探偵、ゴーホーム!(from京都


*レッツゴーその後




「はい、お土産と晩ご飯ね」
前座席の裏に設置されている簡易テーブルを引き出しその上にドサリとそこそこの量の荷物を乗せると、新幹線の窓際の席に座った少年はようやくその顔を上げてオレを見てきた。
「土産?」
「お子さんを借りていった『母親の知り合い』が手ぶらで返す訳にはいかないでしょ」
「…そういうもんか?」
「そういうものよ。ご飯もちゃんと食べておいてね」
んー、と生返事。目の前の事象に納得がいけばもはや意識は向こう側、だ。
某大学の研究室を出てからこっち、彼の視線は常に手元の紙束に注がれており、新幹線に乗り換えるまでの間一体何度前方不注意足下不如意になるのを助けてやったものか数えきれない。危ないぞ、おい前見ろ、との声掛けが三度目を超えたあたりで、オレは彼の手を繋いで歩くことにしたくらいだ。最初に握ったときだけ間の抜けた顔でオレを見上げた彼だったが、オレを見て、自分の片手を見て、繋いだ手を見て、きっちり三秒後にはぎゅっと握り返してきた。素直な様子に心がときめいたりもしたが、生憎彼の心はこのデート(たとえ探偵に否定されたとしてもオレはこう主張する)の最初からオレには向いていないので、いらぬ期待はしなかった。今も、「とりあえず、サンキュ」と短く答えるとすぐに手元へと視線を戻してしまう。
はぁ、とため息を一つだけ吐いてオレはガザガザと自分の分の袋から箱を取り出す。弁当を食べようかとも思ったが、甘いモノが欲しくなったのだ。べりべりと包装紙を向いて真空パックの袋を開く。ニッキの香り。
「どうせなら本場で食べたかったよなぁ…」
せっかく京都に来たというのに、新大阪駅のキヨスクで購入した八つ橋に小さくそう呟くと、「悪かったな」と思いがけず隣から声がした。いや八つ橋は多分どこで食べても美味しいから悪くはない。が、そういう事ではないのだろう。
「いいえ?気にしないで坊や」
「それ、もうよせよ」
「じゃあ、コナンちゃん?」
「…」
憮然とした顔とジト目をオレは笑ってやり過ごす。
「向こうに着いたら「江戸川文代」さんの友人として毛利さんのお宅にご挨拶もしておかなくちゃね」
「しなくていい」
「そういう触れ込みで連れ出したんだから、ちゃんと探偵事務所まで送ってあげる」
ね?とウィンクを一つ送ると、勝手にしろとのお言葉が返ってきた。
「完璧主義者なんでね、勝手にさせてもらうわ」
日本での大発見に心引かれ突如来日した某国の親日家な紛争史書研究者兼江戸川文代という人物の友人の姿を借りたオレは、シルバーのロングヘアを一纏めにし黒のパンツスーツに黒のヒールを履いている。ー探偵君が提示してきた諸人物を外し、オレは実在しない外国籍のインテリ女性の姿を取っていた。
薄皮と粒あんの旨さにファンタスティック!とわざとらしく感動して見せると、探偵君は肩をすくめて視線を手元に。おっと久々の会話がこれで終わりではつまらない。オレはもう一度袋を漁りながら隣に声をかけた。
「コナンちゃん、お茶は?」
「コーヒーがいい」
「カフェオレならあるけど?それでいいかしら」
「砂糖とミルク抜きにしてくれ」
「缶から抜けって?無茶言わないの。それに子供がブラックなんて!」
「…お茶でいい」
ペットボトルのお茶を渡すと、初めて紙束から手が外れた。握っていた部分に皺が寄っている。さすがに61通は無理だったが、既に解読が済んだー結果、内容流出があっても問題の無い部分のコピーが貰えたのは本当にラッキーだったなと思う。
研究者同士の話から目を逸らすどころか解読結果についての論及の場面では大仰に耳を塞いで本当に聞かなかった少年は、結果、自力で念願の問題に挑むという目的を達成することが出来ていた。それはいいが、挑むのなら帰ってからにして欲しいものだったが。
さり気なく未解読の部分も頂こうかと思ったが、誰も解いていない暗号なんてものが手に入ったら、この少年は足に根を生やして動かなくなっていただろう。無駄に怪盗スキルを発揮しなくて本当に良かった。
だいたい、暗号の規則性さえわかってしまえば、そもそも史実にそこまで興味の無いオレには用がない。なので、今日は全くの探偵君のお付き添いーいやデートに終始した一日になった。例え二人きりになれたのが移動の間だけであっても、目的地への乱入を果たしてからは一切好敵手たるオレの事を気にしてもらえなかったとしてもだ。
オレとしては、あの青い瞳がきらっきらに輝いてる瞬間を見て、演技とも思えぬ「ねーねー僕にも見ーせーてー!おねがぁーいっ!」なんて甘えた声でおねだりなんかもされたりして。ついでに八つ橋もだが、さらに素敵な土産モノをオレはこっそり手に入れられたりもしたので、大変に有意義な一日になったのだ。
彼にとってもそうであるなら尚更に嬉しいのだが。
「今日は楽しかったかしら?」
「おう」
「良かったわ」
満足げな様子に、オレも満足して笑ってしまった。中身がかの高校生探偵だと分かっていても、子供らしい見た目に相応しい素直な反応が返ってくるのは、オレと彼の関係からすると滅多にあることではなく、なんとも面白い。ー面映い、とも言う。外見に騙されたり絆されたりしてはいけない厳重警戒人物であるのに、可愛いな、などと思ってしまう。
すると、どうしたことか探偵君はじぃっとオレを見てきた。
どうしたの?と首を傾げると、慌てたように少し頭を左右に揺らして俯いてーそれから、口を開いて小さな声で尋ねてきた。
「そいや、なんでソレに変装したんだ?」
「あら?何かご不満だったかしら」
「せっかく、色々データベースに潜って使いやすそうな人間探しておいてやったのによ」
ー大学関係はまぁ少し調べれば容易だろうが、日本の歴史的発見に対し強権を発動出来そうな政府高官(しかも学閥や献金の流れを押さえた上で「使いやすい」人物)の情報は一体どこから引っ張ってきたものか。探偵と怪盗なんてある意味紙一重なんじゃないかな、と。オレはこの名探偵に出逢ってからこっち確信しつつある。ーそれはともかく。オレはコホンと一つ咳払いをしてスッと人差し指を名探偵殿に向けた。
「私はともかく、問題は貴方よ」
「オレぇ?」
「見た目を例えば『関係者とその親戚のコ』に変えたところで、偽物が二人なら露見する危険も二倍。閉鎖性の強い場所で不利だわ。かといって、『関係者』と『ただの知り合いの子供』にしたとしても、貴方は普通の子供とは違いすぎるし、『関係者』と『江戸川コナン』のままでいくには、少しばかり貴方はメディアで有名なんだもの」
「オレかよ…」
「それなら、あの研究室の上位にあって尚且つ利害が発生せず助言も得られる『無関係な同業者』の方が向こうにとって都合がいいし?ついでに、あの『キッドキラー』で『眠りの小五郎』とよく一緒にいる暗号好きな子供ってことなら、面白がられるか、せいぜい「静かにしてなさい」って言われる程度でしょう?」
「…どっちも架空人物すりゃ良かったんじゃねぇの」
実際、ちょこちょこ動き回っていたところを、研究員に「こらこら」と注意された覚えのある少年は口を尖らせた。
オレは首と人差し指を軽く横に振りチッチッチッと口を鳴らしつつ、その言い分を嗜める。全く、こちらが考え抜いて練ってきた作戦の本意を理解してくれていない。
「駄目よ、それじゃ」
「なんで」
「私は今日『江戸川コナン』くんとデートしに来たんだから」
「はぁ?」
ポカンとした顔で思わずといった風に漏れ出た呆けた声。
「何が、誰と、デートだっつぅんだよ!」
異論には返答せず、オレはもう一度その目の前で指を振った。
ーワン・ツー・スリー!
「デートの〆は、やっぱり記念のプレゼントよね」
「…おい、それ」
「貴方がデートの相手を放ってる間に、解読員してるっていう若いコに貢いで貰っちゃった」
「暗号盤…!」
「試作段階の模造品ですって。発見されたものとはわざと文字列を変えてるそうだけど、基本的な使い方は同じだそうよ」
手のひらサイズの丸い二重構造を持つ円盤。
ソレを所持していたのは、某研究室に出入りしていた学生たちだった。世紀の発見に形成された解読班はあらゆる角度からの解読や原文に基づく再現を試みているそうで、この暗号盤も門外不出の一品と言っていた。日本の技術は素晴らしいデスー!と思い切り持ち上げ、絶対に誰にも見セマセンー!とか記念ニー!とか胸元辺りを強調しながら懇願のポーズをとって、研究に没頭する性分の男が持つ悲しいサガに訴えてゲットしたのだった。
完全に、小さな探偵君の体はオレの方を向いていた。
正確には手の中のソレを見ようと必死だ。
オレは手の中の物をくるくると弄ぶ。
「ねぇねぇ!僕それ欲しいなーっ」
「欲しい?」
「うん!お願い!」
密かに心を寄せている名探偵からの懇願にオレはにやにやが抑えられない。
欲しがられているのは、あくまでも手の中の物なのだが、強請る声と表情に嬉しくなってしまう。ー何とも悲しい男のサガというやつだった。
「デートの記念に、あげてもいいけど…」
「けど?」
もはやデートを否定する言葉は彼の口から出てこなかった。だが、あまり焦らすとさっさと寄越せと冷酷な命令が飛んできそうでもある。勿体ぶるのは、相手とシチュエーションを踏まえ、出来る限り相手に考える時間や余裕を与えないのが己を有利にするコツだ。
「私にも何かデート記念くれる?」
探偵君の目の前に、オレはそれを差し出す。
言わずもなが、受け取れば、それは即ち「イエス」ということだ。
一瞬だけ名探偵はその慧眼を光らせた。が、すぐに視線は暗号盤へ。
そして、手が伸びてくる。

さて、デートの〆としての記念に、オレは何を強請ってやろうか。







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