K新?ワンシーン
よぅ、名探偵!と実に気軽な調子で声を掛けてきた相手を一瞬驚愕して見てしまったのは不覚の極みだった。

「何でここにいやがるテメェ!」
「脱出マジックは怪盗の十八番でして」

そんな応酬は、探偵にとって全く面白くはない。
相手がしたり顔でニヤーと笑っていればなおのこと。不意をつかれた悔しさに、怒りに任せて近距離にいる怪盗に向かって脚を振り上げる。

「チッ!」
「アブねッ!」

上手く行けば脇腹に入る筈だった探偵の一撃は、怪盗が実に素早く飛び退いた為に不発に終わった。
開いた距離に逃がしてたまるか、と反射的に更なる追撃をかけようとして、しかしハタとそう言えば何でコイツはここにいるのかと探偵は疑問を抱いた。

被れるだけの猫を被って、生意気な小僧めと高校生探偵を邪険にする警部のご機嫌をとりながら。名探偵のおっしゃる通りに!などと自主的に協力してくれる警官から情報を漏らして貰い、見返りに怪盗の行動予測と数パターンの犯行予測を言い渡した。
そうして仕掛けた包囲網。
それを易々と潜り抜けてきた怪盗は、わざわざ逃走途中から探偵をからかいに戻って来たのか。
実際いま探偵の居る場所は、犯行が終了した屋敷のトイレだった。
用を済ませて手を洗っていたら洗面台の鏡に白いアレが写っていたワケだ。
戻って来たのではなく、こちらの目を欺き隠れていた、とは正直考えたくなかった。読みが外れていた、と言うのでは探偵としての今後に関わる問題である。

「・・・乗らなかったのか」
「乗って吃驚、偽パトカーにモノホン警官!探偵が騙し討ちってホントえげつねーよな!」
「乗って…降りられたのかよ」
「紳士的に停車願いましたよ、もちろん」
「それでどうやって戻ってきた」
「荷物を詰めるのはトランクだけじゃありませんよ」

今夜の風向きに怪盗の逃走経路を勘案して、派手に飛んでいったのとは逆に飛んでいたバルーンに本体が隠れている筈だ!と声高に叫んで、追っ手が惑乱されたと偽装。騒ぎ立てる警官隊の裏では、秘密裏に見つけていた偽パトカーに本物の警官を配置して、アタリを付けていた不審警官を乗らせたのがおよそ5分前のこと。サイレンを鳴らし赤いランプをくるくる回した車は角の向こうに走り去った筈だった。

惜しむらくは怪盗の仲間らしき偽パトカーに居た人物を取り逃がしたことだが、上手いこと怪盗が罠が張られた場所にやって来たのだから結果は上々だったろう。
後は袋のネズミにした怪盗を警察が上手く料理できるかだな、と探偵はパトカーを見送った時点で、今夜は帰ろうとしていたのだ。

警察が怪盗のステージを独占しようとしなければ、探偵は一人で犯行現場を張って、逃げ場を潰しながら確実に追い掛け追い詰められるのに。

今回は予告を受けたとある宝石収集家の意向でメディアはシャットアウトされ、完全な警察による仕切り。はりきる警部に、アレコレ進言するのは骨が折れた。
何とか手配させ、怪盗と同じ箱に詰めたのだから、あとは公権力の意地と手腕に期待したのだ。

が。

こうして怪盗が探偵の目の前にいる以上、儚い期待はアッサリと散ったわけだ。

しかし。

探偵の投げた怪訝な視線一つで、おおよその言いたい内容を読んだのか、怪盗は飄々と言った。

「だって今日は名探偵が居るって聞いてたのに、会わなかったから。何だよ、今日は警察を犬みたいにけしかけに来ただけか?」

―探偵は非常にムカついた。

怪盗の言うように、指笛一つで警察を手足のように動かせれば、少なくとも、怪盗が犯行直後に戻る気にはならない位に追い詰める事は可能だと、探偵は思い上がりでなく、ごく自然に思っている。いや今からでも捕まえてやればそれでいいかと、迅速な行動を阻害しかねない苛ついた感情を押し殺して怪盗を見据えた。




【幕】

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