ほろんだくにのはなし



そこは、遥か昔、御伽噺でさえ残らぬほどの遠き日に、王となるべき男と、彼に恋をした紅く強大なちからを持つ魔女によって、創生された世界。
しかしある時。
愛する子孫に優しい眼差しを向ける王に、子殺しを辞さないほどの嫉妬をしたあまりに強い魔女の恋は世界すら壊しかけて、耐えかねた王は彼女を封印する。

『どうして?』
『愛しているから、貴女を。これ以上壊れてしまわないで。貴女と育んだ世界だから、私にはとても愛しい』
『私よりも?』
『いいえ。でも、貴女の血肉を分けた彼らは、貴女と同等に我が心に在る。喪われると、悲しい。とても。とても。とても悲しくて、そうさせるのが貴女であっても、憎みたくなる』
『私は要らない?』
『いいえ。ずっと供にあって欲しい。いつか私が還るまで』
『……ならば』

魔女は条件を出した。
王は条件を呑んだ。

祭壇の奥。眠る紅い宝石。その中に眠る魔女とその魔力。

『私を愛し続けるのならば、子々孫々も私を母と愛すのなら』

『魔力が絶えぬように、血を注ぎ続けなさい』

『還る時は、灰になるまで私の傍で』

魔女の封印と共に、赤い雲が世界を覆う。
不吉な空色は―しかし、たしかに世界に恵みを与え続けた。

けれど いつしか時は経ち。

魔女の血は子々孫々更にその先に続くうちに力を弱めて。
狭まっていく世界。
赤い雲は晴れ、青空が広がる。その澄み渡る空の下、侵略に遭う世界の端々。

永い永いときの果て。

せまい一つの国だけが残った。
それでも、狭くなった分だけ、魔力は残って、国を潤し続けた。
ーだから、その国の王は、王族は、祭壇に血を捧げ続ける。
死するときは、その全ての肉体を祭壇で開いて、焼いて、灰になるまで。
そうして、国の守護は―魔法は保たれる。

最も血の濃い直系王族と、賢者だけが知る秘密。
王は、紅い約束の為のモノ。
国の為の供物。

新月に血を捧げる儀式。
決して滞らせてはいけない。
儀式を止めれば、眠る魔女が目を覚まし、彼女の愛した王のいない世界を簡単に砕くだろう。壊すだろう。約束を違えてはいけない。

もし、その楔を抜きたいというのなら、代償を。
魔女に永遠の眠りを与えるための、供物を。

賢者も知らない、王から王となるべき相手にだけ伝えられる秘密。

王を約束から解放するための秘密。


王は王ではなくただの民となり、魔法の揺り篭を捨てて、民として生きねば為らなくなるけれど。





ある国が、たった一晩で焼け落ちた。
国中を這い回り夜空を嘗め尽くすように上がった炎は、田畑も炭小屋も、牛小屋も豚小屋も、レンガ造りの家々も、国の象徴たる大きなお城も、全て綺麗に焼いてしまった。
あっという間。
あっという間に。

残ったのは灰。

城壁も高熱に溶け、消えて。

強い風が、灰だらけの国を通り抜けては、その痕跡を散らしていく。

もう、ここはただの土地。
荒れ果てた野。



約束の消失と共にほろんだ国の話。




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