■そんな日■
/快新




『今帰るところ。コンビニ寄ってくけど、何かいるか?』

『俺も終ったトコ。帰り道のコンビニなら、銘店カフェのミルクプリンってのが良いな。新一の愛の数だけ買ってきて』

『いらねーのな、了解』

『いる。よろしくー』


「…数は俺任せかよ。一個だ一個、バーロォ」

呟いて、携帯を閉じた。





  ■■ そんな日 ■■



その日の工藤新一はとてもとても疲れていた。

学校を終えての帰り道、通学路途中のコンビニに寄って雑誌をめくっている所に様子のオカシな―フルフェイスのヘルメットを装着したままの―不審人物がご入店。予想を裏切ることなく、ソイツは入店後銃声を一発放って店内を静かにさせ、レジで慄いている店員に「カネを出せ」と要求した。床に伏せたフリをして、その背後に忍び寄り―それなりの修羅場を演じて最終的に黄金の脚を振り下ろして、まさか名探偵の居る店に押し入っていたとは知らぬ不運な強盗を大人しくさせ、後はいつものように警察での事情聴取。

それだけならば、彼の日常にままあることだ。

だが、事情聴取を済ませたところで取調室から逃走してくる、何かの犯人もしくは参考人にぶつかって、一体なんだと取り押さえてみれば、痴漢は冤罪だと喚く男。よくよく顔を見れば、時折本を借りに行く市立図書館で偶に推理小説で盛り上がる好々爺。『頼む!俺じゃない!』と言われ、まぁ彼はそんな人物では無いだろうと思い、冤罪を晴らすお手伝い(何しろ彼もホームズ好きだったのだ)。本屋で女性に付き纏った―身体を押し付けた―とかいう事だったので、本当に彼であったのか、証言の洗い出しや防犯カメラの映像を検証し確証を得ようと実況検分までして何とか無罪というか人違いである事を証明。

彼が警察を辞した時には、日はとっくに暮れていて、男子高校生のお腹は切ない鳴き声を上げていた。

これはいけない、と。勤務明けついでに自宅まで送るよ、と申し出てくれた高木刑事と共に彼オススメだというラーメン屋に入店したのは午後8時。それから何故か5分後には―注文した品が来る前に、食い逃げ犯を追わねばならぬ事態になっていた。
なんやかんやでとっ捕まえて、所轄警察に引き渡した後店に戻ったところ、二人の働きに感謝する店主の姿。彼の厚意で大盛りになったラーメンにありついて、平らげた頃には10時近くになっていた。

「今日はご苦労さんだったね、工藤くん」
「高木さんこそ、ご苦労様です。…この後、さっきの所轄に寄られるんでしょう?」
「まぁね。ま、簡単な聴取だよ」
「運転には気をつけてください。では」
「明日も学校があるんだろう?ちゃんと休んでね。おやすみ」
「はい」

去っていく車を見送る気力もなく、一礼だけして自宅に入った。

「快斗ー?」

大分遅くなった帰宅に半同居している人間の反応が気になって、玄関で名を呼んでみる。
半同居と新一が思うのは、実際に住居を同じにしていても、そこで一緒に過ごす時間が、下手をしたら同じ学校のクラスメイト以下かもしれない(特に平日)という所に起因している。
なにしろ互いの予定が合わなければまるっと1週間顔を見ないこともあるわけだ。

だが、今日は確か学校を出たところで何かメールしていた気がする。
―と、思ってハッとした。

「やべ…」

新一が持って帰ってきたものと言えば、鞄と警察署で貰った缶コーヒー(無糖)だ。
しまったなぁと思って靴を脱いでいると快斗が出迎えに出てくる。
何の連絡も無く遅くなる事はよくある、といえばよくある事だ。週の半分はそうだったりする。もしくは連絡通りに行かないというか。

とはいえ、勝手に新一の家への出入りを許された快斗が、そういった事で新一を責めた事はない。事件には名探偵が必要で、新一が名探偵たるには事件は不可欠なのだ、と妙な逆説展開した理屈を彼は語った事があるが、要は仕方ないと思っているらしい。

「お帰りー。遅かったなぁ。何かあった?」
「…いろいろ」
「なんつぅか、その顔と言葉だけで軽く事件の二つ三つに遭遇した感じがするな」
「三つだ」
「…おつかれさん。メシは?」
「あ、高木刑事とさっきラーメン食ってきた」
「そうか。ずっと警察?」
「連絡入れなくて悪い」
「それどころじゃなかったんだろ?仕方ねぇよ」

風呂温めてやるから着替えてこいよと促され、新一は二階の自室へと階段を登ろうとして、ふと足を止めた。

「あー…快斗?」
「ん?」

風呂場へ足を向けようとしていた快斗が振り返ると、思いのほか新一の顔が近くにあり、そして、そのまま距離が息の触れ合うような近さになって―唇が重なった。

「ん」

快斗は思わぬ新一の行動に眼を大きく開いたが、新一は軽く眼を伏せて、触れている部分に気をつけているようだった。
快斗が、ぐっと唇を押し付けようとすると、ぐいっと頭を引く。
軽く離して、また口付ける。
外気で冷えていた部分をもっと感じて、温めてもやりたいと思った快斗は、手を新一の頭に回そうとしたが、腕を取られて動きを阻まれた。
そして数度、触れては離れて、また触れて、と軽いキスが繰り返されたのだった。

「…どした、新一。疲れてたんじゃねーのか?」
「おー。疲れてる。だから、それで勘弁な」
「いや、されるほうが勘弁ならなくなるだろ、普通」
「コンビニで…」
「え?」
「デザートコーナーに行く前に強盗が入ってきたからさ。その後も寄る暇無くて」
「…ミルクプリンの代わりか」
「そーだな」

じゃ、着替えてくると言ってそそくさと立ち去る新一を、階下で何となく見送った快斗はポツリと呟いた。

「儲けた…よな。うん」

ミルクプリンを仕方なしに一つ買って頂く(新一の性格からしてお土産に義理一個なのは絶対間違いない)なら、その倍以上のキスが良いに決まっている。

「意外に愛されてんのか、俺?…それとも、新一スッゲー疲れてるのかな」

そんな疲れているのにお土産をくれた恋人はお風呂でじっくり癒してあげないとなー、と思いつつ風呂場に向かった。








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