姉と弟
隣人からテストプレイを頼まれたと新ねぇが持って帰ってきたゲームが事の発端だった。

俺を引き取ってくれた工藤さんちのお隣さんは、阿笠さんと言って、発明家というジーさんと、姉の同級生でもある養女のお嬢さんの二人暮らしだ。こっちはこっちで、『両』両親不在の姉弟二人暮らしだったから、何かとお世話になったり留守を預かりあったりする仲だった。
女同士の仲が良いのと同じように、俺は奇天烈極まりない発明にあけくれる博士と仲がよかった。


「うわ、うわ、出すぎー!」
「さっきの酒場で幽霊屋敷つってたもん、そりゃ出るって」
「ぃげ、げッ」
「うっせーぞ、新ねぇ」

ごくごく近い場所にて俺が観察した結果、姉はどう見てもこのゲームを嫌がっていた。珍しく怖がってさえいる。
どうやらゲームプレイヤーへと襲い来る敵が『怨霊』という半透明なのにグロえぐい外見で、何度か攻撃しないと倒せない上、血溜まりからゆらゆら動いてまた復活してくる、という条件全部が受け付けないらしかった。

「右!げ、正面の起き上がるっ」
「わーってる、って。ンな騒ぐなよ、集中できねーじゃん!も、どっか行ってて!」
「行けるならとっくに行ってる!しょーがねーだろ、俺が受け取っちまったんだから!」

博士が俺に直接持ってきたら、別に新ねぇまで一緒になってゲームをする必要はなかったのに。

(推理ゲームの死体とかゾンビ潰しは平気…つかナマの死体だって怖くねーくせにさ)

実体の有無というのは彼女の中で重要な要素らしく、死んだはずのモノがしつこく甦って追ってくる…というのはこの姉に耐え難い恐怖を与えているようだった。
彼女自身も、こんなに駄目だとは初めて気がついたに違いない。
最初から苦手分野と察していても、ゲーム開始時にはとりあえず「ありえねー」と不快げな顔だけだったのが、『怨霊』が増えるにつれ、徐々に顔が強張っていき恐慌の呈を表していったのだ。
それでもこの場に留まっているのは、このゲームをすることが(実際はしてない。見てるだけでも)友人からの依頼だと強固に考えているからなのだ。

このホラー性の高いゲームはプレイヤーがイケメン揃いなサブキャラを従えて攻略する内容で、世の女の子の反応はどんなものかと、最初博士は同居のお嬢さん―志保さんにテストプレイを頼んだらしい。
だが、俺の知る限り、彼女はそういったゲーム類で好んで遊ぶ風ではない。案の定、「謎解きゲームは探偵志願者さん向きよね」とかなんとか言われて新ねぇにお鉢が回ってきて―俺に回ってきたのだった。

(なーんだって、苦手な癖に引き受けるんだか)

大まかな内容を聞いた時点で、姉はプレイヤーに俺を使おうと考えていたのだろう。帰宅して一番の言葉が、「快斗。ゲームしようぜ」だったし。
まぁ、経緯はともかくとして、無理だと悟った時点で辞退するなり、俺にだけやらせるなりすればいいのに、「頼まれたのは姉ちゃんだ」と言って同席している。

俺は決してこの姉は嫌いではない。
嫌いではない、本当に。
姉弟になれて嬉しいな、と思う気持ちぐらい、姉弟だと何かと困った事になりそうだなぁと、漠然と思うくらいに−嫌いではないのだ。

でも、ゲーム中は流石に鬱陶しかった。

「うう、そこの角さぁ、怪しくネェ?」
「んー出るなー」

微妙に震えている声に、あえて能天気に答えて気を和らげようとしたが、一切効果は無かったようで、予想通りに出るものが出ただけなのに、新ねぇは「ギャッ!」と悲鳴を上げた。
耳元の声に眉をしかめながら、コントローラーを動かせば、得物を振って怨霊を追い払う画面の女の子。『イヤァ!』と言いながら、操作通りに鉈を奮った。

女子高生がギャ、はないだろう…と思うのだが、どうにもこの義理の姉は言葉遣いからして女の子っぽさが足りない(野郎に混じりサッカーに興じていた子供時代の影響らしい)。イヤァとか言いながら血みどろの鉈を奮う画面の少女も大概だが。

(そもそも怨霊なのに血の演出過多はどうなんだ…後で博士にツッコンどこ)



「ホラホラ町中抜けたら、街道だぜぃ」
「突っ切れ」
「そろそろ、新ねぇもやってみろよ。多分、ここはサブのイケメンの見せ場だろ。ちゃんと付いてけばいいって!」
「嫌だ。快斗がやってって」
「女の子のテストが要るんだろー?」
「やるのも見るのも同じだろ!」

そうかぁ?と思いながら、俺は仕方なくコマンドを入力。『援護』。多分、コレでメインで動くのがサブで、こっち(プレイヤー)はイケメン追っ掛け少女の追跡アクションだけでいいはず。

ただ画面は、サブキャラの持つ日本刀でメッタ切りにされる怨霊でいっぱいになるかもしれないな、とチラっと考えた。

俺は床に胡坐をかいて、両足の間に腕を置いてコントローラーを握っている。
新ねぇはその俺の後ろにいて、最初は制服姿のまま体育座りでアレコレ指示しながら画面を覗いていたのだが、段々とゲームが進むにつれて身体が俺に寄ってきて―ゲームの街中探索三軒目あたりで、足は膝までぺたりと床にくっつけた格好で俺の肩に手を伸ばしてきたのだった。
俺の両肩に両手を乗せ、体格差の有り余る背中に隠れるようにして画面をチラ見していたのが、次第に手に込められる力は増して、負けてなるかと身体を起こして画面を睨み出したのはともかく、何故かソロソロと姉の腕は更に前へと伸びてきた。
お陰で時々ビクビク震えるのは勿論、うわ、ぐぇ、とか漏れる声まですぐ近くで聞こえる按配。

背後から俺の肩を抱き込むように回されている柔らかな細腕は、ゲーム画面でプレイキャラクタが怨霊と遭遇するシーンになる度に締める力を上げ、ついでに俺の背中と背後の身体の密着度も上げていく。

画面が街道から洞窟に切り替わる頃には、密着度はMAXになっていた。
はっきり言って身動きが取り難い。
と、言うか。
軽く首締めが入ってんぞ、コレ!

「新ねぇ、暑い!つか苦しい!」
「俺は寒い。苦しくしてねーって!ホラ」
「…も少し離せよな。夏にホラーってもさ、寒いはねぇぜ」
「いいから、あ、そこ(洞窟)は左の扉だな」
「嘘、さっきの石板ブラフだろ」
「頭回る奴はそう言う…素直に行けよ。作ったのは博士だぜ」
「えー」

人にやらせておいて、頭を使う場面だけは譲らぬ姉に少しばかり不満を覚えて、首を後ろに逸らすと、俺の後頭部が思った以上に近くにあった柔らかい場所に埋まった。と、同時に鼻を擽る甘い匂い。
俺は何だか慌てて首を画面に戻す。
仕方ネェな!と小さく呟いて、言った通りにゲームを進めてやった。

「なー、そろそろ、ホント『暑』『苦しい』んだけど」
「姉ちゃんは平気だ」
「弟は無理してるぞ」
「弟は姉の言う事を聞くもんだ。だから、気にするな!」
「ちょ」

言うとおりにキャラクターを動かし、出来るだけ怨霊シーンにならないように進めているのに、密着は薄れず、俺は段々とムズムズしてきた。
最近姉といる時ふとした折りに発生する奇妙な症状だった。腹の辺りやその下が妙に痒くなるような、居たたまれないソワソワ感。しかも。

「…あ、おま、顔真っ赤!」
「っ、あ、暑いって言っただろ!?」
「あ、悪ぃ。ごめんな。ンな暑いとは…大丈夫か?熱あんじゃねーの?」

背後から俺を見て、耳まで赤い事に気付いたのだろう。新ねぇが心配そうな顔で覗き込んでくる。俺はちょっと慌てて首を左右に振った。
姉には額を合わせて熱を計る癖というか習慣みたいなのがあって、今はそれをされたら困ってしまう−もっと顔が赤くなることになる気がしたのだ。

「平気。少し暑いだけ」
「ごめんな、無理にやらせちまって。知恵熱とか出たらまじぃな」
「出ないよ。ゲームは別に苦手でも難しくもない…、それよか、新ねぇがくっついてくるのが、さぁ」
「悪ィ。だってオメーって抱き心地イイからさー」
「!だっ、抱きって、俺はぬいぐるみじゃねーぞ!?」
「昔は抱っこちゃん人形みてーだった。特に家に来た時は、胸から腹ぐらいにしがみついてきてさ、姉ちゃんはよく猿の母親気分を味わったぞ」
「…くっ、三歳の俺の馬鹿!」

ガッツリ覚えているのが一層恥ずかしかった。引き取られた当初、当時小学校の最高学年だったこの人に抱きつき、その後を付いて回った記憶は大切な思い出というヤツで、確かに猿の子同然にお世話してもらっていたのだ。
姉には姉の、突然できた弟や、姉の世界に割り込む俺に色々思う所はあっただろうが、邪険にされた事はない。
姉は綺麗な青い目を真っ直ぐに俺へ向けて『弟か。姉ちゃんだぞ。仲良くしよーぜ、快斗』と言った通りに、言葉違わず仲良くしてくれた。小さな俺の拙い言葉を拾い、笑顔を向けて手を繋いでくれたのだ。
だから俺はこの姉に懐いた。

あれから五年程度では、俺の、小さなお世話対象兼ぬいぐるみ…という立ち位置は変えらないものらしい。

「大きくなっても、快斗はやっぱ可愛いよな」
「新ねぇ…、まだ!これからだぜ、もっと大きくなるのは!俺の成長期を甘く見んなよな」
「へー」

ムズムズと同時にイライラする俺が、その理由とかまったく嫌いではない姉を、じゃあどう思っているのか?とかとか諸々を正確に理解するのは、この一件から五年ぐらい過ぎてからの事になる。

頭の回転は異様に良いのに、身体のあちこちがまだ未発達ゆえに鈍かった俺はこの時8歳。ついでに身体はそこそこ発育宜しい感じになってたのに、情緒が俺よか未発達な姉は17歳だった。







思春期遠く。

8×17


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