隣の席の○○くん
※「となりのセキくん」パロみたいなの
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【となりは黒羽くん】
窓際から二列目一番後ろの席から前方を見渡せば、黒板には古典の例文が書かれていて、教師が訳を書いていくのを生徒達は追いかけてノートに書いている。
カリカリと鉛筆とノートの擦れる音。誰かのくしゃみ。寝息も混じっているようだ。腹を満たした後の授業だから気持ちはよく解る。かくいう俺も、間延びした眠気を誘う教師の声に、ついウツラウツラとし始めていた。
だが、俺の耳にペラペラと紙が空を切る音が聞こえてきて、意識はハッと引き戻された。
― なんだ?
新たな季節。
新たな学校。
新たなクラス。
そこで新たに左隣の席になった相手の動きがおかしかった。
トランプ。
一人トランプ。
しかも、ひとりスピード。
二つに分けたデッキを使って、一人で器用に二人分手を動かして対戦している。
(右手対左手・・・?)
凄い速さだった。
いやいや人間そうそう右手と左手を完璧に使い分けが出来るものなのか。
適当にカードを開いて、並べて、置いていっているのでは、と。俺はそう思い、そぅっと机の上を覗き込む。
(マジか)
きっちりと勝負が成立していた。
大概俺も、学校には眠りに来ているようなもんだから、他人がどんな授業態度でいても別段それについてどうのこうの言うつもりは無い。
無いが、しかし。
― ぽん
小さな発砲音。
トランプの動きが止まった一瞬後、彼が懐から取りだした玩具の拳銃らしきものから、旗が飛び出した。
何が書いてあるのかと目が行く。
【勝利!右手!やったね!】
書いてあった旗の字に、へぇ・・・と俺は溜息と共に囁いた。
(何だっけコイツ・・・)
俺は、クラスメイトの名前を覚えやすいようにと教室の後ろの壁に張られた座席表を見た。
「ふぅん」
俺の隣の席の奴は黒羽という奴らしい。
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【となりは工藤くん】
さて今日は退屈な授業をどうやってやり過ごそうかと考えていたときだった。
俺の右隣の席に座るそいつが、おもむろに変な箱庭を取り出したのは。
机の真ん中に現れたそれは、机一回り分小さい程度の大きさで、四角形。
中に仕切が幾つか存在しているのが上から覗ける。
よくよく見れば、外周の壁にも四角の穴があるような?
(何だっけ・・・これって)
どこかで見たような箱庭内部のような気がして、ちょっと首を伸ばした。
(あー!)
これはあれだ。
報道番組や住宅番組で家の内部を解説するときに使われる感じの屋根を外した状態のーそう、家屋模型だ。
現在一番後ろの席から前方を見れば、絶賛数学演習中。
何人か指名された生徒が黒板で問題を解いている。
カッコと不等号記号が踊る問題文に、住宅に関連しそうな数値は見あたらない。いや、勝手に例題を実生活数値に合わせようとでもしているのか。
だが、さらに箱庭に登場した物体により、俺の思惑は完全に外れた。
(・・・人形?)
白い、頭と胴体と手足がついている練り消しか紙粘土を適当に固めて作ったような物体。
つまみ上げたそれにーその胴体部位に、隣のそいつは、つまようじを刺した。
(え、なに)
それを箱庭の一部屋へと置く。それから、置いた人形に赤ペンで色を付けていった。
赤く染まっていく、つまようじの周りとその周囲の床部分。
−まるで、人形が刺されて、出血したかのような状態。
(ちょ、気味悪いんですけど!何してんの!?)
俺はそいつの手元から、顔へと視線を移す。
彼は、顎に指を当て、もう片手に持った紙を見ながら、家屋模型を少しずつ動かしている。
しばらくして、一つ頷くと、シュッと糸を取り出した。
(ふんふん、端っこを輪っかにして?)
(ほうほう、もう片方の端を人形の腰あたりに固定?で、)
(はいはい!鍵!小さいけど精巧だな!ああ、うん。つまりー)
閉じている扉の向こうから糸をゆっくりと引いて、そして、窓も扉も閉まっているその部屋の内部に出血してるっぽい人形と鍵が残されたのだ。
(完成!うん、これ密室?!だな!!)
すべてを理解した俺が感心してそいつを見れば、彼は素早い指の動きでメールを打っているところだった。
おいおい授業中だぞ、と思ったが、送信し終えたのか、ぱくっと携帯を閉じた彼の顔ー満足そうな笑顔に、俺は目を奪われた。
いつも机に突っ伏して寝ていた姿しか記憶になかったから、こんな顔をする人間だったのかとちょっと衝撃だったのだ。
(なんだっけ、こいつ)
「つぎ、問い5を黒羽ー」
「え?!あああ、はい、えっと」
「問い6を工藤!」
「はい」
「え?」
隣のそいつがガタンと椅子を引いて席を立ち、教卓へと歩いていく。
(工藤くん、ね。工藤くん)
慌てて俺も、その後に続いた。
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【となりで黒羽くん】
それは見ているだけで息を呑む、呼吸一つすらはばかられる光景だった。
一段、二段、三段、………そして現在九段目。
市販品の中でも小さいサイズのトランプは、その小さなボディで巨大なピラミッドを形成しようとしていた−。
(もうすぐ最上部か…)
現在一番後ろの席から見渡せる前方では、教師が黒板に漢文とレ点と訳とを書き出している。カツカツとチョークが黒板とふれて立てる音でさえも、繊細なピラミッドに影響しないかと心配になった。
ふぅ…、と隣の黒羽が額の汗を拭った。今日の午後は小春日和とも言うべきうららかに晴れた日で、ほんの少し蒸し暑い。
俺も詰めていた息をそっと吐く。
黒羽の席には、授業中とは思えない緊張感が漂っていた。
(あとは、一番上に二枚乗せれば−)
だがしかし、そこで思わぬ事態が起こった。
ガラララ……
(!?)
窓際に座る前から二番目の奴が、突然窓を開け放ったのだ。
教室の空気が変わる。少し涼しい風が入ってきた。そう、風が。
(あ、馬鹿。焦るな!)
風で全てが台無しになるのを恐れてか、黒羽が慌てて最後の二枚を手にした。だが、そこに先ほどまでの集中力は無い。
そんなんじゃ繊細な作業など出来るとは思えない。
パタ…
パタパタパタ…
最上部に乗せたカードのすぐ下の段の端がパタリと倒れた後はあっという間だった。
崩壊を止める術もなく、無残にもカードは机の上に散乱する。
カタン…と軽い音を立て、椅子に座り込む黒羽。手で顔を覆い、背中を丸めてドヨンとした空気を醸し出している。大層ショックを受けているようだった。
(あーあ…。あ、)
残念だったな、とかコメントを言うに言えない雰囲気(そもそも今は授業中だ)、しかし何とか元気付けてやれないかと考えて、今朝方幼なじみの友人から貰ったお菓子を思い出した。「今日はポッキーの日だからお裾分けよ」とくれた物だが俺は大して甘い物を食べたい方じゃない。しかし隣のコイツは確か昼飯時に甘いパンだのイチゴミルクだのの甘味飲料を口にしていたから好きだろう。
ショックのあまりか、突然「トイレ行きます」と言ってフラリと席を立ったうちにくれてやろうと思い、俺は周りに気づかれないようにコッソリ鞄を漁るのだった。
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【となりの工藤くん】
「すっいませーん、戻りましたー」
「はいはい、席について。トイレは休み時間のうちに済ますように」
「はーい」
気だるいどこぞの国の漢の時代の文を読み解く授業は佳境を迎えているようだった。
何せ唐突に離席したクラスメイトが戻ってこようが誰も注目しておらず、寝落ち寸前の者や完全に寝ている者があちこちに。クライマックスを過ぎれば、教師以外は息絶え・・・いや息安らかになるものと思われる。
あと一歩のところで壮大なトランプピラミッドを完成出来なかったふがいないさや形あるモノが崩落する虚しさに思わずトイレに逃避してしまったわけなのだが、席に着こうとして、俺は目を瞬かせた。
ぽんっと置かれたピンクの箱。
よくよく見れば、それはイチゴポッキーの箱だ。
一体これはどこから降ってきたのか、はたまた沸いてきたものだろうか。
カタンと椅子を引いて席に座る。それからキョロキョロと周囲を見渡したが、こちらに向かって何かサインを出している人間は見あたらない。
(さっきまでは、無かったし)
それに今は授業中。
俺の席は窓際の一番後ろ。
とりあえず、つんつんと、前の席に座るクラスメイトに(これお前?)と小声で聞いたが、彼は首を横に振って肩をすくめた。思い当たることはないようだ。
授業中にわざわざ空席になった机の上にお菓子を置いていく奴なんかいれば、きっと目立し気づかないわけはない。
前でなければ、横か、斜め前の人物による仕業だろうか。
−横。
俺の右隣。
でも、俺の隣のその人は、机に左肘をついて、その手で頭を支えて、目を閉じているようだった。
トイレに立ったときは、やっちまったなーという気持ちいっぱいで席を離れたから、その時から彼が寝ていたかどうかの記憶がない。
さっきみたいに、ちょっとつついて話しかければ良いのだけれど、俺の目に映るのは項の上と天辺に強い癖ッ毛を持つ割にサラサラした黒髪が傾いた左肩に掛かっている微妙な角度の横顔で、寝入っているのかボンヤリしている程度なのか伺い見ることが出来なかった。
(工藤…くん、が?)
隣の席になって結構経つのだが、挨拶以外これといった会話をしたことがない。別に工藤に限ったことはないのだが、専ら俺が個人的理由で忙しい授業時間を過ごす為の仕込みに休み時間を使ってしまうことが多いこと。それと、工藤自身もそもそも学校に居たり居なかったりと空席が多くて、居たとしても爆睡している姿しか見たことがないせいだった。
(いやでも、なんで)
俺が彼からこんな施し−あるいは贈り物を受け取る理由は無い・・・と、思う。
そこで、次の候補である斜め前を見る。時々肩越しに振り返って、俺の机上遊興場を見ては口パクで「授業中よ!黒羽くん!」と楽しい反応をくれるおさげで眼鏡のクラス委員さんだ。
すると、彼女は既に俺、というか俺の手にしたイチゴポッキーを見ていて、軽くジェスチャーをくれていた。
「え?」
思わず声がでる。
慌てて口を抑えて、さっと教室前方を見たが、幸いにも黒板を向いていた教師には気づかれなかったようだ。
もう一度、俺は彼女を見て、右手でポッキーを示した後その指を彼女に向ける。
彼女は手を横に振って、その手の人差し指で、彼女の後ろの席を指し示した。
「・・・ぇ」
彼女の後ろ。つまり俺の隣。
隣の工藤くん。
まじまじと俺は隣を見る。
俺と周りの動く気配に気づいたのか、工藤は軽く傾けていた身体を起こし、すぐ前の席に座る彼女をちょっと見た後、ふっと顔を俺に向ける。
目があった。
思いの外ボンヤリしてるわけでもない、綺麗な目にちょっとドキリとする。その目が俺の手元に流れて、それからもう一度俺を見た。
そして、囁くような声で「やる」と二文字だけ口を動かした。
(まじで工藤から?え、なんで?)
「・・・さっきは残念だったな」
首を傾げた俺に向かって、労るような小さな声と、その癖面白がるように目を細めて笑う顔をした。
(うわ)
失敗を見られていた!なんてことよりも、そんな顔を見せられたことに俺は動揺してしまったのだった。
【さぁ後はポッキーゲームを!】
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パロ元は地味に遊ぶ男子から目が離せない女子の話である。
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