水葬恋談 | ナノ




煌めく石を巡る不可思議な話を聞いて、いつの間にか眠っていた今朝の事。
目が覚めた新一は、まず身体がきちんとベッドの中に収まっている事におや?とぼんやり周りを見た。いつものように天井を見上げて、それから右を向く。廊下に出る扉の他は壁一面が殆ど書棚となってしまっているそこに、つい最近仲間入りをした書名の本が収まっている。
ーそれをくれたのはあの男。
のろのろと身体を起こしながら、今度は逆を向く。少し大きな出窓は、採光が良く、昼こそ眩しくて分厚いカーテンを引きっぱなしにしているが、夜は大抵綺麗な月明かりが入ってくるので、そこからの眺めは気に入っているのだ。
今日は、いつもよりもカーテンの合わせ目から入る光の量が少ないなと思い、そっとベッドから降りてカーテンを引くと空は曇天。
ーここの所、ここから出入りしてくる変なヤツ。

「…そうか」

昨夜話の途中で眠ってしまった新一を、あの怪盗は親切に寝かせてくたものらしい、と分かった。

「もう、こんな時間か…」

壁掛け時計を見上げて、溜め息を一つ。
朝の時間はとっくにすぎていた。
一日を始める目覚めが午後二時では昼の時間ももうあと少ししかない。眠る以外にしておくべきことは何一つ出来ていなかった。
昨夜あの男について考えようとしていた時間でさえ、石の話と眠りとに乗っ取られてしまったし。


「やべ、検診…!」

時計の下、ぶら下がっているカレンダーに付けられている今日の日付けを囲った赤い丸に、慌てて身支度を始めた。


寝過ぎなくらいに寝ていても、忙しなく動くと、部屋の中でも息が切れる。寝不足、ではなくても、いつもとは違う就寝及び起床時間の影響は顕著だった。
少しだけ、もう今日は行くのをやめようか、とも思った。だが、後々を考えてその考えを振り払う。
どんなにシンドイ状態でも往診を頼まないのは、主治医に自宅静養を厳命に言われている中で、少しでも外の空気を吸う機会を持ちたいからなのだ。どうせ行き先は隣の家となるので、もし指定時間に新一が現れなければ、主治医のほうがやって来ることになる。
それが重なれば、定期検診が外来ではなく往診へと切り替わる事になるだろう。

着倒した感のあるパジャマを洗濯カゴに放り込んで、玄関先で靴下と久しぶりの出番であるシューズを履いて外に出る。
玄関扉の向こうの石畳が、雨の粒の模様を描き出していた。






ーその夜、怪盗が新一の部屋の窓を叩く事は無かった。

既に日付を超えてしまった時計の針の先を見て、新一は呟く。

「流石に雨では飛べないのか」




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