしい少々老いた寮監の先生は、『ちゃんと行事に出席させる段取りをつけた』と帰国子女に化けた二名を快く受け入れてくれて、次に工藤先生の適当な設定に基づいた事情を寮監が寮生に説明すれば、いろんな意味で何でもアリな学園の日常に慣れているらしい学園寮生は、アッサリ受け入れてくれたのである。

「良かったぁ…宮野さんが日本語と英語が出来て!」
「…そう?」
「だって、もう一人のベルモットさん?って完全に英語しか話してくれないんだもん」
「そうね。歩美さんは英語は苦手?」
「テストなら何とかなるけど、お話しするのは無理かなぁ…、あ、ごめんなさい!先輩なのに」
「気にしないで?私の方がここでは後輩よ、きっと」

女子寮から男子寮まで、パーティーの準備品を運ぶ役割を仰せつかった宮野こと快斗は、一緒に案内してくれるという寮生1年の吉田歩美と共に、学園内の小道を歩いていた。
快斗も歩美も、両手に男子側で用意してくれているらしい机の上にかける大判のテーブルクロスを抱えている。
既に大量の飲み物を持って数回ほど向こうに運び入れているから、道筋は覚えた。このあと、出来た料理を皆で運べば会場は完成だ。とにかく、パーティーが始まるまでは、建物や入口や出口になる場所を確認しよう…と荷物を運びながら、快斗は色んな場所に目も運ばせている最中だった。

会場になるのは、第一・第二男子寮の間に設置されている芝生のある広場。暇な寮生がバレーをしたり昼寝をしたりする広めの中庭といった所だ。小道を抜けると、その広場が見えてくる。
その中央に見える人だかりが、さっきよりも増えているのは気のせいだろうか。快斗は、うわぁと思うと同時に頬が引きつりそうになる。

―大丈夫か…白馬

「さ、コレを敷いたら、丁度料理が来る頃かな」
「人手が欲しいわね。テーブルクロス大きいし。…そろそろ、ベルモットさんにも声を掛けようかしら?」
「うん…せっかく久しぶりの学校と寮なのに、ずっと囲まれているもんね、何か可哀想かも…」

会場のど真ん中―一応イベント進行のために中央辺りに据えられた簡易なステージ台のまん前辺りに、どこから持ってきたのか妙に豪華な椅子が置かれ、そこに座らされている女生徒が一人。

最初に飲み物を運び入れ会場設営の確認に男子寮に来た時、稀に見る金髪巨乳美人に男子寮生は色めき立った。
それはもう、彼女が英語しか話さないと知って尚、寮内で一番英語が出来る人間を引っ張り出して、とにかくコミュニケーションを取ろうと頑張る彼ら。必死にかわそうとするベルモット―に扮した白馬。矢継ぎ早に話しかけられ、最初は押し黙っていたが、いい加減苛立ったのだろう。
『最近の日本のことってよく知らないの…だからほおって置いてくださる?』
と、美しい裏声とイギリス仕込みの英語で語るも、都合よく前半部分しか訳さなかった色ボケ男子通訳者のせいで、急遽舞台を借りて、帰国子女に日本を知ってもらおう発表会が始まったのである。

それから、ずっと彼女はノリの良い寮生達がステージ上で繰り出す『日本の最近事情』発表を、ひたすら無表情で見つめている。
一番日本を体現したり教える事ができたら、この金髪美人とデートが出来るかも?という彼女が一言も了承していない噂が男子側に流れたせいだった。

―デートってのは効きすぎたか…

噂を流し、二人居る帰国子女の片方に注目を集める企ては効果覿面すぎて、流石に申し訳ない気持ちが湧いてきた。

目の色が違うのと、光に弱いからという理由でサングラスをかけ、腕を組んで妙に豪奢な椅子に座る白馬は、女王様と呼びかけたい程の威圧感を醸し出している。が、間違いなくそのオーラの大半は怒りによる作用であろう。
男子寮生達が白馬に群がっている間に、件の第二男子寮の情報を割りと楽に取れたし、そろそろ開放させてやらないと、ブチ切れた彼が何を仕出かすかわからない。
なにしろ白馬は天然だった。天然で事態を神がかり的に解決する時も在れば、最良の状況を絶望的な事態に覆す事も可能な天然危険人物、というのが快斗の認識である。

「ちょっと…声、掛け難いね…」

歩美の困った声に首を縦に振る快斗だ。

「でも、流石に、ね」

快斗は人だかりに躊躇なく近づいて、群れを成す有象無象の視線の下をくぐりながら、猫のような身のこなしでスルリと目的の人物まで近づいていった。

「!…く」
「シッ!」

ベルモットに扮した白馬を間近で見ると、厚塗りしたメイクの上からでも判るくらいに額に青筋が浮いて、全体的にプルプルしていた。こんな状況でなかったら、シッカリ!マイフレンド!と叫びながら抱きしめて慰めずにはいられない有り様だが、グッとこらえて、快斗は白馬の耳元に口を寄せる。

(大丈夫か?)
(ひどいですよ!こんな状況に置き去りなんて!)
(ごめん、ごめんって!でもお陰で結構情報取れたし、女子ゾーンに戻してやっから)
(目立ちませんか?)
(いいから!俺が合図したら、付いてこい!)

ステージ上に設置されたスタンドマイクを見て、ニヤリと笑う。またも人の視線を避ける素早い動きでシュパッとマイク部分を奪うと、大声で叫ぶ。
快斗が取った手段は、なんともアナログな方法だった。


「ああああ!?南十字星の方向にUFOがァあああああ!!」


一気に男達の視線が空を向く。
南十字星ってどっち?!と叫びながら。

使い古された陳腐な手だった。しかし引っ掛かってくれるからこその陳腐さ万歳である。
すぐさま白馬の手を引いて、快斗は早口で行動予定を告げる。念のため早口の英語で。一瞬ギョッとした白馬だが、すぐに肯き返した。

『ホレ!ココ抜けたら、何食わぬ顔で、テーブルクロス敷く作業始めろ。作業以外は何もしないで、話しかけられても鼻で笑って無視してりゃ、勝手に向こうが諦めんだろ。敷き終ったら、あの小道に入ってデカイ楠木に登る事!な!』
『了解です!』


  ◇  ◇  ◇


寮祭とあって、会場には不良の巣窟らしい第二男子寮からの参加者もいた。快斗はさりげなさを装って、最初に白馬が教えてくれた第二寮生に近づいて、まず寮内がどんな様子なのかを聞きだそうとした。
ところがだ。
ちょっと近づこうとすると、どの相手も次々に慌てて快斗の前から立ち去ろうとする。帰国子女ゆえに英語で話しかけられるのを警戒しているのかと思って、「こんにちは。こっちのジュース類はどちらに置きましょう?」と日本語アピールもしたが、駄目だった。「後は運びます!」と荷を受け取るとさっさと逃げてしまう。

そんな事が二度三度となり、ついにカチンときた快斗は、素知らぬフリで第二寮門前まで移動してから、トイレを探して慌てている姿を演出した。
こんな日でも一応見張っているらしい学生もいたが、一人だけだったので、いざとなったら鳩尾あたりに一発入れて軽い偵察行為に及ぼうとしたのだが、少々厳しい顔つきをしたガタイの良い門番役は親切だった。

すいませーん、と言いながら寮内へ入ろうとする快斗の腕を捻り上げるでもなく、「あの、トイレを…」と告げれば、「あの、男子寮なので男子トイレしかありませんから」と困ったように説明をしてくれ、「でも、その、…」とモジモジする様を見せれば、慌てたように「ああ!来客用のトイレなら…大丈夫、かな。あの、どうぞ」と来客用のスリッパを差し出してくれて、案内もしてくれた。
それから、「ええと、トイレの左の通路を歩いて行けば、中庭に出られますから!」といつの間にか持って運んでくれていたらしい快斗の靴をトイレのスリッパの並べているところに置いてそう言うと、そそくさと立ち去ってくれたのだ。

快斗が、女装バンザイ!と内心で快哉を叫んだのは言うまでもない。
とはいえ、トイレから靴を持って出たところで、門番ではない学生に見つかりかけて、その場は引いたのだが、中庭側の出入り口の鍵を外して来れたのは十分な収穫だった。念のため鍵穴に細工して、再び内鍵が掛からないようにしてきたので、そこから忍び込めば良いのだ。

「宝探しビンゴゲームってのが、このイベントの目玉行事みてーだな?」
「ええ。各寮3人で1チームを作って、会場内…第一第二寮の一階部分と中庭ですね、そこでビンゴアイテムを探して、ビンゴタイムを競争するんですよ。特賞は施設設備を優先的に充実してもらえるとかで、白熱すると先輩から聞いたことがあります」
「じゃ、その誰がドコをウロウロしててもいい時間に入り込むか!」
「ざっと見たところ、第二の方の寮生は大体会場にいるようです。タチの悪い方々の姿は少なかったんですが、どうやら外出許可を取っているとかで、ここには居ないらしくて」
「じゃ、門番のアイツのほかは、パンピーってことか…。見つかっても適当に誤魔化せそうだな」
「ええ」

コソコソと木の上で話し合う白馬と快斗。木々の葉の間から、第二寮が見える。

「日当たりの良い部屋、だよな?アヤシイのって」
「ですね。ざっと見る限り、寮生が使っている部屋は東側が多い…」
「ってことは西側?」
「一日の日当たりを考えるなら、隣の建物の陰になりにくい3・4階部分。寮生が少ないので、物置になっている部屋が多数あるかと思います」
「片っ端から開けてくかー?あ、でも鍵って?!」
「…どうしましょうか」

幾ら何でも、アヤシイ部屋だったら鍵くらい付いていそうなものである。

(俺はいいけど、白馬には無理…っつか、一緒に行動して、そんなん見せられねぇ!!)

快斗の持つ数多の不良術の一つに、廃墟や無人の建物への忍び込むための鍵開け術なんてものがあったりする。しかし、快斗にとって初めて出来た一般風味の、現在進行形で友情を育みつつある(と快斗が一方的に思っている)マトモなオトモダチの白馬にはそんな特技は知られたくねーかも、と思ってしまう。
基本的には潔癖な気質の白馬に、そんな泥棒ちっくな技を見せたときの反応がコワイ。

う〜ん…とお互い頭を抱えていると、ガサガサッ…と木々と葉が揺れて、突然二人の跨っている木の間から手が生えてきた。

「ッ!!」
「へあっ?!」

にょきっと生えた手はぐっと枝を握り―頭が出てきて―司令塔である顧問先生が出現した。
非常に面白くなさそうな顔だ。

「…パンツ丸見えだぞ、オメーら」

「なッ…んだ、工藤先生かよービビッたー!」
「し、心臓に悪い出方止めてください!」

「せめてブルマも調達してきてやれば良かったか…」

生徒の抗議を聞かずにブツブツと空恐ろしい言葉を吐く不機嫌な先生様に、一体何事かと変装中の生徒二名は冷や汗を浮かべる。昨日スカートからはみ出る脚に、無駄ゲ処理を言い渡すだけでは足りない何かがあったらしい。

「詳しい事はあんまり聞きたくないんですが!」
「先生はもぬけの殻になる女子寮の見回りがあるはずでは?」

「ああん?まぁ、そーなんだが、昨日渡し忘れてたのがあったからよ。―ホレ」

ホレ、と共に快斗の手の中に少し小ぶりの銀製小物。

「おお!鍵だ!」
「マスターキーだ。寮内の部屋の殆どはソレで開けられるはずだが。空かない部屋があったら、号数を必ずチェックしておけ」
「一つだけ?」
「複製できない鍵だからなぁ。効率良く回れよ」
「そう…ですね。確かに。一人は開けられる部屋を片っ端から開けて確認して、もう一人がキーを使う、位でないと時間が厳しい」
「あと、中に入っちまったら、変装は解いて適当に普通の女生徒になれよ?そのほうが目立たないだろ」
「そっかな?白馬くんは色からしてアレだから解いたほうがいいだろうけど…」

散々ベルモットな白馬に注目を集めさせた後なので、快斗としては、イマイチ行事や内部に詳しくないお嬢様という役どころが捨てがたい。しかし工藤は大きく溜息を吐いた。

「その、どこの誰かを確認できる姿で暴れたり捕まった場合、どこに迷惑が行くかよく考えろ」
「あ」
「っとに、馬鹿だな」
「…そんなん、ちょっと気がつかなかっただけじゃん!」

(新一くんの馬鹿やろー)

快斗は、恋い慕う人が時たま向けてくる突き放すような、冷たい言い方が嫌いだった。確かに自分は馬鹿だし足りない部分が幾らでもあるけれど、一顧だにされない姿を見せられると、一体この人を手に入れるためにどれだけの距離を走らなければいけないかと気が遠くなることだってあるのだ。諦める気は全く無いが、それでも決して埋まることのない歳の差に泣きたくなる。
しかし、よく見れば、工藤は冷たい目で快斗を見ているわけでは無かった。

「それに、…」

言いかけて、むしろ怪訝な、見ようによっては心配そうな、微妙に奇妙な視線を投げてくる。

「?なに、工藤先生…」
「いや、直ぐに変装を解けば…大丈夫だろ」


じゃ、後は頼んだぞーと言い置いて、教師は先に木から飛び降りる。

残った二人もノープラン(行き当たりばったり)にならないように段取りを打ち合わせて、女子寮生が彼女達を探し始める前に、何食わぬ顔で会場に紛れ込んだ。


   ◇  ◇  ◇





続く
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