快誕/2015:変装探偵とおとうさん


***

「さぁ、行こうか、快斗」

 チョーカー型の変声器の状態は良好。ハイネックの下に巻いているのだが、今日の気温は蒸し暑いので少々汗ばむのが難点か。しかし、学生服の上着とは違い、彼の母親が貸してくれた紳士もののジャケットは軽くて着心地が良いのが救いだ。
 彼の父は、かなり値の張る良いモノをお持ちだった。

「えー、どこ行くんだよ、父さん」
「お前が好きそうな店があるんだが…お腹は空いてないかな?」
「三時のおやつ!?」
「まぁ、そうだね」
「やった!行く!」

 にこっと笑って腕に絡んで来る学ラン姿の男子高校生。ならばこちらもにこりと笑いかけてエスコートする以外ない。
 事前調査の結果、おそらく彼の父は息子に甘いと判断した。むしろこちらが彼の肩なり腰なりを抱きかかえるくらいすべきだったかもしれない。借りた衣装に合わせて身体に厚みを入れて、シークレットな仕込みのある靴も履いているので、隣にいる高校生の頭は肩より少し高い位置にくる。それなりの体格差と身長差も演出しているから、腕を組もうが腰を抱こうが釣り合は取れるだろう。
 そういう親子だ、親子なんだ。
 親子…とは思ってみるものの、街中のショーウィンドウのガラスや鏡に映る2人組に相応しい関係を示す言葉があるとするなら『援助交際』だよなー、とマスクの下でぼんやりと考えた。
 そうとしか見えない親子の子供側が果たして息子で良かったのか悪かったのかについては追求したくないと思う。

 きたる6月21日は、黒羽快斗の誕生日だった。
 毎年その一月前に俺の誕生日を祝ってきて、そしてお返しに自身の誕生日を祝って欲しいとねだる男は、いちおう、その、俺・工藤新一のコイビトである。だから、お祝いするのは勿論望む所なのだが、生憎と推理やサスペンスを伴わないサプライズは不得手で、欲しい物は?と聞けば「新一」としか返さないコイツの誕生日は一体どう祝ってやったものか、毎年悩ましい…くらいに幸せな問題だった。
 大体いつも早々に降参して快斗の希望を聞いてしまうのだが(当然要求されるのは、俺の手料理だったり、祝いの歌だったり、俺自体、であったり)、今年は、聞く前に快斗がある提案をしてきたのだ。
 
 今年は父の日と重なる誕生日だから、親父とお出掛けして新一とデートしたい、と。
 
 新手の暗号文か、それとも墓参りに付き合えということか、いや親父とお出掛けが先にくるって事は、もしかしてお前の親父さんは背後霊か家付き霊として実は見えないけど存在してんのか、っていうか実は生きてんのか?とまでは聞けなかったが、とりあえず、どういうことだ?と聞いたら「名探偵に任せる!」という謎の返事。
 
 暗号文のようだった。
 
 とりあえず、一晩考えた結果、「俺と、快斗の親父さんが同時に、あるいは交代で快斗とデートするには?」:「誰かに快斗の親父さんの霊を降ろしてもらう。誰かに快斗の親父さん役をしてもらう。俺が親父さんになればいい。」という3パターンの答えを導くに至った。
 最初の降霊が実現可能かどうかはさておき、その3つの中なら要件を満たすのは最後のものだろう。
 
 よって、俺は『デート』の日と定められたその日にむけて、様々な調査及びトレーニング、シミュレーションに変装衣装の調達に追われることになったのだった。なお、このうち変装用の衣装については、生前の服の趣味をリサーチする目的で快斗の母親に写真を見せて貰えないかと尋ねた所、まるで待ってましたと言わんばかりに一揃い貸して頂けた訳だが。
 ある意味、快斗の父親と近接する関係にあったであろう自分の父親にも、彼の為人や、使う言葉の種類や口調、変声器ダイヤルを合わせる為の声の質などを聞いてみた。電話の向こうからの最初の一声は「私の息子は、パパの日をお祝いしない気かな?」というものだったので、悪い事をしたかもしれない。
 快斗の父親の、こちらはある意味弟子にあたる自分の母親には変装の手伝いをお願いした。フェイスマスクは準備できても、マスクと皮膚の境目を綺麗に消す技術やヘアウィッグの扱いは、どう考えてもプロの手を借りた方が早かったので。 
 こうして情報と仕掛けを整えた。
 後は自分自身の演技力、あるいは想像力と再現力だろう。
 俺の敬愛するホームズだって、必要とあらば様々な変装をして事件解決に勤しんでいたのだ。それを目指す俺が出来なくてどうする、という気持ちで黒羽盗一なる人物に挑んでいた。

「へへ、父さんとカフェって久しぶり」
「そうだったかな?なかなか時間が取れなくてすまないね」
「ううん。父さんが忙しいのは知ってっからさー、いいんだ」
「ここは今、チョコレイト・フェアをしているそうだ。好きだったろう?」
「うん!どれもうまっそー」
「好きな物を頼みなさい。ただし、食べるのはこのお店の中で、ね?…まぁ、もう、ベッドで隠れて食べる事はしていないだろうけど念のため」
「げ」
「虫歯はないかな?」
「ねーよ…」

 メニューで半分顔を隠しながらチロリと上目遣いでこちらを見てくる視線は、親に対するものか、それとも家族しか知らない事を口にした俺に対するものか。
 
 少しだけ、楽しくなってきた。


***

「はー、食った、食ったぁ」
「本当に、よく食べたね…気持ち悪くはないかい?」
「全然へーき!父さんは、アレで足りたの?俺の頼んだの、もっと分けてあげたのに」
「いや、私は紅茶とスコーンで十分だったさ」
「変なトコ、イギリス紳士っぽいよな」
「そうかな?」

 店を出る頃には五時を回っていた。
  快斗は本当によく食べて、よく喋って、そしてたくさん笑っていた。

 その姿を見れて嬉しかったのに。最初は確かに面白かったし、楽しくさえあったのに。
 俺は彼の父親である『黒羽盗一』を演じながら、段々と胸の内に黒い靄が広がって行くのを感じていた。
 親に対して掛け値無しの尊敬と親愛を込めた眼差しを向ける快斗。俺と同じに『息子』の演技をしていたと思うには、それは余りに綺麗な目だった。
 …無論、騙されてるか、俺の目が曇ってるかの疑念は9割ぐらいあるけれど。
 明らかに『工藤新一』に向けられるものとは違っている、と感じてーそう思ったら、何故か胸の奥がざわついて仕方なかった。
 時々、俺が父親と遣り取りして、まんまとやり込められては八つ当たりする俺を見て、「敵わねーよな、優作さんには」とポツリと漏らすコイツの心情、というモノに近いのかもしれない。
 
 なんと言うか、そう、「敵わない」。

 さっさとこの役を降りたくなってきた俺は、予定を一つ早めて、このショウの終わりを促すことにした。

「そろそろ、帰ろうか快斗」
「え、もう?!」
「ああ。母さんが、君の為の料理を用意してくれているだろう」
「…マジ?」
「もちろん。君の誕生日を祝いたい人は沢山いるんだよ、快斗」

「帰りたくない、って言ったら、困る?」
「ーは?」

 店に入っていった時と同じに、腕に手を絡めてー更に胸元に飛び込んで抱きついてきた快斗に、俺は演技を忘れて固まってしまった。
 
 なんでコイツ、そんな色気ムンムンの上目遣いで自分の親父の顔見上げちゃってんだ。

ー正直、引いた。

「俺、もう少し、父さんといたい」
「……」

 いたい。って言われても、なんつーか、オメーがいてぇんだが、と思わずツッコミかけそうになる。甘えるにしたって、その目は何なんだ。
 一体ここからどう演じるのが最も『黒羽盗一』らしいのだろうか。悲しいかな、全く思いつかなかった。
 突き放すのはおかしい。だからといって、流されてしまって良いものでもないだろう。俺は帰りたい。いや、普通にもう少し駄弁りたいとか散歩したいとかならまだしも、このままイカガワしいホテルでも店でも連れて行けと言わんばかりのオーラは、どういう対応をしたら消す事ができるのだろうか。
 「頼むから…」囁くようにそう言って、胸元に頭を埋めて来る快斗。きゅっとジャケットの肘あたりを両手で指先で摘んでいる。とかく、俺はその項垂れたような肩を掴んで、掛けるべき言葉を探す。

 ーぽん

「!?」

 固まったまま思考が空転していた俺の肩を、突然誰かが叩いた。
 思い切りビクッとして背後を振り返る。
 
「え」
「おやおや、随分仲のいい親子がいると思ったら、やはり君たちかい、黒羽くん」
「おゃ…、っ工藤、くん…じゃないか」
「しかし、道の往来では感心しないねぇ」
「ははは…これは、失礼を。さ、快斗…離れなさい」
「ーチッ」

 胸元から舌打ちが聞えてきた気がしたが、これ幸いと俺は快斗の身体を離した。

「それにしても羨ましいね、父の日に息子とデートとは」
「…」
「ウチの息子なんて、親をこき使うばかりでねぇ。全く相手もしてくれない…悲しいものだよ」
「…」

 あ、これ、一難去ってまた一難だ。と、直ぐに気付いたが、俺はどうする事も出来ず。
 同じく、息子の立場の快斗も何かを察したらしく沈黙を守り、「買い物終ったわよ〜」と母親が登場するまで、『蔑ろにされた可哀想な父親』の愚痴に付き合わされる羽目になったのだった。



>>>終

***

 おとうさんには敵わない!


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