キスの日に書いたKコ


***

「こんばんは、名探偵」

ひらり白い布を纏った怪盗が、優雅に優雅に御挨拶。
今宵の獲物は既に怪盗の手の中に。

「それ、返せよ」

白い翼が飛んだ先へ回り込み、それを奪い返そうと追って来た探偵は、犯行自体を未然に防げなかった事実に悔しさを滲ませつつ、とかく盗品の返還を求めてみる。
場合によっては、大人しく返して来ることがあるのだ、この変な怪盗は。
穏便に済むならそうしたい。
品物が傷つけられたらとても困るので。
―全力でぶっ潰すのは、その後で良いのだ。

「お返ししても宜しいです、が―」
「が?」

ほらよ、と無造作に投げてこない様子に、探偵は一層眉を顰めた。
ついでに、つかつかと歩み寄って来る怪盗に最大限の警戒を。

「噂によるとですね」
「…なんだよ」

ピタリと怪盗が足を止めた探偵から一歩先。
近い。
時計型麻酔銃で外す事の無い至近距離。
虚勢を張るように腕組みしつつ、瞬時に時計を動かせる様体勢を整えて、白い帽子の下から覗く吊り上がった口許とその先で月の光を反射しているモノクルを睨み上げた。

「今日はキスの日だったそうなので」
「…あんだと?」
「名探偵がキスしてくれたら、返します」
「……」

にやぁと嗤う空気は直ぐ傍にいる人間にじわじわと伝わって、相対する者の感情をそれはもうじわじわどころか、一瞬で煮え立たせた。
ほほう、と声にならぬ息を吐いて、引きつっていく己の表情筋が痙攣しているのを感じながら、あえて、探偵は「ふ〜ん、そーなんだぁ!」と明るい声を出す。
怒りに震えそうになる顔の筋肉を抑えて、にっこり笑って怪盗を見返した。

「いーぜ?」
「本当ですか!」

ニヒルな笑いを引っ込めて、ぱぁああっと嬉しそうな声をあげる怪盗は、多分本気で喜んでいる。
探偵は一つ溜め息を吐いて。
くいっと組んでいた腕の片方を上げて。
人差し指を怪盗から己へと折り曲げる。

「ホラ、届かねーだろ」

来いよ、の合図。
うわー、名探偵ってば大胆!男前!なんて抜かしてくる怪盗は、それでも、念のためにと身体を近づけた瞬間に、探偵の両腕を拘束した。

「…オレがするんだろ?目ぇくらい瞑れ」

至近距離。息がかかるくらいの、すぐ近く。
拘束に厭もなく、探偵はただ大人しくしてやって、そう言った。

「…はい」

神妙に返事をして、怪盗は静かに目を伏せる。
この怪盗に憧れる淑女が大喜びしそうなキス待ち顔。がっちり掴んでいる腕と、小さな探偵の足の届く距離を見計らっての位置取りがなければ、きっととてもロマンチック。
探偵は、目を細めて口許を緩ませて薄く笑い、そして―



―ごっっちぃいいいいいん


「イッデエエエエエエーーーー!」

閉じた薄暗い視界に、痛みと衝撃による赤い稲妻が目蓋裏に走ったのを怪盗は見た。
頭がぐわんぐわんと揺れ、一瞬額が割れたかのような激しい痛み。
痛い、とても痛い!
両手で打ち付けられた場所を抑える。
あまりの痛さに涙目になった。

「ひっでぇよ!痛ってぇ、マジ痛ぇえええ!」
「舐めた真似しやがるからだろ」

ケッと吐き捨てられた言葉。
あんまりな仕打ちに、怪盗が探偵を見れば既にすり取られている今宵の獲物。

「ひでーよ!ちゅーは!?」
「うわ…この期に及んでまだ言うか」
「つーか、頭突きって!なんなのその石頭!?ガキの頭蓋骨ってもっと柔いモンじゃねーの?!あ、大丈夫なのか?!名探偵」
「え…何でこっちの心配してんだよ、なんだお前」
「だって、スゲー痛いし!」
「昔っから、頭突きは得意だしぃ?サッカーで、ヘディングで競り合っても負けたことねーよ」

尊大におっしゃる名探偵に、聞き捨てならないことを聞いた怪盗は声を上げた。

「んな!?あんな至近距離の攻撃、誰彼構わず仕掛けてんのか?!バーロ、間違ってキスされたらどうすんだよ!」
「ねーよ」

手癖も悪いし、足癖だってもの凄く悪い。ついでに言葉も乱暴で性格だって多分に宜しくないというのに、怪盗はそれでもこの探偵君が好き過ぎた。





*** 

工藤の頭突きは凄いって!(新一ボーイ参照。




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