月刊工藤A
「黒羽、今日も暇か?」
朝いちで、おはようの挨拶より先に工藤が言った。
「おはよ、工藤。どした?原稿は昨日ので終わりだろ?」
「俺のはな。あのさ、今朝隣に住んでる奴が人手が欲しいって言ってきてさ。んで、お前の事話したら、来てくれないかって」
「あー、工藤にデビューのきっかけくれたっていう?いいぜ!会ってみたかったし」
こっそり片思いをしている相手と、なんやかんやで気安い仲になれたここ三日間。俺はとても幸せ気分で毎日を過ごしていた。
たとえ、二人きりですることが紙とのにらめっこだろうが。たとえ、指先や服に黒いインクが染み着こうが。たとえ、べたをはみ出して工藤に頭を殴られようが。たとえ、終電ぎりぎりまでこき使われようが。
恋する気持ちとは偉大だと思うことしきり。
これが、相手が工藤でなければ、わざわざ汚れ仕事なんか引き受けないし、手伝ってやってるのに嘗めた真似してんじゃねぇと殴り返したり、タダ働きなんかするかとそもそも相手の家に行くことなどしやしない。
どんな理由だろうと、好きな相手に誘われて頼られて甘えれている(と思うことが出来る)のは嬉しいことだった。
「どんな人なんだ?その宮野さん?だっけ」
「・・・どんな、なぁ。見た目なら、結構美人」
「へぇ・・・」
美人という表現がふさわしい美形が相手をそう評するということはかなりの美人さんに違いない。俺は好きな相手がたまたま男だった工藤ってだけのことなので、普通に綺麗な女性は大好きだ。−だが、そんな綺麗な人が工藤の傍に存在するというのは結構複雑な気持ちを俺にもたらした。
とはいえ、ここ数日の、俺的お手伝いの引き替えに集めた工藤新一のパーソナルデータによれば・・・
「こういうさ、恋愛漫画描くって事は、工藤って恋愛経験豊富だったりする?」
「したことねー。つっか初恋もまだだな!」
「え・・・男を意識したこととかは」
「ねーよ。言っとくがな、別に俺はホモじゃねーぞ!?たまたま自分でやれることで金を稼げる道があるからって、やってみてるだけで」
「ふーん、そうなのか」
「・・・お前こそ、なんでこいう漫画読んでたんだ?もしや」
「いやいや、これ別にガッチガチのホモって感じじゃないじゃん!最初は女友達が読んでたのたまたま見ちゃってさ。んでもエグくないし、普通に少女漫画みてーって何か話しも面白そうってついつい読んじゃったら、ハマったんだよ。つまりこの土井留先生のせいだな!うん」
「そりゃ・・・さんきゅ?」
「おぅ」
あ、照れた時って目ェ逸らしてほっぺた弄くるのが癖っぽい、という事を知ってちょっとかなり嬉しかった・・・あれ、違った。思い返していたら何を考えていたか忘れそうだったが、つまり現在工藤はフリーの筈なのだからして、多分その宮野さんとは特別な関係はない。
だから変な先入観や敵愾心を持たないこと!と俺は自分に言い聞かせて、放課後を待った。
「あら、連れてきてくれたのね」
「おう。これが、黒羽だ」
「あ、どーも俺く「スキルは?」
「消しゴム、べたは艶べた綺麗でベタフラもそこそこ。視点消失点取りが正確」
「あのー?」「んで、締め切りは?」
「オフが明後日、プリンタはギリギリまでやるから、とにかくオフ原を手伝って」
「了解。お邪魔するぜ」
「えっと?」
「ほら、黒羽もあがれよ」
「やっとソチラの修羅場が終わった所なのに悪いわね」
あれよあれよと、俺の挨拶はすっとばされ案内された部屋には。
その机の上の白い紙の上には。
工藤こと土井留先生の原稿にはなかった、俺がかつて全力で逃げたガチでガッチガチな男と男(の主に局部)がぶつかりあう汁飛び世界が繰り広げられていたのだった。
「・・・黒羽?大丈夫かオイ。そんなに疲れたのか?っかしーな、そんなベタ数なかったろ」
「うん、塗るとこ背景と、艶ベタ少しだったよな。しかもアップだと黒髪もトーン入るし、トーンワークは俺の仕事じゃねぇし。白修正に白効果も宮野せんせーが、次々飛び散らせてたし、でもさ!」
一通りの今日出来るところまでを手伝った後、かなり俺がグロッキーになっているのを見て取った工藤は、終電まで休んでいけよと俺を工藤の家へと招いてくれた。
だが現在の俺は、お手伝い以外で好きな人のお家にお呼ばれされるなんて!と喜べる精神状態ではなかった。
突っ伏した机の冷たさが頬に気持ちいい。
「うん、どうした?」
「黒線修正とか、あれベタの仕事の範囲内だったのか?!」
「・・・まぁ、お前の鋭い(一般人の)視点でNGにならないように修正線を入れてくれって話しだったからなぁ」
「つっか俺怒られたし!どう考えてもアレ全モザイク扱いだろぉおおお」
−ちょっと!線が太いわ!もっと薄く、細くよ!
−こことここ、修正抜けてる!え?ぐちゃぐちゃで分からない?よく見なさい!
−ここの結合部の境界線は溢れてる白濁液で見えてないからいらないのよ!
散々にだめ出しをされ、あげく頂いたお言葉は
−思ったより使えないじゃない
と、いうものだった。
酷い。
「悪い奴じゃないんだけど、言葉がきつい所あるからなぁ。んでも、最後には役だってたじゃねぇか」
「ポーズモデルでな!」
「まぁその、なんだ・・・あの腕立て姿勢でずっと耐えたり、長枕相手にすげぇ格好してたの、ホント頑張ってたと思うぜ」
「なぁ、あのモデルポーズってどこで役立つのかな、ってこれ聞くまでもない事で間違いないのか?!」
「まぁ、たぶんプリンタ本のほうで活用されるんじゃねぇか?」
「・・・随分アクロバティックな本になりそうだな」
散々作業については駄目出しされたもののポーズモデルを遣りきった俺に、帰り際満足そうに微笑んで下さった美人さんがご機嫌で言っていた事を思い出して、俺は気がふぅっと遠くなるのを感じた。
「見本誌楽しみにしてて、って」
「‥アイツのプリンタで作る部数限定ノベルティ本は入手困難らしいから、良かったんじゃねぇ?」
それが本当に良いことなのかどうかを工藤に問い掛けると、彼は気まずそうにあらぬ方を見やりながら頬を掻いた。
成る程、具合の悪い事を口にするときも、そんな仕草をするものらしい。
(宮野せんせーのノベルティ本に乞うご期待!)
工藤くんは大事な背景とか効果とかのカキコミ要員なので、絡みポーズはしなかったんだ残念。
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