推理病でも恋したい!(*内容には関係ありません。


流れる雲を見ていた。頬に当たる風は花の匂いを孕み時折強く吹く他は優しげであるのに、空を往く白い塊は足早に次々と青の一面を塗り替えていく。遠く山の頂は薄い霞に隠れ、薄暗い雲の上に雲の影が幾重にも落ち世界の輪郭を曖昧にして、けれどもその狭間から七色の色彩を帯びた太陽光が射し落ちて光の筋だけが透き通って見えた。
近き頭上の青と白に大別されるリアルな色彩と比べ、遥か遠き空の果ての印象は儚げであり、まるでそこに人ならぬものが住まう世界が降りてきているかのよう。

―彼は、そこに住んでいるのだろうか

工藤は隣に寝そべり目をつむって昼寝に勤しんでいる男にふと目をやる。
彼の息子だ。
彼の息子は、その「彼」をまるで神様のように崇拝の想いをこめて語る事が多かったから、なんとなしにそんな事を考えてしまう。あるいは、男の部屋で見たステージの上で鮮やかに笑うその人ならば、雲の上から奇術なり魔法なりを操って人の世を垣間見て笑っていそうな気がしたからだった。
逆に「彼の息子」はとえば、雲の下―否、様々と色を変え模様を塗り替えていく変幻自在な空の下が似合っているよな、と工藤には思えた。とりわけ、青い空が。
月下の光に在るよりも、彼の父のようにステージの照明を受けるよりも、ずっと青い空が似合う男。おそらく最初の印象。出会ったとき、彼は白い鳩を空に飛ばしていた。
白い羽が舞う中、口元を綻ばせている姿は明るく、次いで工藤の姿を視界にとらえて大きく笑った顔は、彼そのものが光の塊に見えた。―後に、それが恋する者に特有の心因性視覚障害もとい恋愛効果ともいうべき現象だと気付いたのだが、つまりは、工藤にとって黒羽快斗という男は目の前に現れた瞬間から特別だったという事なのだ。
恋云々はともかく、それだけは理解していたから、工藤の性質である探偵的性分は即座に黒羽快斗に反応し、結果おそらく彼が隠しておきたかったであろうことも暴いてしまったりもしたのだけれど、最終的に黒羽はそんな工藤を困った人だな、と笑って受け入れた。青い空ではなく暗い夜空の月下に立つ白い衣装を纏った男が呟いた「どうして気付いた?」なんて言葉は工藤にとって愚問でしかなったのだ。

それから、暴いておきながら捕らえようとしない工藤に何がしかの気持ちを持ったようで、オレは工藤新一が好きだ、と想いを向けてくれさえした。照れ臭かったが、その言葉に狂喜した胸の内の衝動のまま、オレもだ、と端的に返事をしたのが、つい三日前のことだった。そして、その後からずっと時間を共有して三日目になっていた。

なにせ想いを通じ合わせたその日に男の部屋で肌を合わせ、そのまま丸二日。

酷く衝動的で即物的で動物的な行為を繰り返して、いい加減閉め切った部屋にこのまま二人きりで居る事に危機感を覚えたらしい男が食料の買い出しを言い出して、工藤も共に外出する事にしたのだ。着替えるのもやっとという風情の工藤に、いいから寝てろよ、と心配そうな目で男はー黒羽は訴えたのだが、このまま部屋に一人で居るのは嫌だと言えば、仕方ないなと手を貸してくれた。
家を出て住宅街を抜けて、大通りに出てしまうと人の通りは増え流石に周囲の目も気になって、工藤は平気なふりをして歩こうとした。だが、生まれて初めての行為で本来受け入れるようになっていない身体の一部を酷使していたダメージは思いの外腰から脚へと響いていて、結局見かねた黒羽が、途中の河川敷で休憩を取る事を提案し、不本意ながら工藤もそれに従う事になったのだった。


柔らかな草の生えた場所に腰を下ろし、何が食べたい?何処かで食べていこうか?などと話しているうち、それにしても天気いいし、あったけーよなと言って黒羽は後ろに倒れ伸びをしてーそこから運動の足りた子供のような風情で寝始めた。くぅくぅと漏れ始めた寝息にマジかよ…と工藤は少々呆れもしたが、無防備な寝顔の前にどうしてか胸の奥から湧くのは笑いたいようなくすぐったい気持ちだった。
寝る間も惜しんで本能任せの性欲を満たして後、本能の求める睡眠欲に撃沈。きっと目が覚めたら生存本能に従って食欲を満たすべく動き出すだろう。
どこまでも動物的な時間を過ごしている。ー工藤も同じく。
読書欲や推理欲やとかく思考することに時間を費やす事の多い工藤にとって、これはまでに無い時間の過ごし方だった。人間の三大欲求に使う時間の方が勿体ないと思っていたのだから当然だ。今も、ゆっくりとただ見るともなく目に映る空だの山だのを眺めていて、そしてその時間を楽しんでさえいる。
それが、なぜかといえば。
(なぜかって、そんなん)

「…ん」

寝息のような寝言の切れ端のような音に、工藤は瞬間びくりと肩を震わせた。
とても気配に聡い相手は、ぱちぱち、と数回瞬きをして「ワリ、寝てた」と慌てて身体を起こす。それから工藤を見て、眠たげだった眼を大きく開いた。

「工藤……?」

起き抜けの黒羽の眼に飛び込んできた顔は、直ぐに工藤自身の両手と両足の間に隠れてしまった。膝ごと顔を抱え込んで何でもないと蚊の鳴くような声が聞こえたが、露出している耳が真っ赤だ。先ほど見た顔は黒羽の見間違いではない。慌てて、具合が悪くなったのか、突然発熱でもしたのかと心配になって様子を伺おうとするが、肝心の工藤本人に抵抗されこれはどうしたものかと途方に暮れる。とにかく一旦工藤を家に連れ帰ろうと、思い切ってその身体を抱えるようにして抱き寄せると、ようやく工藤が顔を上げて黒羽を詰った。

「触るな、バーロ」
「なんで!?工藤変じゃん。体調悪いんだろ?」
「ちがう」
「だって…」

突然に襲ってきた気恥ずかしさをどうにかしようとしているのに、察し悪く言い募る相手に段々と苛立ってくる。

どうして分からない。
こうなるのは自分だけなのだろうか。
冗談ではない。それは不公平だ。

「じゃ、オメーは平気なのかよ!?」
「何が!」

工藤は開き直ったように、赤い顔を上げて、じぃっと黒羽を見つめた。

「え…っと」

唐突に合わせられた眼に、艶やかに淡く紅く染まった貌に、一瞬で黒羽は言葉を無くしただ見蕩れる。もどかしそうに、詰るように、あるいは拗ねたように何かを訴える眼は、今日の朝を迎えるまでの時間にさんざん間近で拝んだそれに非常によく似ていて、ここが外だということを忘れて理性が飛びそうになった。

ー平気、な、わけない

こんなに、全身全霊かけて欲しくなる相手が目の前にいて、そしてこんな顔を晒してきたら、平静でなどいられない。

黒羽は、つまり工藤もまた同じような状態になっていたのだと、気がついた。






***
河原です。外です。お家に帰るまで我慢。
***
告白してから三日目のデート模様快新。野原で寝そべってるだけ。からの、いちゃこら足したら爆発したくなった。なんだこれ。
転がってた無題作文に付け足したらこんな有り様。タイトル詐欺。




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