近くて便利・1


オレは高校生探偵、工藤新一。幼馴染みで同級生の毛利蘭と遊園地に遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。取引を見るのに夢中になっていたオレは、背後から近づいてくる、もう一人の仲間に気付かなかった…せいで、アレコレあって、江戸川コナンを名乗って父親が探偵をやっている蘭の家に転がり込んだのがおよそ一年前。謎の組織の情報を集め易くするために毛利のおっちゃんを名探偵に仕立て上げ、なんやかんやで組織と対決したのが半年前になる。
そう、オレはどーにかこーにか江戸川コナンから工藤新一に戻る事が出来た。尤も、その為に深手を負い、幼馴染みや休学していた高校へと戻れるまでに結構な時間が掛かった。ギリギリ三学期の終わりに工藤新一の生活に戻ったオレを待っていたのは補習に次ぐ補習。教師陣から与えられる教鞭はそれは厳しく、けれども温度を持ったまさに温情措置のお陰で、オレは留年高校生探偵にならずに済んだのだった。

組織との対決を終えてからオレは殆ど探偵としては機能していなかったといえる。無論、時折警部や高木さんと電話で遣り取りをしたり、よくよく事件に巻き込まれる蘭や園子が困っていれば何くれと助言もしていた。
だが、身体は家と学校の往復に専念させられていて(何せ隣人が常にオレの体調を管理しついでに留年の憂き目に遭わない様送迎付きで監視もしていたのだ)そのドアtoドアの生活ぶりは、『よーやく戻って来たと思ったら、一体どこのおぼっちゃま生活してんのよ、アンタ』と財閥のお嬢様をしている園子が呆れる程だった。一応、行方不明期間の長さにさすがに親が心配してな、と言葉を濁してやり過ごしていたが、ずっと待たせていた幼馴染みがきっと真実を追究してくるだろうと覚悟していた。

しかし、一向にそんな気配はなく、蘭は蘭で何かと忙しそうにしていた。部活か、駄目親父の世話か、もしくはその親父と母親の復縁計画か。オレとしては勿論、『江戸川コナン』が居なくなった後の毛利探偵事務所の―幼馴染みの生活が気になっていた。
眠らなくなった名探偵が無名だった頃の迷探偵になっているという話は一時風の噂で聞いていたものの、復学したオレの元に届く目暮警部や警察関係者の間でのおちゃんの評判は決して地に落ちたものでは無かった。眠る代わりに這いつくばって現場を検分し、視点を変え関係者の話を注意深く聞くようになった姿は「あの熱心さがあれば、名刑事にもなれてたろうになぁ」と警部に言わしめるほどらしい。クールに颯爽と推理ショウをする代わりに、「以前現場をちょろちょろしてたガキが、こうやっとったんですわ」と苦笑いをする名探偵は、スーパーヒーローを望むメディアからは敬遠され依頼は激減したらしいが、それでも彼を頼って来た事件の解決を望む者たちからはやはり彼は名探偵だ、と賞賛されている、と聞いたのだ。
とはいえ、オレはあまりその話題に触れられずに居たのだが。時折蘭が「コナンくん、ご両親のところで元気にしてる?」と聞いてくるのに「ああ」と言葉を返すくらいの会話が精一杯で、下手に踏み込めばオレがあの子供であったことを直ぐに悟られてしまうのではないか、と。そんな事ばかりが気になって、曖昧な遣り取りしかしていなかった。

次から次へと教師から渡される補習課題に向かう日々が重なりあっという間に春休み。―を、迎えるその直前に、進級の確定を得られたオレは、漸く半軟禁生活から解放されたのだった。

そして、修了式の日。およそ一年ぶりにオレは幼馴染みの蘭と園子と共に帰途についていた。

「ほんっと、良かったわねー、新一君!ダ・ブ・ら・な・く・て」
「ねー!先生たちに感謝だよね。出席日数絶対足りないのに、やった課題分を日数換算してくれるなんて…公立だったら絶対無理だよ」
「ま、留年探偵・工藤新一?もちょっと楽しみだったケド?」
「うっせー」
「もー、園子ったら」
「ジョーダンよ、ジョーダン!ね、今日は遅刻ギリギリで登校してきたし、お迎えも無い…ということは、お目付役も外れたんでしょ?お祝いして帰ろうよ。復活&進級おめでとう会してあげちゃう」
「別にいいって」
「だって、全然ゆっくり話せなかったじゃない。蘭も忙しかったし…今日は大丈夫?」
「あ…うん。大丈夫。お父さんが居るから」
「?そういや、オメー部活引退してたのに、朝も帰りもバタバタしてたよな。何かあったのか?」
「あれ。新一君に言ってなかったの?蘭」
「言いにくくって…」
「?」

オレは首を傾げながら二人を遣り取りを聞いて歩く。
園子のことだ。おめでとう会をするなら、この先ー蘭の家、毛利探偵事務所の階下にあるポアロで一息入れるだろうと思ってオレは「ま、その言いにくい話も聞いてやるよ。久しぶりにポアロに寄ってこうぜ」と誘う。オレだって、不義理をかけた彼女たちに色々と詫びたいことがあったので。
すると、二人は顔を見合わせた。

「あちゃー、そっかー。じゃ、知らないのね」
「…あ、あのね。新一」

「なーんだってんだよ、さっきから」

オレは胡乱な目を二人に向けつつ先を歩く。
幼い頃から通い慣れた道筋は、その気になれば目を瞑ってたって歩けそうな具合だ。無論、都心に近いこの街は短期間で姿を変えて行く。流行の店の分店が出来れば廃れた店には直ぐに工事のカーテンが掛かっていつの間にか消えている。同じように幼い頃目印にしていた鉄塔が消えたかと思えば、遠くに新たな目印になりそうな高層ビルが出来ていたりもする。小さな子供を見て、少し見ない間に大きなったわね、と大人が言うのとは違って、馴染んでいた景色がまるで他人行儀な顔をして現れることがよくある都会の街。
それでも、オレにとって幼い頃から―コナンという小学生をやり直した時でも―米花町は殆ど庭のようなもので、あの空き地に何が出来るか、あの店がいつまで保つか、そんなことも推理して楽しめる場所だった。
だが。
オレは知らなかったのだ。
いや、勝手に妄信していたのだと思う。
オレが馴染んだ場所がオレの予想を超えて姿を現すなどと。
オレが多少の時間だと思っていた期間で、以前、あんなにも当たり前にあった町並みが―生活が、大きく変わってしまうことがあるのだと。

顔を寄せ合ってコソコソ会話する二人の様子をちらちら見つつ歩いていると、突然前方で怒鳴り声が響いた。

「コラー!ここに家庭ゴミを捨てるんじゃ無ーい!」
「すすすすいませーん」
「?!」

ガラス張りの店の前にいた男性が、慌ててビニール袋を持って去って行く。しかしオレの視線は、その店の自動ドアから出て来た人物に釘付けになった。
見間違い…ではない。

「お、おお、おっちゃん…?」

オレは、彼を見た後、店を見る。
ついでにギギギ…と音が鳴りそうなほどぎこちなく建物を見上げた。
―建物の二階の窓に書かれているのは『毛利探偵事務所』。
間違いない。
そして、もう一度、ガラス張りの店を見る。

「マジかよ…」

そこには、馴染みの店『ポアロ』ではなく、都内最多店舗数を誇るコンビニエンスストア「近くて便利」が合い言葉ー『7−11』が鎮座していたのであった。






****

ポアロは潰れたんじゃなくてきっと栄転!(そんなん喫茶店にあるのかとか知らない。

某っていうかあのコンビニのCMで一番気になったのがせっせと働いてたおっちゃんで、もうこれ転職すればいいんじゃね?って思った記憶がある確か。


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