あおいまじょのはなし




―最初の約束。
『お父さんと、仲良くね』
母が遺した大切な言葉。

―いつかの約束。
『きっと、君が心楽しく暮らせる国にしよう』
髭のおじさんがくれた優しい言葉。

―約束。
『いいかい?魔力を少しずつ、ココに…』
賢者さまとの契約。

―昔の約束。
『また、一緒に遊ぼうね』
幼な友だちとの、別れの際に。

―本との約束。
『魔力に驕ることなかれ。チカラに溺れることなかれ』
最初の頁に書いてあった言葉。

―森での約束。
『生きるために必要な分の命を分けてもらうのならば、大切に頂くのです』
通りすがりの狩人の言葉。

―約束。
『寂しくなったら帰っておいで』
『会いたいときはすぐにおいで』
『お前が困ったときは私は直ぐに駆けつける』
優しい父からの餞の言葉。

―約束。
『ちゃんと魔女になれたら、会いに行くね』
魔女自身の口から紡がれた言葉。









森に住む青き魔女と呼ばれる少女は、ある日大きな白い鳥を見つけました。

「まぁ、怪我をしているわ!」

これは大変!と魔女は直ぐに手当てをします。
とても大きな鳥です。
しかも、なんだか魔力を感じます。
不思議な生き物だわ、と思って、その日は鳥の傍で野宿をすることにしました。

魔女の森には魔女を傷つける動物は入ってこれないので、気楽にキャンプを開始します。
白い鳥の周りに簡易テントを張って、その近くの空いた地面に石を積んで簡単な竈を組んで。
実に手馴れたものです。
それから、森に入って、火興しに使う木の枝を拾います。

「さ、薪も集まったし。真っ暗になる前に、火をおこしましょう」

ちょちょいのちょいで、大抵の事をしてしまえるのが魔女なのですが、彼女は極力魔法を使わないで、魔玉に力を溜め込む派なので、全て手作業です。
自分で出来る事は、自分でするのです。
どんな事も楽しく行うのが、青い魔女の良いトコロなのでした。

「ま、マッチくらいは使うわよね」

ポンポンと魔法のバスケットからご飯を作るのに必要なモノを取り出して、夜食の準備。
そうする内に太陽が沈んでいきました。

「さよならお日様、今日の実りをありがとう。こんばんはお月様、今夜も明りをありがとう」

「…面白い魔女さんですね」

「え…誰?!」

いつものように日と月への感謝を口にしていた魔女は突然声を掛けられて驚きました。
若い男の人の声のようです。
一体どこに?と思って見回すと、鳥の為にと張った布地がめくれて、そこから人が現れたのでした。






「じゃ、貴方は、昼は鳥で夜は人なのね!」
「ええ。助けて頂いてありがとうございます。本当に、本当に、助かりました」

白い衣装に纏った、なかなか魅力的な青年が、頭に乗せていた帽子を取り優雅に一礼します。気障ったらしい仕草なのに、とてもサマになっていて、魔女は思わず見蕩れてしまいました。

「あら、そんな…大したこと、してないよ」
「とんでもない!…おっと…これは、私としたことが、命の恩人のお名前を聞いておりませんでした。何とお呼びしましょう?お嬢さん」
「あの、あおこ、よ」
「あおこさん?」
「ええ」

彼の顔を見ていて浮き立つ心が不思議でしたが、魔女はやっとある事に気がつきました。

「そうか、似てるんだ!」
「?誰が、誰にでしょう」
「あ、ゴメンね。いきなり。あのね、貴方、昔あおこが森で一緒に遊んだ男の子にそっくりだと思って」
「ふむ…?いえ、残念ながら、私はこの辺りは殆ど通りません。今日は偶々で。あおこ嬢と遊んだのは、それは私ではないでしょう」
「うん!それは解ってるの。でも、似てるなーって」
「そうですか」
「その子ね、王様の子だったのよ。だから全然、身分も違うし」
「ほう…」

自分ソックリな人間がいるらしい、と青年は興味深そうに肯きます。
魔女はそれだけの話よ、と笑ってまた別の話を青年に聞くのでした。

「それで、貴方はドコから来たの?」
「ずっと向こうから。探し物があって…」
「ふぅん。変化しながらじゃ大変ね」
「ええ。何しろ、鳥の時は人ではなくなるものですから」
「あら!完全半変化なのね」
「次に目を覚ます事ができるかどうかすら、ドキドキして。不安になりながら、旅をしています」
「不便じゃなぁい?」
「とても」

けれど、それがこの身に受けた呪いですから。
諦めたような口調なのに、その優しげな目の奥は苛立ちを隠しきれていないのです。
その事に気付いた魔女は、何か力になってあげられないかしらと考えます。
初対面の青年でしたが、その昔心を寄せていた少年に似た雰囲気と顔立ちに、スッカリ彼のことが気に入っていたのでした。

「せめて―」

小さな呟きが魔女の耳を捉えます。

「え?」
「せめて、鳥であっても、人の意識を保てられれば…」
「!あら、出来るわよ」

ソレぐらいなら!
パンと魔女が両手を打つと、青年はとても驚いた顔をしました。

「本当に…?」
「あおこ、傷を治すとか、心を元気にするとか…動物が元から持ってる力を手助けする力しか持ってないから、呪いは解けないけど」
「構いません!」

竈を間に置いて、魔女と向かい合って火に当たっていた青年は、おもむろに立ち上がると、魔女の両手を両手で握りしめます。
どうやら、とても興奮しているようでした。

「あ、あの、ちょっと、」
「ああ、これを突然失礼を―」

青年は手を一旦解いた後、魔女の片手だけ捧げ持って、すっとその場に片膝を付いて頭を下げます。敬意と感謝とを示しているようでした。

「気高き魔女よ、どうぞ我が身に貴方の幸いを戴きたく」

魔女の手の甲を青年は額に押し当てます。

「私の捧げられる全ての感謝を込めて」

あまりの気障振りに、流石に今度は魔女も笑ってしまったのでした。



「じゃ、コレをずっと持っていてね。…外れない場所がいいけど。どうする?」
「鳥の私は大きいようで、羽に紛れてしまうと厄介ですね…」
「あら、貴方…大きさくらい変えられるでしょう?例え呪いだって、魔力を受けてる分、少しは自分の事に使えるはずよ」
「え…ああ、そうか…!」

人の身でありながら、鳥でもないのにマントをはためかせて飛べるのは、そういう理屈だったのです。ただ、今までは、鳥でいる間は意識がなかったから、何も力を使えなかったのだ、という事に青年は気がつきました。

「え?…あ、そうか意識が、」
「ええ。ヒントをありがとう、あおこ嬢」
「そうね、これからは意識が保てるはずだから…そのモノクルに、掛けておくわね」

ちょっと借りるね。
魔女は白いモノクルに、鎖の先に三角の形状をした小さな飾りを取り付けます。
そして、形状変化の魔法を少し唱えました。
これで、鳥になっても簡単に落っことすこともないでしょう。

「一体、どんなお礼をしたら良いですか?こんなにも良くして下さって」
「いいわ、気まぐれよ!あおこ、魔女だもん。貴方のお陰で懐かしい思い出を思い出したし」
「私に出来るお礼があるならば、何かおっしゃって下さい」
「いいの。だって旅の途中でしょう?…でも、そうね」
「はい」
「また、この森に来て!そして、今度はお茶をしましょう」
「そんな事でよければ」

魔女は月夜のパーティーが大好きなのよ!

「では、その時には、もう一人お客さんを連れてくるかもしれません」
「それは素敵ね!…探しものって、その人?」
「はい」
「見つかるといいわね」
「必ず、見つけます」

決意を秘めた強い口調に、魔女はもしかして…と頬を染めて問いかけます。
魔女は月夜のパーティーだけでなく、恋と秘密の話も大好きなのでした。

「それって、貴方の恋人?」
「っ…それ、は…ちょっと違う、かと」
「でも、好きなんでしょ?!」
「…ええ。初めて、傍にいて欲しいと思った子なんです」
「攫われたの?ここには居ないけど、森には悪い盗賊が出るって聞くわ」
「いいえ」
「何処に行ったのか知ってるの?」
「―・・国と」
「あら!昔あおこが住んで居た場所だわ」
「…では、王子さま、とは」
「今は王様になったって風の便りで聞いてるわ」
「…―」

青年はなんとも言いがたい目で魔女を見つめます。
しかしつばの広い帽子に半ば隠れた視線に、魔女は気がつきません。

「そっかぁ…、あ、でもあの国に入るなら、気をつけてね?」
「…と、いいますと?」
「あの国には古い古い紅い魔法がずぅっと掛かってるの。あの地では、紅魔法しか魔力をちゃんと揮えないし、他の魔法は変に暴走しちゃうのよ。あおこの青魔法は、あの土地と相性が悪くて、…だから、魔女になってからは、ずっとこの森に住んでるんだけどね」

そう言って、魔女は少し寂しげに笑います。

生来的に持つ魔力のせいで、子供の頃には花の種を植えれば見たことのない作物の蔓が伸びたり、動物の言葉が異国の言葉にしか聞こえなくて困る事がたくさんありました。
それは、身体に女性の証が現れてからは、もっと顕著になり、とうとう生まれた国に住み続けるのが難しくなったのです。
彼女の困りごとを知った国の賢者は、その理由を説いてくれて、国から少しはなれたこの森に住処を与えてくれました。

魔女の母は幼い頃に亡くなっていて、国の城の護衛隊長をしていた父だけが、魔女の家族でしたが、魔女は父が生まれ育った国を大切にしていると知っていたので、一人で移り住む事にしたのです。勿論、父親は一緒に森で暮らすと言いましたが、魔女の修行に邪魔だからと頑なに言い張って。一人、森暮らし。けれど、森では魔女に沢山の動物が話しかけてくれるので寂しくありません。国の土地から離れた魔女の耳は、小鳥のさえずる歌を歌と、狼の遠吠えを寂しさの咆哮と、正しく聞き取れるようになったのです。

―この古い書物から青い魔法の事を自分で識って、身に宿していきなさい…と、賢者がくれた本が魔女の修行書なのでした。
そんな色々な沢山の書物に通じ、自身で物語を綴ることもしていたちょび髭の賢者のおじ様は、彼女にとても良くしてくれました。

『不思議な事だ…。これまで、魔力を持つにしても、紅の者ばかりだったのに。しかも、君の青の魔力は、紅の者が持つ魔力よりも、強い。…とても、不思議だ』

不思議だ、と言いながら。
まるでその理由を知っているかのように、寂しげに笑う賢者のおじさま。
その様子を、彼の子供である、未来の賢者と、未来の王様が見ていました。
思い返しても、不思議な、遠い、幼き頃の記憶です。

「ごめんね、変な話しちゃって!」
「いいえ」
「そうだ!もしね、もし…もし会えたらでいいんだけど、あの国の王様に会ったら、伝えてくれる?」
「…何を?」
「花をありがとう、って。あの国から出るとき、王子様がくれたの。赤いお花。嬉しかったけど、あおこ、ずっと泣いていて、お礼をいえなかったから」
「…わかりました。確かに、承りました」
「ありがとう!」
「会えた時には、必ず、お伝えしましょう」

会えた時には。

その時には。








あくる朝、魔女の手当てとご飯で元気になった白い鳥は、昨夜より―今までよりも大分小さくなった姿で飛んでいきました。
意識がちゃんとあるのでしょう。
何度も何度も、魔女を振り返っては ピピィ… と鳴いて、お礼を言っているようでした。
実際、魔女の耳には、鳥の感謝の言葉が聞こえていました。

「またねー!」

「…あんなに急いで…、早く逢いたいのね」

会いたい人の下へ、文字通り飛んで行く白い鳥が、少し羨ましい魔女です。

「ううん、もうすぐだもん。あおこも、頑張ろうっと!」

賢者さまに貰った古い本の魔法を習得できたら、魔女もお父さんに会いに行く約束をしているのでした。








魔女のもついくつかの約束の話




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