月刊工藤@
(某少女漫画家男子高校生漫画『月刊少●野崎くん』のパロみたいなもの)





俺、黒羽快斗は、同じクラスの美形男子工藤に恋する17歳だ。
誤解のないよう先に述べるが、俺は男で、美形「男子」のソイツも当然ながら男である。
更に誤解の無いよう言っておくが、俺は取り立てて男が好きだとか生粋のゲイだという種類の人間ではない。ソイツに出会う前までは、幼なじみの女の子に仄かに想いを寄せていたし、巨乳のお姉さんや綺麗な女性を眺めるのは彼に恋心を抱いている今だってそれはそれとして大好きだし、女性の艶やかな姿を掲載しているエロ本も活用している。つまりはごくノーマル性向にある俺にとって工藤新一という野郎だけが、とにかく特別な存在なのだった。

工藤という人間に最初に目がいったのは、ちょっとばかり容貌が俺に似ていたところからだった。高校に入学して少し経った頃、同中だった友人と何気ない話をしている時に、そいつが隣の隣のクラスによく似た男がいるぞ、お前より美形だけど、と失礼な情報を与えてきたのだ。
物の試しに見に行ってみれば、確かに各所パーツが似ているのに、まったく俺とは雰囲気の違う妙に高貴な雰囲気の美人がいた。どこか浮き世離れした印象がある相手に、似てはいるけどこんなお高くとまった感じの人間とは親しくなれそうにない、と思ったのは本当に最初だけ。
工藤新一なる人物を認識してからと言うもの、俺は気に入らないはずの工藤と廊下ですれ違ってはこっそり見とれ、用もないのに工藤のクラスの近くをうろつき、全校集会で工藤の姿を探してみたり、教室の窓から眺めおろした体育の授業に工藤を見つけてはその行動や表情を逐一観察していた。

一目惚れ、をしていたのだ。

いやいや男相手になにを、と自身の感情を否定したくて、始めは工藤を見ていたのだ。いくら綺麗な顔でも無表情ならつまらなくなるだろうと思っていたら、案外感情表現が豊かで表情一つ一つが可愛く目に映ったのだから仕方ない。
そして、学年があがり、幸運の女神の微笑みか工藤と同じクラスになった俺は、単なるクラスメイトから一歩前進すべく色々模索している最中だった。




割と挨拶なんかはしてる方だ、と思う。
50音順で並んだ出席番号が近いお陰で、俺の席は工藤の真後ろだったから、よく授業中に居眠りをこいてる工藤を起こしてやったり、授業で当てられた時には助け舟を出してやったりしてるから、振り返って「さんきゅ」と笑いかけられる回数は片手の数を越えている。俺はその度に、しっかりしろよな、とか何でもない風に言いながら、その笑顔にきゅんきゅん胸(はぁとだ、ハート)を鷲づかみにされているわけだ。どうせならそこから更に新密度をあげていきたい所なのだが、生憎と工藤という人間は、己のインナースペースに篭る性質であるようで、周りとは必要最低限の会話しかせず、大抵じっと考え込んでいる姿勢をとるか、一体どんな夜を過ごしているのか授業中どころか休み時間まで机に突っ伏して寝ているかで、なかなかどうして会話が弾んでくれないのだった。俺が緊張しているというのもある。工藤は別に愛想は悪くないし、俺だってそこそこ対人スキルはあるつもりなのに、端的に用事を言ったら終ってしまう会話ばかり。
遅々として進展しない事に焦りはあるが、そもそも野郎を相手にどう恋愛事を進めればいいのかさっぱり判らなかった俺は、工藤の背中を見つめながら色々そっち方面への探求も頑張っていた。


◆  ◆  ◆


「快斗、これ、今月号。朝本屋で見つけちゃった。帰りも青子遅くなりそうだから先に買っておいたよ」
「おお、青子さんきゅ!」
「先生に見つからないようにね?も、渡したんだから、見つかっても青子のせいにしないでよ!」
「しねーし、うまく持って帰るって。早く読みたかったんだー!ホントありがとな、青子!」

朝の教室。
今日は日直だから先に行くねと言っていた幼なじみの青子が、コッソリ人の眼を気にしながらちょっと厚みのある紙袋を渡してきた。
ちらっと中を見れば、華やかな男同士が表紙を飾るとある漫画雑誌。
昨日の帰りに「えー、オメー日直かよぉ・・・。明日発売日なのにー」とぼやいていたから気を使ってくれたのだろう。なにせ、物は成人コーナーにあるエロ本よりもよっぽど男である俺が買いにくい女性向け月刊誌。

「それにしても随分早く開いてる本屋が・・・あYATUTAか?あれ、でも本屋は10時開店じゃなかったっけ」
「あのね、前借りたDVD、忘れないうちに返却BOXに入れとこーって寄ったら、ちょうど店員さんが袋積めの本とか出してたの」
「・・・レジ開いてなかったんじゃ」
「ふっふー、そこは頼み込んだのよ」
「ありがとう!青子さま!!」

好きなだけ感謝してもいいのよ、と小さな胸を反らして偉ぶる彼女に、ははぁーと俺は机に手を突いて頭を下げた。その昔俺が惚れかけていただけのことはある。優しくて心強くて頼もしい幼馴染だった。

「今日、工藤くん遅いねぇ」
「ん。また変なとこ怪我したりしてなきゃいいけど」

俺の前の空いている席に目をやって、青子は肩を竦める。

「喧嘩なのかなぁ?」
「いや違うって言ってた。戦ってるけど、別に生身の人間相手じゃないってさ」
「・・・それってなに?」
「俺も聞きたかったけど、そん時スゲー眠そうにしてて、よく解んなかったんだよなー」
「相変わらず謎めいているよね」
「ミステリアスって言葉が似合う男だよな」
「・・・快斗って、ほんっと工藤くん大好きね」
「!しーッ」

俺は慌てて周りを見たが、幸いまだ教室はガラガラで、近くに聞き耳を立てているヤツは居なかった。俺のそんな様子を笑った後、青子は「じゃ、まだ朝の日直の仕事あるから」と言って去っていく。心が広い彼女は、俺の工藤への何ともアレな感情に俺より先に気付いていたりして、こっそり応援までしてくれている。まったく、頼もしい限りだった。
一人になると手元にある物が気になって仕方ない。
教室の時計を見るとまだ始業まで時間があったので、俺は人気のなさそうな場所を求めて廊下にでた。


「さ、一番気になってたトコだけでも今のうちに・・・」

屋上手前の非常階段の踊り場に座り込んでパラパラと月刊誌のページをめくる。

「お、今月はセンターカラーか」

雑誌の厚みが三分の一くらい片手に移動したところで、お目当ての連載漫画を発見した。
俺のお気に入りは「恋しよ★」という男が男に恋する内容の綺麗かつポップな絵の漫画だった。まぁこの漫画に限らず、この雑誌全体がそういう傾向の内容なのだが。

工藤新一という男に惚れてしまってから、俺は己の性癖を含め同性愛のなんたるやをそれなりに調べた。ガチな雑誌を見たりネットで調べたり。結論から言えば、男と男がリアルに求め合う世界は、俺にはかなり刺激が強くむしろゴメンナサイと全力で土下座したまま後ずさりしたくなる世界だった。はっきり言って、想像不可能。勘弁してくれ!と呟いたのは一体どこの生写真付き掲示板だったか。健全かつ欲深い俺は、可愛い女の子の顔に好みの肉体をくっつけるアイコラな作業に勤しんだ事もある。だが、それを工藤の顔でやってみるというのは無理だった。では、そういう肉欲的な感情じゃないのかと言えば、そうでもない。背後から見える工藤の白い項にドキッとしたり、眠たさに傾ぐ身体を抱きとめたりそのまま抱きしめたりしたいな、と思ったこともあるからして、そういう欲求込みの気持ちのはずなのだ。ただなんというか、即物的にではなく、出来ればもっと親しく、もっと色んな話をして工藤を知って、工藤に俺を知ってもらって、それから手を繋ぐようなところから・・・と、思っている自身に気付いて、己の恋愛観が実に乙女路線であることを俺は知ったのである。
そこで俺の好みでもなく工藤から連想しにくい雄臭い肉体の画像が壁なのかと、もっとソフトな描写のモノは・・・と探した結果たどり着いたのは、いわゆる女性向けのBLモノだったわけだ。

そして心広い幼馴染が、幅広い女の子向けの漫画や雑誌にも詳しく色々所持していたお陰で、俺は自分にあう指南書に出会うに至り、今では普通にこの漫画のファンでもある。
俺はしばらく頁を捲っているうちに、物語を追うのに夢中になっていった。

「お前、学校で何読んでるんだ?」
「へ」

不意に声をかけられて、俺は驚いてぱっと顔を上げた。そして、更に驚いた。階段に腰をかけていた俺を見下ろしていたのは、なんと工藤だったのだ。

「へ、え、ああああ、あの」
「もうすぐ予鈴だぜ?つーか、それ・・・」

俺は慌てて、本をバンと閉じ、男同士が花を背負っている表紙を下にしつつ本を背後に隠しこんだ。
だが、工藤はしっかりと見てしまっていたらしい。ふむ・・・とか呟きながら興味深そうに俺を見回している。一体何を言われるのかと、俺の背中からはダラダラと冷や汗が流れ出していた。

「そういうの、興味あるのか?」
「え?!!」

そういう・・・とは、男同士のアレコレについてなのか、単に漫画雑誌についてなのか。質問の意図を測りかねて、俺はあわあわと唇を震わせることしか出来ない。すると工藤は意外な事を聞いてきた。

「黒羽ってさ、去年・・・学祭のポスター描いてたよな?正門のデカイやつ」
「え!そうだけど、何で」
「いや、こないだまで気付かなかったんだけど、美術部のヤツが言ってたから。美術部にスカウトしたけど駄目だったって」
「あー、うん。俺、帰宅部在籍だからね・・・」
「へー。じゃ丁度いいな!」
「何、が?」

ぱっと明るく笑う工藤の顔に、俺は先ほどとは違うドキドキを覚える。よく解らないが、変態とか男色とか気持ち悪いとかは思われていなさそうである。それだけで十分だった。
・・・のに、工藤は更にとんでもない台詞を口にした。

「今日さ、暇なら俺ン家こないか?・・・今夜・・・誰も、家にいなくてさ」


◆  ◆  ◆


「詐欺だ」
「何が」
「どういう状態だコレ」
「口より手を動かせ、黒羽。あと20枚のゴムかけと、30枚のベタがオメーを待ってる」
「終るかー!!」

ドキドキワクワクしながら迎えた放課後、俺は誘われるまま工藤の家へと付いてきた。そう、ホイホイ誘いにのって、ノコノコ付いてきたのだ。とんだカモネギもあったものだ。だが、工藤の部屋に入る直前まで、俺にしてみればカモネギで棚ボタは工藤の方だった。とても美味しそうなオカズいやメインディッシュであるはずだった。
―それが、現在俺の前にあるのは、白い世界。
いや、線は入ってるから白黒の世界。・・・にしては黒さが足りない。なので、紙に記された×記しを黒く塗れと工藤からお達しがあったのが、午後6時。そして今は夜中の10時を迎えようとしていた。

「なぁ、コレってなんの試練?!」
「お前の器用さという宝が持ち腐れ無いようにする試練だな」


とにかくやれ、と言われたことをこなしている間に終電の時間が近づいた。
流石に泊まりはないだろうと、退去の意(「終電・・・」)を告げると、工藤は思ったよりもあっさりとわかったと肯いて、何と俺を駅まで送ってくれるといったのだ。
まぁ実際は、夜食の買出しついでらしいが、今日の礼だと言って、俺にも色々買ってくれた。
肉まんが美味い。
なんだか何時も食べているのより美味しい気がするなぁと思って、ちらっと隣を歩く工藤を見た。ヤツは揚げたてのフライポテトを食べている。品のある顔立ちは食べ歩きするようなタイプに見えないから、そのギャップが面白かった。

(なんか、いいかも・・・)

夜空に星が煌めく駅までの道。
俺はちょっとロマンチックな気分で、今日のことを思い返してみた。

朝はBL漫画が見つかり一体どうなることかと思ったが、家へのお誘いを受けたし。
夕方は早いけど晩飯にするかと言って、工藤行きつけのラーメン屋でラーメンと餃子を食べたし。

工藤の家では、ずっと工藤の傍に座って、原稿に消しゴムを書けたり、指定箇所に墨を塗ったり・・・―と、思い出して、俺は「あああ!?」と大声を上げた。
驚いた工藤は、何事かとすこし身体を反らして俺を見た。

「工藤って、漫画家なのか!?」
「・・・知らないで4時間もベタ塗ってたのか?」



その後―「プロ凄ぇ!サインくれよ!」と言った俺に工藤が書いてくれたサイン色紙の名前(ペンネームというやつ)と、俺が毎月楽しみにしているBL漫画の作家先生の名前とが一致することに気付くのは、自宅に帰ってゆうに30分後のことだった。


◆  ◆  ◆

のざき⇒工藤
さくら⇒黒羽
(みこりん⇒江戸川)
(部長⇒へーじ)
(王子⇒きっど)
つまりK平。(え。

少女漫画じゃなくてBLにした点からして妄想が明後日方向。
工藤さんは、お隣の女史のお手伝いしている内に商業作家まで登り詰めたのだと推測。お隣さんはどこかの大手な壁(曖昧。少女漫画絵だけど壊滅的に女の子の体が描けないから男だらけの漫画を描いている。

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