姉と弟
春休みまであと少しという時期。
春は遠くないはずだというのに、『寒の戻り』とニュースの気象予報士が言った通りにキンと冷えた空気は容赦がなく、鼻先や耳たぶの薄い部分に痛みすら与えていた。

「さみー」

呟く声は白い吐息とともに溢れていく。
少年は足を止め、ポケットに突っ込んでいた両手を出して、鼻と口を覆うようにして空間を作り、そこにはぁああと息を吹き込んでみる。自分自身の放熱で少しだけ寒さに強ばっていた顔がマシになった気がした。数回ほど繰り返す。凍っていた気がする鼻先とその奥あと喉の辺りが溶けたような感じがしたところで、意を決して手を外しポケットに戻して、再び通学路を歩き出した。


***


「ね、快斗くん!今日の放課後って何か用事ある?」
「えー?ミキちゃんも用事あった?ごめん、オレ今日は早く帰らないといけないんだ」

昼休みの時間、トイレから教室に戻ろうとした時、どこかもじもじした様子のクラスの女子に快斗は呼び止められた。
本日5度目。
同じクラスのコや隣のクラス、あと一つ学年が下のコもいた。全員が女の子だった。元々快斗は男子は勿論女子とも気軽に話すタイプなのだが、呼び出しの形で声をかけられる事はそう多くない。
それが今日はどうしたことか。
朝から下駄箱に入っていたお菓子といい、快斗にとっては何とも不思議な日だった。

「え…。少しでいいの。あの、後でお家に行ってもいいんだけど」
「帰ったらすぐ出掛けなくちゃいけないから。ごめん」
「誰と!?」

突如声を荒げ誰と出掛けるのかと殆ど尋問のように言ってくる女子に、快斗は少しばかりビビった。慌てて、付け加える。

「母さんか姉ちゃんに、歯医者に連れてかれるんだ」
「え」

学期の終わりを間近に控えた頃だった。
快斗の小学校卒業や、その後の家族揃って春休みを過ごそうという予定もあって現在帰国している母と、母による国外連行へのカウントダウンに溜め息を増やしつつある姉の姿が脳裏に浮かぶ。
どちらも今日は家にいる筈で、そのどちらからも言いつけられている事。

「予約時間が早いって、さっさと帰ってこいって言われてるから、放課後あんま時間ない。んで、あと帰りはもしかしたらどっかで夕飯食べるかもだから。ほんとゴメン!」

快斗がパンと手を合わせてお許しを!のポーズを取ると、一瞬呆けた少女は、なぁんだ…と呟いて怒りを収めた。

「もう、仕方ないなぁ」
「う、うん?ゴメンね」

何とかお呼びだしは穏便に避けられそうだ、と快斗は内心でホッとする。
みんなと仲良くしているのは好きなのだが、とりわけ小学校の最上学年に上がった頃から、意図的に二人きりになろうとする所謂おませな女の子からは、言いがかりめいた事(あのコと仲いいの?だの、仲良くしないで!だの)を言われるから、逃げ回る癖がついた。
―特に最近ではそういった事態が多発しつつあり、逃げ足には磨きがかかってきている。

「じゃ、ちょっと待って、これ」
「へ?」
「はい!」
「え」

彼女が素早く自分の机から取り出した紙袋をぐいっと押し付けられる。
快斗は反射的に手を出し受け取ってしまう。

「えっと…これ」
「もうすぐ卒業だけど、仲良くしてね。…ちゃんと食べられるように、歯医者頑張って!」

そう言い放ち、少女はパタパタと足音をたてて去ってしまう。

「うーん?今日は何か、励ます日?とかなのかな…」

確か去年も励ましてもらってたよなー、と首を傾げつつ、快斗はそう呟いた。


***


「…今日のこの日にこの盛況ぶりってことは」

あまりの寒さに暖を求めて飛び込んだコンビニ。いやここに寄る為に少しばかり早く家を出てきたので予定通りの行動。
朝の週刊誌読書をする者や朝飯ないし昼ご飯を買い求める客でかなり混んでいる。
いや、いつもより間違いなく男性客が多い。
大学生風のお兄ちゃんや作業服姿のおっさん、快斗と同じ中学の学ランを着た学生もいた。
二つあるレジはどちらとも稼働しているが、特に男性客が片方のレジに集中しているのは絶対に気のせいではないだろう。しかもどいつもこいつもチロルチョコやチョコ味のカロリーメイトといったさり気ない品から、あからさまにラッピングされた商品を手にしていた。

「つまり、こういう事かな」

それを目の端で確認しつつ、快斗は、既に隙間の発生しているチョコレイトやチョコ菓子が所狭しと並んでいたであろう特設棚の前で感慨深げに頷く。その脇で、慌てた様子で幾つかの商品をカゴに入れていくOL風の女性もいる。会社で渡す義理の品のようだった。

「たとえ自分で買って金を払ってても、一瞬は、女の子の手から渡してもらえる、と」

快斗が今日という日の意味を知ったのは、家計を任されチラシを片手に夕飯のメニューについて悩む事になってからの事で、きっかり1年前のことになる。それまで曜日の関係で誤差はあっても、この月のこの日は歯医者に連れて行かれる恐怖の日だった。
ところがだ。
中学一年の二月を迎えた頃の事だった。
献立と家計に悩む快斗の前に異様にチョコを特集するチラシが増え、見出しには『バレンタインデー』の文字が現れた。
飛び抜けて明晰な頭はその不可思議なイベントを即座に調べ知識として吸収しーそれから、かつてそのイベントの日に我が身に起こっていた事を思い出して、思わず叫んでいた。
『どういうことだ!』
なんとも理不尽を受けたとしか思えない過去の記憶に憤りを覚える事になったのである。
当然怒りを向けるべき相手は、家族のうちの女性陣。いや、もしかしなくても快斗と同性である養父もまた敵の一人だった。
つまり快斗以外は全員がグルだった。
―昨年の今頃、国際電話の向こうで、彼女達の所業について笑いを含ませながら解説してくれたのは快斗の養父である。
『君が五歳の時だねぇ。保育園の女の子から貰ったチョコをこっそり食べて虫歯になったのは。懐かしい』
『君の姉が『家はバレンタインは禁止だ!』と宣言したから、仕方なかったのさ。有希子も最初こそつまらないと言っていたが、サンタクロースの存在を小学校に上がる前に否定していた君が、逆にいつこの日が何の日か気が付いたものか面白がっていたし』
『まぁ、お陰で健康な歯が保てて良かったんじゃないのかい?』
『ああ、お返し?いつもあの子がこっそりクッキーか何かを返していたようだったね。禁止令を出した責任を取っていたつもりみたいだよ』
隠蔽されていた事実に、快斗は怒り呆れ、最終的にガクリと肩を落とすしか無かった。今更過去をどうこう出来るものではないし。それに、そういえば、恒例の歯医者の後、食後ないし寒い夜の眠る前に、チョコを溶かし込んだミルクを飲ませてくれていたのもあの姉だったと思い出したのだ。

よって快斗は中一の時も大人しく歯科検診を受け、今年もちゃんと予約を入れている。

なお、2月14日の真実を知った去年は、ー弟が知ってしまったと知った姉は、チッと小さく舌打ちをした後『所詮お菓子業界の販促だからな』と冷静に彼女の見解を述べてくれた。『絶対違うだろー!』と言い返したところ、多少はマズイと思ってくれたのか、液体ではない固形の板チョコをくれたものだが。非常に素っ気ない商品名がデカデカとプリントされているそれは、しかし、快斗にとって真実を知ってから初めて受け取るバレンタインチョコに違いは無く、少しだけ特別な気持ちで受け取る事が出来たのだった。
同様に、『あら、ようやく気がついたの』と隣家の悪巧みを知っていた姉の親友は、『せっかくお隣さんに全面協力するってことで、博士のお強請りを却下していたのに』と全く悪びれる事なく心底残念だと言い退けてくれたのだが。けれど糖分をコントロールしたという開発甘味品をお裾分けよ、と言って贈ってくれた。養母もまた今までの分よー!でも食べ過ぎちゃ駄目よ!と彼女のお気に入りらしいショコラティエの品を空の便で送ってきてくれたものだ。

「今年は貰えんのかな…」

色とりどりの商品を眺め、それからレジの方をちらりと見て、快斗はうーんと唸る。
養母からは夕方位に甘いプレゼントが届くと既に予告を貰っている。しかし、姉からはどうだろう。
彼女は今朝方弟が起きるのと入れ違いに、勤務先の指定アルバイト先の早朝シフトがあると言って出掛けて行った。新人教育の一つを兼ねた潜入調査という話らしいが、本当にあの職場は実体が謎だ。
パンとサラダが残った食卓に甘い物は置いてなくて、代わりに『仕事夕方過ぎる。夕飯任せた』というメモが置かれていた。

「無理かなー」

去年だってしぶしぶといった風だったし、そもそも甘い物を却下してきた張本人だ。ついでに昨日の夕飯どきに「今年はちゃんと誰に貰ったか覚えておけよ」と注意もされていた。バレンタインデーを知った事で芋蔓式にそのイベントに対応するホワイトデーも理解しただろう、つまり今年からそのお返しは自分でやれよと言われた訳だ(なお真実を知ったその年の14日は休日だった。だが快斗のお世話になっている歯医者は平日通えない種類の人間の為に日曜も営業していた)。
過去、快斗が不思議に思いながら持ち帰った甘いお菓子を手に『このラッピングの商品はあの辺の住人御用達だな…』と贈り手を推理していた姉の謎もようやく解けたのだが、突き放されたような気がして快斗は微妙な気分である。
快斗としては、真実を知った今、他の誰より姉から『大切な人への贈り物』という主旨での贈り物が欲しいのに。

「ありがとうございましたー」

レジには、にっこりと営業スマイルを浮かべ丁寧に頭を下げる快斗の姉の姿がある。
その前には既に長蛇の列。人が捌けてきた隣のレジの人間が(こちらは店長である年嵩の男性だ)「こちらへどうぞー」と混雑緩和を促すが、列を抜けていくのはどうしても時間がない人間だけのようで、しかも列を離れるときに悔しそうな表情を浮かべている。

「この分だと残り物とかも、なさそう、かな」

唯一ありそうな可能性もこれでは危ういかもしれない、と快斗は思い、仕方ないか、と棚から一つ商品を取り上げ、長蛇の列の後ろに並んだ。

「ありがとうござい、って快斗」

次々変わっていく客人の中の一人が弟であると姉が気がついたのは、会計品を差し出され、すばやくバーコードに通す為に手早くその一つを手に取って定型文句を口にした時だった。お客様への声掛けはちゃんと相手を見て、というマニュアルはあるのだが、ありがとうございました、と前の客を送って直ぐにー下げた視線の目の前にー次の客の商品が出てくるので、ついつい「ながら作業」になってしまう。だから、目を上げて、そこで弟に気づいた姉は思わず弟の名を呼び瞠目し次いで店内の時計に目をやってしまった。

「まだ余裕だよ新ねぇ。遅刻はしない」
「そっか」
「ん。忙しそうだねー」
「ああ」

こそっと短い返事しか無いのは、隣のレジの店長を気にしているのか。もっとも監督者の目の有無よりも客人がいる忙しい時間に店員が知人友人と無駄話など以ての外ではある。

「えー、4点で967円になります。…千円お預かりします。無駄使いすんなよ快斗」
「してねーって。シャー芯と消しゴムは必要品。お握りはオヤツ。で、これは」

おつりの小銭を落としついでに小言も落としてくる姉の手を素早く握って上に返すと、快斗は会計した商品の一つをぽんと渡した。

「朝シフト終わったら『仕事』でしょ?疲れたら食べて」
「え、おい」

掴んだ手をそのまま姉の方にぐっと押し戻す。

「ほら、早くしまって!」

鋭い囁き声に、姉は渡されたソレを慌てて店員が着る制服のポケットに隠し込んだ。
それを確認してから、快斗は袋に詰められた商品をさっさと攫ってレジを離れる。「あ、りがとう…ございましたー!」と追い掛けてきた声に、背中がくすぐったくなった。

「甘いもん苦手だけど。ビターって書いてあったし、いいよな」

女性から男性へ、という意味合いをピックアップしている菓子業界の販促ではなく、本来の意味の大事な人への贈り物なら、別に先に男である快斗が渡したって問題は無いはずだ、と快斗は結論づけたのだった。あわよくば、今日中に「お返しに」とか、もしかしたら「売れ残り割引商品があったから」と言いながらのチョコを頂けるかもしれない、という思惑もあったりする。
そうなったら良いな、と思いながらコンビニの外を歩き出すと、すぐ後ろから声をかけられた。

「おい、快斗!さっきコンビニのお姉さんに何かしてなかったか?!」
「おう、おっはよ」
「おは。んで、お前、あの店員さんと知り合いなのか?何だよ、連絡先とか渡しちゃったのか!」

快斗と同じ学生服に身を包んだ男子学生は、中学になってからの友人だった。

「あー、まぁ」
「うわ勇気あんなー。あの人綺麗で丁寧に接客してくれるけど、ガード固くてイケメンが話しかけても全然相手してくれないってハナシなのに」
「そーなんだ?」
「お前って年上が好きだったんだな」
「…かもね」

同じ家に住んでいる年上の家族であるが、快斗は曖昧に答えるにとどめた。姉があのコンビニで『仕事』のアルバイトをし始めて三ヶ月。なにくれと快斗もそこに通っているのだが、彼女目当てと思われる客は日々増えているようだった。それはもう、彼女と同世代に限らず、中高年から快斗と同じくらいの若い学生と幅広く。
そして、コンビニ常連の快斗が彼女の身内であると知られると、姉を「紹介してくれ」と頼まれる事が殆どで、しかし、きっぱりはっきりとお断りするのが常だった。
快斗の個人的感情による事情もある。だが、それ以上に色々面倒な事になるのだ。小学生の時分からの友人知人は、姉の特異体質や偉業ー事件に遭ったり事件を解いたり色気が全く無かったり、を知っていて、あまり近づこうとしないので良いのだが、彼女の見てくれだけに惹かれ近づく人間は後々酷い目(事件に遭遇したり巻き込まれたり)に遭う事が多い。昨年の、快斗の入学式に姿を見せた姉を初めて見たクラスメイトの中にもお近づきになろうと試みた人間がいたが、しばらくすると「お前はよくあの人の弟やってられるよ…」と遠い目で呟く有り様だった。

あのコンビニにしても、働きだして早々、コンビニ強盗を捕まえ、万引き犯と痴漢を合わせた検挙率は既に店長を追い抜いているらしい。不審な相手を目敏く察知し容赦ない対応する店員ということで、実はコンビニGメンなのではと言われていたりもする。

「今日ってあの日じゃん?オレの兄貴も結構あそこ通っててさー、あの店員さんにチョコ貰えないかなーって言ってたけど、…どんな感じ?」
「無理じゃね?義理の配布も無かったし」
「連絡先渡してもすぐ捨てられそうだもんな」
「はは」

失恋確定だな、と妙に同情した目を向けだした友人は、元気だせよな!と快斗の肩を叩いた。

「成績優秀で人気者の快斗クンなら、他の女子から貰えるって!」
「んー」

快斗は苦笑し首を横に振る。
そういえば、特別な日らしいこの日に、自分が気にしているのはあの人一人、と今更な事に気がついた自分へ向けた笑いだった。
勿論、夕方届く筈の母の愛も、もしかしたら今年もおこぼれに預かれるかもしれない隣人からの甘味製品も期待しているし、楽しみだ。
だが、他の誰かからの特別な気持ちは不要なのだ。ーとりわけ、そこに込められる気持ちが、『恋愛』の感情だというのなら。それこそ、快斗が欲しいと望むのはあの姉からのー。

(ああ、もう)

自覚して、けれども、どうもしようもないままに在る想いが、不意にきゅうと存在を主張してきて、快斗は黙々と歩く事にした。
不意に沈黙した快斗に、友人が焦ったように絶対望みないって訳じゃないって多分、もしかしたら年下好みかもだし!とフォローにもならない事を言うのをただ聞き流しながら学校へ向かった。




ーピンポーン…

「はいはーい、って。あれ、鍵忘れてったの?」
「ただいま」
「お帰りー、新ねぇ…と、志保さん」
「こんにちは」
「いらっしゃーい」

到着予定の宅急便は受け取ったのにな、と不思議に思いつつ玄関のチャイムに扉を開けると、そこには家人と隣人がいた。仕事帰りにお茶でもしてきたのだろうか。
快斗は、出迎えた玄関で体を引いて「どうぞ」と招き入れようとする。しかし隣人の方は「ここでいいわ。渡す物があるだけだから」と言って、快斗に小さな手提げの紙袋を差し出した。
無地のクラフト袋だけれど、手提げの紙紐に小さく結ばれたリボンが醸すプレゼントの風合い。

「えっと、もしかして」
「隣人としての義理でよければ受け取ってちょうだい」
「バレンタイン万歳!ありがとー!」
「博士にあげたのと同じものだけど。作りすぎてしまったから」
「美味しいのにカロリー無いってむしろ女の子に喜ばれそうだけど、オレが貰っていいんだ?」
「貴方のお姉さんが辞退したから代理よ」

勿体ねー、と快斗が言うと姉は軽く肩を竦めた。確かに、昨年頂いたこのチョコは、博士を喜ばせる為か結構な甘さだったが。
「それじゃ失礼するわ」と玄関を出て行く隣人を見送りながら、快斗は、果たして今日の朝、己が渡した物も辞退されてしまったのだろうか?とふと不安になった。

「あのさ、新ね…」「ん」

玄関のドアを閉め、姉を振り返る。
すると、快斗が問いかける前に、目の前に差し出される紙袋。そこに印刷されている英字が示すのは、某有名ショコラ・ブランドの名前。

「え…」
「朝のバイトが異様に忙しかったから、昼前にお腹鳴りそうになってさ。快斗がくれたヤツがあって助かった」
「あ、食べてくれたんだ!良かった。甘いの苦手だからどうかなって、思ったけど」
「で、これは志保と寄ったデパ地下で買ったヤツだけど。礼だ」
「チョコ?なんか、すげー高そうなんだけど…」
「ま、いちお。バレンタインだし?試食貰って食べたら、結構美味かったから。それにしても、どこもスゲーのな、売り場」
「…あ、りがとう…っ」

思った以上に、想い人から受け取るプレゼントの存在は大きくて、快斗は小さくお礼を言うのがやっとだった。
本当は嬉しくて叫びたいくらいの筈なのに、胸の辺りがいっぱいになって、声が上手く出ない。
貰えた事も当然嬉しいのだが、昨日から今朝方まで姉がバレンタイン用の何かを用意していた感じは無かったし、14日当日の夕方に買って、そして帰宅してくるということはー。

「へへ。…嬉しい」
「なんだよ。他にも一杯貰ったんじゃねーの?去年と違って今日は学校あったんだし。オメーと同じ学校の制服の女の子もコンビニで買ってたぞ」
「んー。お返しとか、面倒だなって思っちゃって。クラスの男どもにって義理で配ってたヤツ貰ったくらい?ガッコで皆と食べてきたよ。ホワイトデーは資金出し合ってうまい棒で返そうって言ってる」
「お前なぁ…」
「有希ちゃんと志保さんと新ねぇにはちゃんとホワイトデーするから!」

こんなに嬉しい気持ちを、一体どうお返ししたものか。
考える事自体が楽しいな、と、快斗はウキウキして姉を夕飯の待つ食卓へと促す。
快斗の手の中にある二つの紙袋とリビングに運び入れた養母からの贈り物。快斗が大事に思う相手からの、大事な大事な気持ちの
形。快斗が強請る前に与えられたそれらは、本当に貴重で得難いものだった。家族愛でも隣人愛でも、愛は愛なのだ。
優しい気持ちをくれる女性達に、快斗もまた柔らかく暖かい気持ちになる。
ーだが、だからこそ、穏やかに凪いでいて良い筈の心の中に一つだけ、渦巻いている風がある事に気がつかないではいられない。
彼女に対してだけ、暖かさだけではなく、更なる熱さで荒れ狂いそうになる感情があることを実感するのだ。

ー恋に伴う愛は、いつか必ず、手に入れよう。

言葉にはしない。密やかな決心。





ハート型にご飯を盛り、その周りにカレーを注いだ大皿を姉の前に差し出して、快斗は笑って言った。

「ハッピーバレンタイン!」










チョコもいいけどカレーもね!




14×23:2.14


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