「あの、貴女…は、『おとこ』ですよね?」
此処はとあるパーティー会場。
はてさて、極めて自然な動作で近づき、周囲には聞こえぬ様声を落として怪盗キッドにそう声をかけて来たるはアノ名探偵。
―これはなんということでしょう。今日はただの下見がてらの会場確認作業だったのに。
「何言ってるのよう、キミってば」
いつもなら会場運営者や建物の管理業務を請け負う出入り業者の姿をとって簡単に済ませる作業を、折よく目的の会場を使ってのパーティーがあるからと、即興女装で忍び込んだのが不味かったのか。
誤摩化そうと笑い飛ばして見せても、目の前のイケメンボーイは一切聞き入れてはくれなかった。それどころか「ちょっと聞きたい事が有るので、少し宜しいですか?」と言って、こちらの返事を待つ事無く、右手首をがっちり捕まえて会場内を突っ切って逃避行へと洒落込んだのだ。
「ね、ねぇキミ、ボーイさんでしょ?仕事はいいの?」
「僕が担当していた仕事は終了しています、ご心配は無用です」
「別に心配はしてないよ!もう、なんなの?!」
「…もう一度確認しますが、貴方は男性だ」
「…失礼じゃない?それって」
「貴方が性同一性障害であるなら、僕は膝を折って謝罪します。が、そうではないでしょう?」
ホールを出て、自販機が並ぶコーナーの一角で、名探偵の追求は続く。
会場で派手に転んで衆目を集め、名探偵の気がそれた所でうまいこと姿を消す、という画も考えた。しかし強引な行動を採った割に、彼にはこちらの動きにくい服装への気遣いがあり、また彼が向けてくる視線が、強気の行動の割に妙に弱いーそこには白い怪盗に対する疑惑だの敵対心が見て取れないーものだったから、ついついされるがままに引っ張られて来てしまったのだ。
「…」
沈黙を肯定ととるか否かは、名探偵の推察力に任せるとして、一体コイツは何の用があるというのだろう。
本日会場を貸し切っている主催が、某財閥と関係が深いらしいという噂は本当だったようだ。だが、まだ怪盗は予告状を出しては居ないし、コイツが同じ場に居た事自体がこっちにっては計算外だ。ボーイの仕事が本命ではないとしたら、不審者か不適格な参加者の摘発でもしていたのだろうか。今日びの婚活パーティーは、参加資格の真偽についての責任が運営者に掛かると聞いたことがある。ーただし、男性についてのみ厳しい物らしいが。女性ならば適当でも構わない筈で、つまり今宵の変装は名探偵の前では失敗していたということだろう。不覚の極み。はたしてこの慧眼の持ち主の前で、どれくらい計算外の行動を取ってしまっていたのか。
顔を伏せて押し黙っていると、急に探偵は焦ったように「あー、そうじゃなくて、…その」と何やらブツブツ言い出した。
「ああ、あの…僕は、貴方が悪意をもってさっきの会場に女装して入り込んでいた、とは思ってなくて。ただ、普通に『おとこ』と思われる貴方が、何故そういう格好をしているのか、って聞きたくて」
「趣味」
端的に回答してみた。
すると、名探偵は疑惑に顔を歪めーることなく、「ああ、やっぱり!」と明るい表情になる。
え?
「まず最初に貴方が『女装』と思ったのは、その…今日の会場にくるには、少々手入れ不足である気がして気になって」
ああ。完璧主義者の名折れである。
準備不足でも結構上手く演れていたと思っていたのに。
影響したのは毛抜きの不足かそれとも薄手のストッキングか。もしやまさかのポーカーフェイスか?ならば天国にいる先代怪盗に懺悔せねば。
「それと、言い寄って来る男性に対して女性めいた駆け引きや対応が欠けていて、今日の会場の花としてはちょっと不思議だったんです」
当然だ。こちらの本命は、主催されていた見合いパーティー参加者ではなく、主催会場なのだから。
「更には、強引な男性に困っている女性参加者に対する態度で、これは、と」
紳士的な対応は女装しても滲み出てしまっていたらしい。身に付いた怪盗紳士のフェミニズムが恨めし…いや誇らしい。
「はー」っとわざとらしく溜め息一つ。
分かり易く、この場は降参。
それにしても『女装』を見破っておきながら、更なる正体の方には一切話が向いてこないのが不思議で仕方ない。
ーこれは、本当に気付いていないのかもしれない。
だとしたら、女装男に何を問いたいのか好奇心が疼く。
「…それで?キミは何を聞きたいの?」
「まず一つは参加目的」
「どれくらい上手く化けれたか、試したくて。でも、別にホモじゃないから気持ち悪かったな」
「化けたのは初めて、じゃ、ないですよね?」
「…ずっと練習はしてたよ。メイクと…声の出し方とか、歩き方とかね。いつもはちょっと街歩いてー、ナンパされるかな、ってそんぐらい。こんな大勢の前でするのは初めて」
「何故、ここで?」
「参加予定だった知り合いが急に行けなくなって、んでアタシ女友達多いから勿体ないから誰かに回してって招待状貰ったの。…で、面白そうだなーって」
「なるほど」
顎の下辺りに指を宛てるまさに名探偵的なポーズで、名探偵が深く頷く。
「…それで?あの、さっきから気になってたんだけど、もしかしてキミって、探偵してるっていう人でしょ?新聞で見た事有るよ。ねぇ、アタシのこと主催の人に突き出すの?」
「は?まさか!」
名探偵は心底驚いた、という風で顔を上げて直ぐぶんぶんと首を横に振った。
「僕は、…そう、有り体に言えば、貴方に弟子入りしたいんです」
「…へ?」
うっかり素でポカンとしてしまう。
誰が、誰の、弟子?っていうか、弟子って、…え?
「貴方の言うように、僕は探偵です。目指す所は、イギリスで活躍するかのシャーロック・ホームズ。そしてホームズの探偵術には変装があるのですがー」
まさか。
「僕は、貴方に女装について教わりたいんです」
まじか。
***
怪盗と知らず、女装男・黒羽快斗に弟子入り工藤。
とんだ名探偵だな!って思いつつ面白そうだと協力する怪盗がいたら良い。