幻想的<電波的 な快新

どこかで見たような顔をした高校生がやけに親しげに話しかけてきたのだ、最初は。
見上げた先でこんな所にいたんだな、と笑って。

「お兄さん、誰」
「さて、誰でしょう」
「…変質者か。その制服、江古田のだろ」
「学校名がばっればれな格好でやらかしたら、流石に直ぐにバレるとは思わねーか」
「借り物かもしれないだろ。制服ってのは、成りすますにゃ便利な格好だからな」
「…君、初対面の相手にもそんななの」
「初対面…ねぇ」

初めから少年の態度は妙に親しげで、彼自身がコチラに向ける顔と雰囲気が初対面であることを否定していたのに。おかしなコトを言う奴だと思った。そして、そんな親しげな顔で笑う少年にどこか覚えがある自身の感覚も妙だった。
覚えがある、誰かに似てる、その顔。
しばらくして、ああ、そうか、と思った。

「そうか、アンタ、似てるんだ」
「誰に?」
「工藤新一」
「…よく、言われるよ」

にっこりと更に笑みを深くして、懐かしむような、愛おしいような、柔らかな眼差し。あれ?と思う。似てない、と思い直す。いや、そうじゃなくて。
似ているのは、あの少年にではなくて。

「…それで、アンタは俺に何か用なのか?」

白い何かのイメージが脳裏を通り過ぎたが、あまりにも一瞬だったからよく分からなかった。追いかけたい気もしたけれど、それはさて置いて、まずは目の前の少年の目的を問う。

「迎えに来た」
「誰を?」
「お前だ、お前。勝手に消えるから」
「俺?」

「うん。工藤新一っていうんだろ?お前」
「違うよ」

否定する感覚より先に言葉が走った。
違うよ、ちがう、チガウ

「違うのかな」
「そうだよ。だって、」

だって、

「君は江戸川コナン?」
「多分…?」

制服姿の少年の顔は変わらず笑っていたのに、暖かだった眼が不思議な色に変わっていた。

「江戸川コナンって、工藤新一とは違うんだっけ?」
「…そうだよ」
「そうかな」

だって、工藤新一は、この少年と同じくらいの背丈で、目線で、『世界』に立つ人間で。いつまでたっても、小学一年生を称するのがやっとな小さな身なりはしていない。成長を止めて、存在の不自然さに居場所を喪うようなモノではないはずだ。―そんな風に工藤新一と自身の違いについて言いたい事はたくさんあって、けれどもどの言葉も適切に選べなかったから、押し黙る。
目の前の少年はそれを責める様なことはしないで、それなら、いいよ。そうだったのかもしれないし、と笑った。

「そっか。あのさ、俺が探してたのはさ、『怪盗キッド』を追いかけられる『名探偵』なんだ」
「…かいとう きっど」
「そう。一緒に、探して欲しくて。アイツも居なくなってしまったから」
「…ソイツ、居なくなったんだっけ?」

あれ?と不信感。抱いた不自然さを知ってか知らずか少年は説明する。

「名探偵に一回捕まったんだけど」
「肝心の名探偵が今度は何処かに行ってしまったから」
だから逃げちゃった、アイツ。もしかしたら、名探偵を追いかけに行ったのかと思ってたんだけど。

困ったように訊ねるように言ってから、覚えてねぇ?と窺う言葉。

「…その『名探偵』はどこに何しに行ったんだ?」
「多分ね、工藤新一か、江戸川コナンか、どっちか探しにいったんだと思う」
「どっちが?」
「―お前がどっちかで、決まる話かなぁ」

工藤新一じゃないほうみたいだけど。

「探してない、工藤新一なんか」
「じゃあ、お前は探されてる方かな」
「……探しにくるのか?」

多分ね、オメーの事、大事にしてたよ、アイツ。
少年は、ストンと腰を下ろした。目線がやや下になる。

「じゃ、待たせてもらうな。お前といたら、きっと会えるから」
「…あえない、ぞ」
「それなら、それでいいよ。その時はここにずっといるだけだから」
「いるのかよ」
「いるよ」
「…そんなに、いるのか」
「…いる、お前も工藤も」
「俺も?」
「いるんだ。だからいる、ずっと」
「……」

要るから居るのだという。少年の眼差しはそう語っていた。
暫しその視線を正面から受けていたが、居たたまれないような感覚が沸いて、そぅっと少年の隣に腰を下ろしてみる。ついでに頭の傍にある肩に、寄りかかってみた。

「珍しいな。甘えてんのか?」
「わかんね」

けれど、触れているととても安心した。さっきまでただっ広い何も無い場所にずっと立っていたから、少し疲れていたのかもしれない。…この少年は何処から来たのだっけ?

「疲れたのなら、眼を閉じてもいいよ」

言葉と一緒に目の前に近づいた気配に、反射的に眼を閉じていた。暖かな手のひら。何も見えなくなって、ただ言葉だけが聞こえてきた。

「眼を逸らしたっていいんだ」
「真実を探すのは、探偵だけの仕事じゃないから」
「お前はお前にとって本当のことだけ、気にしていて良かったんだ」

「俺は、」

「どっち?新一じゃないないなら、コナン?」
「…違う、と思う」
「どっちでもない?それともどっちも、かな」

揶揄する声音の向こうでじっと観察しているような気配が気に入らなくて、つっけんどな声が出た。

「選べって?」
「そんなこと言ってない。お前はお前だ」
「すげぇ矛盾してねぇか?」

呆れて、凭れていた身体を起こすと自然と手は外されて、すぐ真横に少年の顔。

「矛盾、かなぁ…俺にとって、の話だから別に破綻はしないんだけど」
「工藤新一か、コナンか、どっちかしか知らない人間にとっては、違うだろ」
「かもね」
「…どちらも知っていて、どちらも別に求める人間にとって…必ず、どっちかは居なくなるんだ」
「…だから、居なくなったのか?」

少年が手をくるりと返すと、数通の封筒がどこからか現れた。

「お前宛の手紙だよ、どれも」
「…自分宛のモノに思えなかったから」
「お前宛だったろ」
「コナンへ、って来た手紙も、訪ねて来る人にも、『俺』が返事をしたらおかしいじゃないか」
「事件を解いたのも、彼らを助けたのも、お前だっただろ」
「でも」
「コナンだった時、不在の工藤新一の言い訳をしたみたいにするのが嫌になった?」
「……」
「コナンに戻れないの、分かってるくせに。戻りたかったのか」
「違う。どっちも、嫌になったんだ」
「どっちも愛してる俺を置いて?ひでぇよ」

腕を引っ張られて、立ち上がる。今度は、同じ高さに少年の顔があった。

「かくれんぼ下手だな、名探偵は」
「うっせぇよ。んで?怪盗キッドは探したのか?俺の所には来なかったぞ」
「分かってるくせに」

拗ねたような眼をされたから、仕方なく、少年の手首を掴みあげてやる。

「捕まえた」
「―…うん」

何もない真っ白な世界で最後に見たのは、笑った少年の顔。



 *** *** ***


眼を開く。白い天井に見たことのある照明。
ベッドの上。身体を起こして、首を左右に軽く振った。

「あら、お目覚め?」
「…あー」

しわがれた声に、自分で驚いた。ん、ん、と喉を湿らそうと咳をしていると、すぐ横から水の入ったコップを差し出される。差出人は手だけ確認できる。―快斗だ。躊躇い無く手にとってゴクリと一口。

「じゃ、確認するわよ。貴方は」
「工藤新一。江戸川コナンって小学生だった事の在る高校生だろ」
「正解。よかったー!」

「オメーがやったのか?」

空になったコップを返すと、快斗はまぁね、と笑った。

「精神科医になれそうだな」
「新一のことだから、精一杯やっただけ。そもそも、俺だから新一だって、ちゃんと『統合』したんだって分かるだろ」
「…怪盗キッドだから、だろ」

意地悪く返してやると、むぅと唇を引き結ぶ。

「ま、これで多少は落ち着くでしょうね」
「多少かよ…」

「新一にとって、コナンくんがそれだけ大きいんだから仕方ねーよ」
「俺なのになぁ…」

「ま、また消えたり変な事言い出したら、俺が探しに行くから大丈夫だろ」

自信過剰な言葉を吐きながら、心底ホッとしたような息を吐き、そのくせ同時に眼の奥で不安がっている男に、俺は言った。
信頼と、多分それ以上の、俺ごと全部を任せる言葉。

「待ってる」



*******





幻想っぽい腐陰気(何故かこんな変換になった!に挑戦してみた。
無謀だった!

とりあえず、新一とコナンが混同して失踪して、それを探しに行く快斗っていう話のイメージです。

⇒工藤新一に戻った後、江戸川コナンを求められて、世間や特に親しい人たちに隠している事についての後ろめたさとか、遣り切れなさとか、『コナンだったら』という思いに捕らわれて、新一としての意識が雲隠れするんだけど、コナン=新一だから、新一が消えてもコナンは成立しないから抜け殻に。IQフル稼働で催眠療法的な事をして深層部分にストーキングしにいく快斗。

うん、よくわからんね…。
精神的やら観念的な話は難しい。 という話。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -