押し掛けSPな快→新


乙ゲーのSPモノCMを見た結果。


***

探偵、とは―基本隠密に物事を調べ真実を追求し、知り得たそれを依頼人や公共の福祉の為に明るみに差し出すといった事を仕事にしている者のことだ。悪人を捕まえたり巨悪を潰すようなことは探偵の『営業』の内にはなく、調べ上げた結果をどう用いるかは依頼人もしくは警察の領分となる。普通ならば。
ただ、工藤新一という稀代の名探偵については些か―どころでなく、大分事情が違っていた。彼は真実を追い求めるのと同時に、そうすることで数多の人を救ってきた人物だった。所謂悪人と直接対峙することを厭わず、被弾しながら他者の生命を守ることもあれば、爆発物の解除を自らの手で行い、時に災害さえ食い止め、それこそ数え切れない命を救い上げてきた過去を持っていた。悪意を持つ者の手に墜ちかけようとも戦い抜き、散りばめられた罠を尽く掻い潜って、必ず真実にたどり着く名探偵―その名は、彼が住まう東都に留まらず、日本中いや世界中が知るところなのだった。



「しばらくこちらに御厄介になります。お世話させて頂きます、とも言いますが。期限はたった今から現在工藤さんが召喚を受けている裁判の終了まで。どうぞ、よろしく。それにしても…いやホント。工藤さん御自身もですけど、このお家からして有名すぎるんで、出来るだけこちらへの協力をお願いしますね。タクシー乗って「米花町の工藤さんち」で通じるって洒落じゃなかったんでビックリしました。とりあえず、ざっと見防犯カメラの増設が必要そうなので手配します。赤外線セキュリティもあると聞いてますから後ほど動作と配置を確認させて下さい。あと既設の防犯カメラの録画容量と画質のチェックも。ただ、家宅侵入の可能性は低いように聞いてます。やはり狙われるとしたら工藤さん自身ではないか、と」

突然の来訪者は最初に一度だけ名乗った後、唐突にそんな事を工藤に向かって話しだした。やっぱ問題は寝起きとはいえノコノコ玄関まで出て来てくれる無防備さと無頓着さかなぁ、有名人って自覚ナシ?などとブツブツ呟いているのは聞かせたいのか聞きとめられないと見越しているからか。少々眉をひそめて見せたが、おっと失礼しました、と軽く肩をすくめる反応が返ってきただけだった。
さて、初っ端から引っ掛かりの多すぎる発言をしたきた相手をどう見るか。と、寝起きばなの頭を回転させようとして、いやそれよりも確認しなければいけない事があるな、と工藤は一つ相手に尋ねた。

「ここに、蘭…女性がいなかったか?」
「いませんでしたよ」
「…っかしーな、確かにアイツの声が」
「やはり、玄関カメラを見てはいないんですね」

工藤新一を前に初対面にして『お噂はかねがね―』と親しげに近づいてくる人間に通じる一方的な馴れ馴れしさ。及び、その口振りからして、インタフォンを鳴らす前にこの人物は工藤についてある程度の下調べをなしているようだった。

「は?」
「呼び出しは、ちょっと声色変えて、俺がしたんですよ。知り合いの方に似てましたか。彼女さん?」
「幼なじみだ。…聞き慣れた声に似すぎてたから」
「その偶然で、普段の警戒不足がわかって手間が省けました。依頼人が心配するはずです」
「依頼人…」

一層眉を顰めた工藤に、男は一気に話出した。

「俺に依頼された仕事は基本は身辺警護になります。要請に従いまして、24時間体制、泊まり込みアリ。客室の使用許可は得ていますので、そこにブースを設営して、カメラチェックや仮眠場所にさせて貰う予定です。なんなら同室同衾でも構いませんが。もちろん外出時は常時張りつきますが、あまりお気になさらず。場合によっては、工藤さんの身代わりとして工藤さんを必要とする現場にも出向きますから必要な際は言って下さい。俺のことは警察に告知してあります。あとこれ、無線です。外出時は当然ですが、出来たら家の中でも極力付けていて下さい。耳たぶに少し挟むだけの超軽量高音質タイプです」
「…いらねぇ」
「こちらがお気に召さないなら…不躾になりますが、盗聴器と発信機で対応させてもらうことになります。必要な時に携帯で、って緊急対応にあまり役に立たないので」
「これ、じゃなくて!厄介も世話も頼んだ覚えはない。警護なんかいらねっつってんだよ!大体依頼って−」

苛立ちのまま声を荒げると、ようやく相手は笑顔を半分引っ込めて、困ったような苦笑いを浮かべた。

「あー、文句は依頼主まで、どうぞお願いします」
「誰だ」
「『最低限の裁判期間中の保護プログラムを拒否した息子を心配した工藤優作』氏、になります」
「…あんにゃろっ」
「『どうせ裁判までに調べ回るのだろうけれど、今回はお前自身が逃げ回ることも不可欠だ。せいぜい目の前にいる彼に手伝ってもらいなさい』と以上伝言も承ってます」
「つっか、そもそも誰だよ?オメ―」
「ようやく聞いてくれて嬉しいです。名前はさっき言いましたよね?」
「クロバカイト」
「はい。カタカナ読みじゃないと嬉しいです。今回工藤優作氏が貴方の警護を依頼した会社の人対班所属。依頼人である工藤優作氏から『背格好が息子に似てるから』という理由で指名採用された警護人になります。要はSPみたいなモンです」

そう言われ、工藤は今更のようにマジマジと眼の前の『クロバカイト』なる男を眺めまわした。確かに同じような体格ではある。年の頃もほとんど変わりがないように思われた。つまり、若い。20代の前半。ただし学生探偵の工藤が日々目にしている大学生のような浮ついた空気は無かった。代わりに彼が纏うのは依頼に基づき任務を遂行すべき立場にある、という『本職』が持つ気質のような鋭さと、それを柔和にみせる(あくまでもそう見せる為の)笑っているわけではない笑顔だ。男が話した端々にこなれた手腕が垣間見え、また相手を選んで会話をしている、というのが分かる話し方。
半分寝ていた頭が目の前の事象について情報を拾い出し、工藤はさっくりと決断を下した。

「警護は不要。依頼は取り消す」
「あいにくと、依頼の解除を要求できるのは依頼人のみとなっております」
「……」

つまり。
目の前にいる男を立ち去らせるには、依頼人が依頼を取り下げたという一報が会社から入らないと駄目ということで。その報せをさせてくるには、あの工藤優作に依頼を取り下げさせねばならないということで。そして、あの父親が一度決定した事を易々と覆すような人間ではないことを、嫌というほどその息子たる工藤新一には解っていた。
男は、みるみるうちに渋面を作っていった工藤を窺いつつ、更に重ねて言った。

「…なお、こちらの家のセキュリティ強化については持ち主である工藤優作氏の依頼が最優先になります。別荘も同じく。貴方への身辺警護については、協力拒否は構いませんが、その場合勝手に守らせて頂くことになりますので御容赦を」
「勝手に、って」
「極力見えないように、守ります。依頼人がイコール警護対象ではない場合、プライベートへの立ち入りを拒否される事は多いですから。あとは警護人と思われない接触方法で近づいて守る、という方法もありますが…。貴方自身の警護については、一任されたんですよ。んで、噂に名高い名探偵を相手に秘密裏に事を運ぶのは、余計な手間を増やすだけだろうと判断しました。『俺』を不確定な要素にしておくよりも、有効に使った方がストレスは少ないかな、と」

立て板に水が流れるが如くの説明で来訪者の目的や何やらは明らかにされ、確かに無駄な時間は費やさずに済んだともいえる。おそらく目の前の男の頭は相当回転が良いのだ、と工藤は思う。あの父親が、息子が使えないと思うような人物を寄越してくるはずもないのだ。
(有効に―使う?)
工藤はもう一度男を眺める。今度は殊更、ゆっくりと。

「似てる…か?」
「結構、多分。それに、似せることは得意です―例えば、」

そう言って、男は己の髪の毛を素早く撫でつけ、整えて、工藤と同じ髪型をしてみせた。

「どうですか?」
「…ほー」

その手の動きの速さと、あっという間に髪型だけでなく、己にそっくりな表情をも作って雰囲気まで変えてきた男に、工藤は一瞬目を丸くした。

「それと。俺、逃げる、ってのも得意技なんです」

にこりと笑う。
今度は、表情の無いものではなく、己の自信を裏打ちする為か、幾分か心の入ったような、やけに余裕の感じられる笑顔だった。

***

「えっと、そんじゃ本日のスケジュールの確認ですが―」

工藤新一にとって、現状は不本意極まりないものになっている。
彼は自他共に認める探偵で、真実追求の為に人を嗅ぎ回る側の立場に在るべきだろうに、今は警護人と名乗る相手に四六時中張り付かれている生活を余儀なくされていた。
初めこそ、そこそこ興味深い相手の観察が面白くはあった。たが行動を把握され時に指示され、とりわけ外出時に強まる警戒。ある程度の距離を置いていても、常に動向を注視されている状態は何とも鬱陶しい。
また相手は護衛であって探偵ではないのだが、探偵である工藤が単独行動に走りやすく、その動きについていくためにと相手が一挙一投足に気を配ってくるものだから、時に行動の読み合い状態になったりもした。事前の打ち合わせなど無かったかのように、気になる事象に行き当たれば即好き勝手に動きまわる工藤に『工藤さん、俺を撒こうとしてませんか?マジやめて下さい!』と、何度か嘆かれた。
もっとも結局黒羽なるこの男が素直に待ち呆けだの迷子だのになったことはなく、工藤が誰にも告げていない目的地に先回りすることさえあった。挙げ句、はぐれたことを利用して工藤を狙ってくる手合いをおびき出そうとしたことまで。そしてそうなれば、工藤こそが完璧なまでに工藤新一に成り済ます男から目が離せない。
一筋縄ではいかないのは、お互い様のようだった。

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