近くて便利・2(くどたん!


くどたん!2014。
***



オレは高校生怪盗・黒羽快斗。幼馴染みで同級生の中森青子と彼女の父親が働く職場―怪盗キッドの予告現場―に遊びに行って、白ずくめの怪しげな怪盗の犯行現場を目撃した。犯行に使われたマジックの解明に夢中になったオレは、うっかりその手口と正体を暴いてしまい、その際かつて怪盗キッドをしていたという親父の秘密や不穏な死を知り、なんやかんやの末、自分自身が怪盗キッドになる羽目になっていた。親父の仇を探しあて、ついでにパンドラとかいう宝石を見つけ出してこの手で砕くまで、オレは誰にも捕われることなく怪盗を演じきってみせるぜ!

―という自ら選んだ修羅の道筋の中で出逢った名探偵がいる。

その名を工藤新一、あるいはかつての名を江戸川コナンという彼。
最初に見たときは、怪盗の演舞場に迷い込んで来た子猫のような少年だと思っていた(実際彼は小学生の姿をして、江戸川コナンと名乗っていたのだ)。だが、このオレの犯行を防ごうと難解な暗号を解読し、マジックの種を暴き、更には怪盗の取るべき行動を先読みして回り込もうとする今までに怪盗を追ってきていた者には無い推察力や、やけにふてぶてしい口調と不敵な嗤いを浮かべる子供らしからぬ姿に不審を抱いて観察及び調査してみてアラびっくり。
なんと小学生・江戸川コナンは仮の姿で、本当の姿は警察の救世主とまで言われる工藤新一という希代の名探偵。―オレと同い年の高校生だったのだ。
何度と無く怪盗の犯行を阻止しようと現れるこの名探偵に、オレは何度も痛い目に遭わされたのだが、どうしてかオレはこの探偵君を嫌いになれなかった。中身はオレと同じ高校生男子だ、いけ好かない探偵野郎だ、と分かっていても、小さな姿で不便をしている彼を見ると手助けしてやりたくなったり、命が危険に晒されていれば考えるより先にオレは救いの手をー時には翼を―出しているという状態。それでいて、オレは探偵君の能力を甘く見る気は全く無く、時には共通の邪魔者を排除しようと共闘―と、みせかけて精々頑張って働いてもらったり、高校生の彼の姿を拝借したりと、結構好き放題にさせてもらっていた。
探偵君も探偵君で、怪盗なんて不審者との貸し借りをそれなりに尊重してくれていたようで、「今回は見逃してやる」という台詞を戴いた事もある。ただ、この見逃してもらう、というのを担保にして、怪盗たるオレにとんでもねー手伝いをさせる事もあったので、所謂お互い様という関係だったのだ。(いやいやオレの方が絶対デカいただ働きをさせられていると思うが)。
好敵手、という言葉に相応しい相手。
気に入っているけど、目障り。
邪魔だけれど、心配になる。
怪盗とは対極にあって、敵である筈の相手なのに、時折とても近く感じる、妙に気になる探偵だった。

もっとも、そんな探偵君との半ば戯れ合い染みた関係は長くは続かなかった。
オレはオレの仇敵及び宝石探しを、彼は小学生の仮身から本当の姿を取り戻すべく、各々の事情にかかり切りになることも珍しい事ではなく。暫くあの探偵君の姿を見てないな、とオレが思った時には、探偵君は探偵野郎へと華麗に変身してくださっていやがったのである。

こっそり偵察に飛ばした鳩が持ち帰った映像に映っていたのは、工藤家の隣人に背後に立たれながら山のように積み上がったノートやプリントをこなしていく高校生の後頭部。ピョンと跳ねるくせ毛は、大きくても小さくても変わらず存在を主張していた。
名探偵復帰!などというニュースを目にしない理由が、どうやら彼の学業状況にあるらしいことも直ぐに分かった。オレと違って、状況に合わせて仮初めの姿を脱ぎ着することが出来なかった彼では仕方ないことなのだろう。
素直に(良かったなァ)と思った。
同時に、先を越されたか、と悔しくも思った。
そして―互いに偽りの姿でいることを知った上での関係ではあったけれど、オレは彼の本当の姿を知っていたが、彼は怪盗の正体を知る筈は無く、だから、これで怪盗キッドの好敵手は居なくなってしまうんだな、と本当に、ほんの、ほんっの少しだけだが、寂しくも思った。
江戸川コナンではなくなった探偵君ー工藤新一は、怪盗キッドの好敵手にはなり得ないような気がしていたのだ。
―対等な目線を持ったが故に、きっと容赦など出来ない。
腕の長さが足りなくて地団駄を踏んでいた子供が、大人の身体を持って間合いを詰めてくるというのなら。怪盗紳士としては、あえて害そうとまでは思わないが、探偵君や彼のお仲間が評したようなハートフルな態度を取れる気など全くしなかった。
探偵にしても、見逃してやる、なんて台詞が使えたのはきっと彼の側に不利な材料が多かったせいなのだ。彼が真実の名前と姿を持って真っ向から怪盗と対峙し、その場において名探偵が怪盗に上手を取られるなどと、絶対に許すはずもない。
オレの演じる怪盗キッドはその名(キッド)の通り子供だ。警察や、せいぜいが怪盗を追い掛けるのに必死な所謂フツーの探偵をショウの添え物や玩具に時には手駒として使って遊びながら、本筋の敵を追いかけている幻影。
子供は遊び相手に大人を選ばない。だから、玩具にも手駒にもなり得ない、子供でなくなった名探偵は幻影を追ってくる敵でしかない。―それは、かつての友達を消してしまうような思いだった。出来れば、そんな事はしたくなかった。
だからオレは、工藤の机の課題がそこそこ減った頃に、とある現場に、麒麟の角のときのように江戸川コナンというリーダーを失っても元気に活躍していたあの探偵団を招いた。
―工藤新一は現場に現れなかった。子供たちに何がしかの助言はしていたけれど。
それが、彼からの答えだと思った。
もう、子供の遊びには付き合わない、と。
やっぱり悔しくて―ほんの少しだけ寂しかったけれど、同時にひどく安心もした。
いつか、オレの側の事情が終わった時に再会して、そこから始められる関係があればいいな、と考えたりもした。

だが、オレは見誤っていた。
いや、自身の能力に溺れていたと言ってもいい。
怪盗を演じきると決めたオレが、破格の頭脳を回転させ周囲の動きを計算しようとも、不確定な因子というモノは必ず存在して、確定的未来を変化させ思わぬ状態を齎すのだと。




その日、オレは寺井ちゃんの店に来ていた。
場所が場所。しかも季節が季節なだけに、オレは出来れば来たくなったのだが、やむにやまれぬ事情である。
そこで、寺井ちゃんにお使いを頼まれたのだった。
「まーったく、オレ外に出たくないって言ってんのによー」
ぶつぶつ俯きながらオレは呟く。『快斗ぼっちゃま。幸いなことに店を出て直ぐの路地裏に入れば、飲み屋通りとなっていまして、アレを飾っている家は御座いません』と言われていたが、油断は出来ない。ここに来る電車の中だって危なかった。車内の吊り広告や外の景色が視界に入らないように視線を下げたオレの前に現れたベビーカー…にくくってある『アレ』。慌てて「男の子ですか!可愛いお子さんですね!よかったらここどうぞ!」と立ち上がって叫んで席を譲ったくらいだ。クスリと笑われた気配がして、そっと周囲を見れば結構な空き具合。うおっと余計なお世話だったかと焦ったが、ベビーカーを片手に保ち、片手で抱っこ紐に入れた赤ちゃんを抱えていた女性は『ありがと。若いのに、感心ね』と笑ってくれた。

オレは手にしているお使いメモを確認(という名目で視線を集中)しつつ、ここ数日立ち寄った店を思い出して溜め息を吐いた。
「ホントに、アレは無いんだろな…」
『端午の節句』『こどもの日』…本番は明日だというのに、五月に入った瞬間にわんさか出て来る『アレ』付きの特設商品。毎年毎年、そいつを避ける為にどれほど涙ぐましい努力をしてきたか。
しかし、「感心な高校生」としては、足を捻って不便をしている老人の世話を買って出るのは当然だ。普段世話をかけているなら尚更に。
『こちらの店は、不思議な事に今月の初めからずっとケーキ特集や特選スイーツ・フェアをしていましてね。ぼっちゃまには楽しいかもしれません。ええ、本当に、アレの方は大丈夫でございますよ』
「ここを、左、…?あれ、なんか」
半信半疑ではあったけれど、オレの『アレ』に対する拒否反応を知っている寺井ちゃんが大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。オレは基本的に親父の付き人でもあった彼を信用している。ただ、気になっている事はその彼が笑みを深くして言った一言。
『もっとも品揃えではない、別な事に驚かれるかもしれませんが』
「やっぱ、この辺見覚えが…?」
いつもと違う道を抜けて出た通りに、激しい既視感。
オレは、ある事が気になって、―どうか空が綺麗でありますように!と祈りながら、その店の前でゆっくりと顔を上に向けた。
「…おいおい」
果たして空とオレの間に『アレ』の姿は無くーだが、とんでもない文字を認めたオレは、ぽかんと口を開けていた。

「… … …」

言葉も無く、そのガラス張りの店の前で突っ立て居ると、ガー…と店の扉が左右に開いて、ピンクと小豆色っぽい配色の制服を着た店員が声をかけて来た。
「何してんだ、オメー」
「へ?…え?…っええ!?」
聞いた事があるような―もとい、真似たことのある声がして、オレは恐る恐る視界の端にいたその店員を、まさかまさかと思いながら、しっかりと、見た。
ピョンと跳ねる癖毛。青い瞳。眼鏡はしてない。小さくない。データ通りにオレと背丈は同じくらいっぽくて。でも思ってたより細身で。なんか、綺麗な雰囲気。おかしな事に、帝丹高校の制服ではなく、コンビニ店員の制服を召しているけど。あ、そうか小学生じゃないから労基法には違反しないんだろーな。でも帝丹って私立高校だったと思うけど、バイトってオッケーなのか。いや、そういや元から探偵してるからオッケーなのかも。って待て待て探偵ってバイト扱い?
…とか、彼の姿を認めた瞬間脳裏を駆け巡った色々は言葉にならず。
オレは、かろうじて、その名前を口にした。
「工藤新一いいい?!」
「あんだよ」
「え。オメーこそ何してんの?アレ、確か名探偵だよね。探偵してたんじゃなかったっけ!?」
「バイトしてる」
「…探偵が?」
「高校生が、だろ。ま、偶に探偵もしてっけど?」
変なヤツだな、といわんばかりの視線で首を傾げられて、オレは焦った。言外に『で、オメーは?』と問われているのを感じた。
「えっと、オレ…は、寺井(ジイ)ちゃんのお使いで…ここで買い物を…」
「へぇ。そんじゃ、いらっしゃいませー」
「……」
そう言って踵を返した工藤に続いて、オレは店に入った。胸の内で名探偵からの『いらっしゃいませ』を反芻している間に、工藤は慣れたようにレジカウンターの内側に戻って、オレを振り返る。
「何をお探しですか?」
「!?…あ、ああ。えっと、割り箸と紙ナプキンの大きめのって有る…りますか。あとプラスッチックのパックも」
「窓側の雑誌棚の隣の商品棚。内側向いてる方が食事用の雑具と生活備品になってます」
オレはぺこりと頭を下げて言われた方に向かった。向かいながら、ざっと店内を見渡してー防犯用に付けられた鏡を確認して、さりげなくそこから工藤が見える位置へと歩く。丁度その方向にカゴがあるから、ついでにそれを手に取った。

工藤は、伝票のような用紙の束をめくっている。
「…マジかっての、ジイちゃーん…」
付き人の笑いの意味がよく分かった。何かの折に、時折この店の上に事務所を構える迷探偵が、寺井ちゃんが経営してる店に呑みに来るとは聞いていたが、まさかこんなことになっているとは。
江戸川コナンが引っ越して不在になった時点で、この建物への侵入だの盗聴は行わなくなっていたから、まさかコッソリ客のフリで通っていたこともある喫茶店が、『近くて便利』が売りのコンビニに鞍替えしていたとは全く知らなかった。

工藤は、特にオレを気にする事無く、バイトの仕事をしている。
オレは、何とも言えない気分で、お使いの品々をカゴに放りんで、ついでに今日発売の週刊誌をチェックしようと雑誌棚に移動した。
「…っと、あれ?」
目的物を探すが見つからない。棚に有るのは、既に読んだ先週号。おっかしーな、と確認のため先週号を手に取ろうとした時、不意に背後から声がした。
「連休だから、合併号だったろ」
「あ、そっか」
色々と動揺していてうっかり忘れていたようだ。
なるほど、と軽く返しつつ、一瞬で内心では冷や汗がダラダラになった。今のはどう考えても、店員の対応として微妙じゃねーか、という気がする。
オレは、あははーと一応笑いながら、カウンターを振り返った。
「立ち読み禁止?」
「ん?んなこたないぜ。オレもするし。そんなんしてたら客が居着かないと思うしな」
「いやいや、店員さんが立ち読みは駄目でしょ…」
「流石に他に人が居る時はやらねーよ」
「いやいや」
「そいや、なんでキョロキョロしてたんだ?」
「え!?」
青い瞳がきらんと光ったような気がした。以前は黒ぶちの眼鏡の奥に有ったそれは、裸のままだとなお眩しい。
「えー、あの…あ、この店!この時期にスイーツ特集とかしてるって聞いて!普通だと、ちまきーとか、笹団子じゃん?」
「ああ…。スイーツならそこの雑誌棚から一番遠い冷蔵ンとこだぜ。結構種類が有る。蘭が…あ、いや他の店員が、何か盛り上がって発注したんだ」
「へー。そいや、…ホントだ。クリスマスでもないのに、ケーキカタログ多っ」
オレはカウンター手前に設置されている各種カタログ置き場を見て驚いた。確かに寺井ちゃんの言う通り、普通なら(とりあえず明日までは)こどもの日や来週の母の日にちなんだギフト集がある筈なのに。甘い物が大好きなオレは、思わず手に取って眺めてしまう。チョコに生クリームに、パイ。これから暑くなる季節に向けてのアイスケーキ。どれもこれも美味そうだ。

「…うわ、これ美味そう。こっちも。最近一気にあっつくなって来たから、アイスもいーよなー」
「ご予約しますかー」
パラパラと頁をめくるオレに、工藤が棒読みで勧めて来る。てめ、もっと店員らしい対応は出来ないのか。というか、なんでコイツ一人に店任せちゃってんのこの店!?とオレは思った。
「いや、今日は偶々お使いで来ただけだし。次ぎに来る予定が未定だから予約はいいや」
「ふぅん。今日なら、その中の半分くらい、予約なしで選べるんだがな」
「え?」
「多分、もうすぐ。今度の便で一気に来ると思う」
「…それ、予約商品じゃねーの?普通、店に並べないだろ、こんなの」
「店には並ばねーけどオレの前には並ぶんだよ」
「はぁ?」
「絶対残しちまうだろうし。勿体ねー。メッセージ入りになってっから店にゃ出せねーし」
謎掛けのような単なるボヤキのような、溜め息を吐きながらの言葉は、オレには全く理解不能だった。オレの怪訝な顔を見て取った工藤は、うーん、と小さく唸った後、あのさぁ、と口を開いた。
「オレ、今日誕生日なんだよ。んで、本当ならお祝いしてくれる、って言ってた奴らがいるんだけど。そいつら其々試合とか抜けられない用事が出来て、まさかのオレ一人がバイトって状態になってさ」
「え」
「おっちゃんは珍しく探偵の仕事が入ったって言ってオレと入れ替わりで出て行くし。蘭は空手の試合で、園子は応援。京極さんもそっち。世良はジークンドーの講習会。本堂は連休は姉さんとこ行っただろ。んで羽田さんのシフトは当てになんねーし。服部が助っ人に来るって煩かったけど、遠山さんに連行されたみてーで東都には来れなくなった」
指折り数えてどうやらこのコンビニで働く店員と本日の状況について説明してくれる工藤ーコンビニ店員もとい名探偵に、オレはただ頷くしか無かった。
―彼は、不用意に、個人情報を漏らすようなタイプでは、ない。
「で。そいつらに、オレ、何も知らないで『このケーキおいしそう?』とか聞かれてさ。うんうん、つって適当に頷いてたら、なんか、全部注文されてたみてーで」
「わーお…」
「後で灰原が探偵団の奴らつれて来て一緒に食べてあげるわ、って連絡は来たけど、やっぱ多すぎるんだよなー。昴さんと博士からはケーキ焼いてるってメール来たし」
「…ケーキ三昧だな、オメー」
「だから、手伝えよ」
「なんで!?いやケーキは好きだけども!」
「んーまぁ、アレだよ。電車で席譲ったり、爺ちゃんのお使いしちゃう良い子のキッド(お子様)さんへのご褒美?ほら、明日は丁度子どもの日だしな。食い切れなかったら持ち帰りで。…それにしても、相変わらずハートフルに生きてくれてて嬉しいぜ?」
そう言って、眼を細めてにやりと笑う店員もとい大きな探偵君を前に、オレは。
オレは。

「ハッピーバースデー、名探偵…」

そう、一言告げるのが精一杯だった。









***


おめでと工藤ー!!

探偵と力自慢が働くコンビニ化。


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