■ひ○いもうそう■快(新)+哀
相談があるんだけど。
と。
大分深刻そうな顔をして阿笠家を訪れた隣人・工藤新一の恋人らしい男は、阿笠家に住む見た目小学生女児・中身同年代らしい科学者であり新一の主治医でもある灰原哀に向かって重い口を開いた。
「あのさ…新一って鈍感なのかな…」
「いきなりね。そして、今更ね」
どうせロクでもない相談だろうと思っていたがあまりに想像通り。
灰原は淹れた紅茶にふぅー…と長く息を吹きかけた。
隣人の恋人が、隣人に対して『冷たい!』『デレがない!』とか戯けた事を言って拗ねた風になるのはちょくちょく見かける光景だ。
そんな男同士の恋やら愛の愁嘆場なぞにいちいち付き合いきれない。
「工藤くんが、彼のダイスキな事件や謎以外に、大して興味がないのはいつもの事じゃない」
「そうだけど!…そう、なんだけどさー」
大概、ひとしきり恋人のつれなさを嘆いて、騒いで、それなりに発散さえすれば、『でも好きだ!』と勝手に納得して去るのがいつもの黒羽という男である。
しかしながら、今日はその覇気というか元気がないようだった。
「俺はこう、割とマメに伝えるわけよ、溢れんばかりの恋心とか愛とか」
「…で?」
「そしたらさ、新一が言うんだ。『オメーのそれは、愛じゃないだろう』って」
「愛じゃないの?」
「愛だよ」
「アナタのは…執着とか妄念とかが強すぎるのじゃないかしら」
「それだって、愛だ」
きっぱりと言い切る。
形がなくて見えもしなくて、存在するかどうかが確かめようがないモノに対するこの自信はどこから生まれるのだろう。
「なのにさ、なのに!さすがに、新一の愛を疑ったね、俺は!」
「…じゃあ、工藤くんのも、『愛じゃない』んじゃないの?」
見えないから、例えば指輪のような物質で示して誓うようなソレ。しかし物は物にすぎず、ソレを通して人の心を視ることも縛る事も不可能だ。
結局は言葉と態度でしか示しようがない、無形なる感情はやわくもろい。
「まさか!新一はもう俺にゾッコンですよ!?」
「カタカタ震えてるのは気のせいかしら」
「哀ちゃんが震えてるんだと思う。もしくは地震かな」
灰原は、解りやすく動揺する目の前の男に多少の悲哀を感じる。
なんというか、色々台無しだ。
元は大層良い男なのに何だか悲しく哀れな。
悲哀。
ヒアイ?
−ちょうどいい言葉。
ペンと紙を持って、サラサラと書いてみる。
なかなか綺麗だ。
「あなたが愛されてる、なんて妄想なのよ。工藤くんが愛じゃない、って思い込むのも妄想」
「へ?」
「ヒアイ。愛を被る、愛されているというあなたの被愛妄想。あなたの愛を愛に非ずと言う工藤くんの非愛妄想」
「…言葉遊びにしては、悪趣味じゃねぇ?」
「思い付きよ。貴方達が違うというのなら、別にそれでいいわ」
「…これ、貰っても?」
「いいわよ」
言葉遊びが好きな人間の気を逸らす事ができたようだ。
愛なんて妄想だ、というのは言い過ぎかもしれないけれど。
「あ、もう一つ忘れていたわね」
己のモノではない、こころ見えぬ相手の愛の真偽に振り回される人間の悲哀。
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