しょうぶ
まだ工藤新一が江戸川コナンを名乗り、白い怪盗がその正体を隠していた頃の事だった。

何度目かわからぬ怪盗と探偵の邂逅の場。

丸く明るい月の下。

ただ今宵は灰色のビル街ではなく、とある山中の湖のそばに二人の姿があった。夜風を受けて背の高い草がサワサワと揺れている。―そんな森の声を微かに孕む静寂の中で、探偵は、怪盗がポツリと漏らした言葉を聞いた。

「なぁ、名探偵。もし、お前が元の姿を取り戻し、俺がこの姿を消す時がきて、…互いに本当の姿で出会う時が、きたら」
「…なんだ、いきなり」

手慰みかそれとも何かマジックのタネにする気か、怪盗はいつの間にか手にしていた草葉を指揮棒のようにゆらゆら揺らしてから、すらりと伸びた葉先を眼鏡をかけた少年に向けた。

「『しょうぶ』しないか?」
「バーロ、今まさに勝負の最中だろうが!てめぇの本当の姿ってのを今すぐここで暴いてやるから覚悟しろ!」
「ったく、物騒だし空気読まないし、最悪だな!でもいーや、…覚えておけよ?俺(怪盗)が小さな探偵君から無事逃げ切った暁には、本当の俺とさ・・・『しょうぶ』しようぜ、工藤新一」

ニヤリと笑った怪盗が白い手を閃かせれば、揺れていた緑の葉は消え去った。
簡単にこの場から逃げる気でいるらしい怪盗の言い方に、ムカムカと腸を煮えさせながら、探偵は目を細め高圧的な笑いを浮かべ受けて立つ旨を宣言した。

「望むところだ」


*** ***


ピンポーン

「…誰だよ」
「俺だ、工藤新一。つか、うわーマジで工藤新一になったんだなー!大きくなりやがって!良かったな!」
「……誰?」
「え?わかんねぇ?」
「わかりたくねぇ」
「…そう邪険にすんなよな。俺も目出度く先日怪盗廃業してきたんだからさー」

『怪盗』とのたまった突然の不審な来訪者に、工藤はガクリと頭を下げた。
まさかもしやが、やはりマジかよ、に変わった途端の脱力感が凄かった。

「何しに来た…!」
「約束を果たしに」
「約束?」

首を傾げる工藤の前で怪盗だったらしい少年は軽く笑い、それから工藤が少しだけ開けている玄関ドアを押し開けて隙間を作り、そこから素早く身を工藤邸内へ滑り込ませた。
身一つかと思いきや、背中に布の袋を背負っている。
止める暇もなくいつの間にか靴まで脱いで、堂々と元怪盗は探偵の家への侵入していた。それから、さっさと廊下を歩いていくものだから、家主のほうが慌てて後を追う。

「おい、何する気だ」
「さっそく用意しちまおうと思ってさー」
「・・・なにを」

最大限の警戒を込めて訊ねる探偵だ。何しろ相手が相手だ。とはいえ、『怪盗廃業』と言っている相手との間に、いまだ好敵手たる関係が成立するものなのか探偵にはよく解らなかったが。

「風呂こっちだったよな」
「は?」

警戒している探偵をよそに、元怪盗はどこか楽しげだ。
一体いつ知ったものなのか、迷いもせず広い工藤邸の廊下を歩いて、洗面所と脱衣所と―風呂場に繋がる扉を開けた。

「おお、広いな!お湯貯まるまで結構かかっかなー?」
「はぁ?」

おもむろに背中の荷物を降ろした元怪盗は、なんと袋の中から草の束を取り出す。
片手より少ないくらいに小分けに草の太い根元のほうを紐でくくっては、ぽいぽいと湯船に投げ入れて、それから浴槽用のカランを回し勢い良くお湯を出した。

「おい・・・オメー何しに来たんだって?」
「しょうぶ、しに」
「・・・正確に言え」

そこで、怪盗だった男はぽりっと人差し指で頬を掻いた。

「・・・しょうぶのお風呂に一緒に入りに」

探偵は、一瞬目を点にした。

「何を言ってやがんだテメェ・・・」
「いや、だってさ、今日って五月五日じゃん!」

五月五日。
端午の節句。
紀元前の中国由来の故事に纏わる、病気や災厄を避けようとする行事。

「・・・つまりその草は」
「菖蒲だぜ」

邪気を払うといわれ漢方にも用いられる薬草は、確かにこの日によく軒先に飾られたり風呂に入れて菖蒲湯にしたりするものだが。
だが。
なぜ、それをよりにもよってこの元怪盗は探偵の家の風呂でやろうというのか!

「え?前言ってたしょうぶって「勝負」だよな?元に戻ったら、素の姿で再戦すんぜって話だったよな?」
「いや、あの時・・・水辺に「菖蒲」が生えてたからさ。それ見て、いつか一緒に厄払いっつーか、風呂でも入って、裸の付き合いできたらなぁって思ってたんだよなぁ」

ざぁざぁとお湯が浴槽へ流れ込む音と、薄く開いた浴室との扉の隙間からもうもうと溢れてきた白い湯気が、脱衣所に立つ二人を包んでいく。

「・・・・」
「・・・まぁ、探偵君が勘違いするような発言だったことは認めるぜ?」
「・・・・・・」
「だってさ!少なくともそう言っておいた方が、「俺」が来るの楽しみにしてくれそーかなって、知らんぷりされたら流石にショックだし」
「・・・・・・・・・」
「あ、ちまきも持ってきたから!まぁどうしても『勝負』がお望みだっつんなら、トランプでもオセロでも徒競走でも卓球でも相手はする・・・します。させて下さい」
「・・・おめーなぁ・・・」
「いや勿論俺だって馬鹿じゃねぇし情弱じゃねぇ。本当はさ、昨日名探偵のお祝いする気でいたんだ!でもお前が親御さんや幼馴染さん達に拉致られてたから。ホント、掻っ攫いたかったけど、それだとお前の周り全部敵に回しそうだし。先々の付き合い考えたら無茶出来ねぇやって思って」
「なんかもう、ツッコミどころだらけなんだが・・・」

しかし一々突っ込むことはせずに、探偵は手を振った。もういい、のジェスチャーだった。
風呂場から漂ってくる爽やかで清冽な香りはそれなりに諸々の効果があるようで、探偵の苛々やら呆れやら怒りやらを柔らかく包み、最終的に溜息になって探偵から追い払われてしまったようである。
そんな探偵の諦観めいた気配を察したのか、しょんぼりと項垂れかけていた男は、ぱっと顔を上げると、ニッコリ笑って言った。

「よっし、お湯貯まってきたから、早速一緒に入ろうぜ!」

「それはない」


*** ***



ツッコミままならないけど、流されるのは阻止する探偵。しかし元怪盗の指先パッチンで一瞬で脱がされて一緒のお風呂に強制投入。・・・されてしまえばいいと思うよ!


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