姉と弟
姉との二人暮らしにおいて、基本家事は分担制である。大学生にしろ中学生にしろ、お互い「学業」に身を窶す身分だから、分担した分を出来る範囲でやる、という感じ。週毎に各々予定を突き合わせて、食事当番、掃除当番、ゴミ出し係にその他雑用とを振り分けるのだ。

掃除洗濯のお手伝いは物心つく頃からし始め、姉と二人暮らしが始まってからは料理と裁縫を覚え、買い出しが出来るようになってからは家計の管理もしている俺は、中学生ながらに、必要なら一人暮らしも出来るぐらいに「暮らしのスキル」を身につけている、と、思う。
(あいにくと財力はまだない養われの身なので「生活力」ではなく、あくまでも生活「能力」に長けているという話だ。)
そんなわけで、フラフラと外出しては突然の事件や新刊に遭遇して家のことを疎かにする姉に代わって、その分担を請け負うのは別に負担でも嫌でも無かった。

穏やかな土曜の午後。
姉は出勤日で、家に一人。
買出しに行く前に家事をやっつけてしまおうと早々に乾いていた洗濯物を取り込む。
太陽の下に出したのは早朝だったが、昨夜ベランダの内竿に干していたから、早い時間でもスッキリと乾いていた。

―ピンポーン

「ん?」

俺がリビングで小物にアイロンをかけつつ洗濯物を畳んでいると、客人の知らせ。
訪ねてきたのは志保さんだった。
今日は夕飯の約束があるのだと昨日姉から聞いていたが、時間が早かったのでおや?と思ったら、すいと差し出されたケーキの箱。糖尿の心配がある隣に住む博士がコッソリ買い込んでいたモノだという。
「勝手にいいの?」と聞けば「いいのよ。代わりのモノは今日行くお店で見繕うわ。ここの店のは糖分以上に油が多くて良くないから食べさせたくないの」とため息混じりに言われた。俺は心で博士に合掌した後、「上がってく?」と聞いて、ひとまず午後のお茶を提案する。

「いいの?何か、忙しそうだけど」
「ううん、全然!あ、ちょっとだけ片付けしちゃうから、待っててよ。こないだ、新ねぇが貰ってきた美味しい紅茶あるから!」

姉の帰宅を待つにしても早い時間だし、俺も買い物に行きたい予定はあったが、大好物を手土産を持ってきてくれた人を手ぶらで帰すのは気が引ける。

−俺は、残り数枚のハンカチに丁寧にアイロンをかけた。

それから手早くアイロン台を片づけ、紅茶を淹れる。

俺の動きを見ていたらしい志保さんは、俺が自分用のココアを持ってリビングのソファに座ると、俺に言った。

「相変わらず、よく家の事をやるわよね。・・・紅茶も美味しいし」
「へへ。ま、時間あるし。もう新ねぇより得意だよ、家事」
「貴方がそうやって甘やかすから、あの人はどんどんガサツになってる気がするんだけど」
「そっかなー」

あの人とはつまり姉だ。
いや別にあれでいて、やる時は(やれる時、ともいうけど)やるし、多少四角い部屋に丸く掃除機をかけるとか、料理だって幾つか行程を省くがそれなりのものを作るし、時々色落ちしたり色移りしてる洗濯物があったりとまぁ色々大ざっぱな感はあるけど、気になるほどの事じゃぁないですよ、という主旨のことを言うと、深く息を吐いたようだった。

「もう夏休みも近いけど・・・貴方、結局部活や倶楽部には入らなかったの?博士も、もし学校の方で活動したいことがあるなら、助手業はお休みしても良いって言ってたはずよ」
「えー?博士んトコの発明より面白い部活なんか無かったし、家のこともあるから、ガッコは最低限って感じかなぁ」
「学外活動じゃなくて、自宅活動の為に最低限って。まさに帰宅部じゃないの」
「新ねぇに、ざっと中学の教科書三年分見せてもらったけど、今のと違ってるとこだけ把握しておけば、塾も必要なさそうだしさー」

あらあら、と肩を竦め姉弟そろって天才肌ねぇと言われたが、そう言う志保さんだって、同じだろう。むぅと口先を膨らませると、「私は研究肌の凡才なのよ」とこっちの主張を読んだ言葉が返ってきた。

「中学生の趣味が家計簿って寒いわね」
「趣味・・・んー、それは別にあるよ」
「あら。発明?」
「博士の助手は部活に近い感じ?趣味とはちょっと違うかな。勉強になるし」
「他に何かあるのかしら。大抵家にいるわよね?家でしかできない趣味?」

通信でどこかの研究所に出入りでもしてるのかしら、と言われ俺は首を横に振った。そういうこともしてない訳ではないが、趣味ではない。
俺は、さっと志保さんの前で右手の手首を返して ―ポン! 花を一輪取り出して見せた。
まぁ、と冷静沈着な彼女には珍しい軽い驚きの顔。

「そういえば、以前学祭で・・」
「ん。最初はトランプの技ばっかりやってたんだけど。なーんか、他のマジックもやってみたら面白くてさ」
「練習してるの?」
「俺ってさ、結構なんでも器用に出来る方だって思ってたんだけど。マジックってすげー難しくて!でも、出来ると気分良いんだ」
「楽しそうね」
「うん。成功して、さっきの志保さんみたいに、人が驚いたり笑ったりしてくれるともっと楽しい」

笑って言うと、志保さんも、人を楽しませる趣味なんて素敵ね、と笑ってくれた。
久しぶりに褒められたような気がする。
色々と思うところはあるものの、やはり俺にとってはもう一人の姉のような人なのだ。

「結構出来る技つか持ちネタ増えてきてるから、そのうちマジックショーするのが現在の目標。志保さんも招待するからヨロシク!」
「楽しみにしてるわ」
「へへ」

俺は照れ隠しに、皿に置いたシュークリームをぱくり。ああ、美味い。悪ぃな、博士!ともう一度心の中で手を合わせた。
志保さんは、俺が渡した花をしげしげと見ている。言っては何だが、生花である。花が傷つかないよう、元気なうちに差し出さないと、感動がちょっと減るという俺の持論は間違っていないようで「綺麗ね」と感心している姿は、大成功といえるものだった。

「あの人、こういう種を見破るの好きそうよねぇ」
「・・・あー、うん。見破るまでやらさること、ある」
「いくつ見破られたのかしら」
「最初のうちはほとんど。でも、最近は3回に一つはハズレ」
「すごいじゃない」
「鍛錬の賜です」

調子に乗ってエッヘンと頷いて見せると、志保さんは首を少し傾げた後、ついっと俺が羽織っているパーカーの腰あたりを指さした。

「そこ?」
「へ?」
「少し膨らんでるわ」
「・・・いや、違っ」

タネの隠し場所のことらしい。俺は首を横に振ってパッとパーカーのポケットに手を入れた。

「綺麗な状態で出すにはそれなりにスペースがいるものじゃない?それにその慌てよう・・・あやしいわね」

目を眇めてマジマジと注視される。
しまった!と俺は顔がひきつりそうになるのを必死で堪えた。

「・・・」
「・・・?」

ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った時。
俺は取り込んだ洗濯物の前で硬直していて、その音に我に返ったのだ。

そして、その時慌てて手にしていたそれを、つい。

あろうことか、動揺のあまり、ポケットに突っ込んでしまっていた。

客人を招き入れた後、平静を装うために、「ちょっとコレだけ片づけさせてー」と言って、彼女に背を向けアイロン台で作業して―何とか落ち着きを取り戻したものの、ソレを思考外へ追いやることに専念しすぎたせいで、うっかりと処理しそびれていた。

ああ、キッチンに行ったときに他の場所に移しておけば良かった!
アイロンをかけた物の中に紛れこませてしまえば良かった!
何よりせめてパーカーを脱いでおけば…!
―考えたところで、大抵、後悔は先に立たない。
少しでもぎごちない仕草や不自然な行動は取れない、と。「アイロンの続き」「片付け」「お茶酌み」−自らの取るべき行動をごく自然に見えるように動くことばかりに気が向いてしまっていたのだ。

「・・・・」
「ちょっと、どうしたの?」

ポケットの中でソレを掴んだ俺の手はじっとりとした汗ばんできている。きっとソレはクシャクシャだ。もう一回洗濯しないといけないかもしれない。いや、した方が良い。
だが、今問題なのはそこではない。

―違う、俺は悪くない!と見つめてくる女性の視線に泣きたくなった。

「これは、その・・・別のマジックのタネだから」
「あら」
「仕込み、入れてるの忘れてて、ちょっと焦っちゃって」
「見てみたいわね」

誤魔化そうと口にしたデマカセが、より己を窮地に追い込む。

「えっと、まだ見せられる段階じゃなくて、その」
「どんなマジックなの?」

手の中だけではなく、背中でも汗が流れ始めたのを感じた。口ごもる俺に、志保さんが、単純な興味の視線ではなく、不審な物を見つめる色を混じらせ始めている。そうと判っているのに、俺は上手い説明が出来ずに、「あー・・っと、えーっと」と繰り返すばかりだ。
IQがとかく高く頭の回転が常人とは違うと言われる俺だが、こんなにも頭も口も回らない状態に陥ることは珍しい。

―だって、仕方ないじゃないか

俺は何度も注意したのだ。
俺も中学生だし、身内のだと判ってても落ち着かないから!って。もし男友達がウチにいきなり来て見られたら困るから!って。代わりに、俺のも自分の部屋で干すし、触らなくていいから!って。
それなのに。
それなのに・・・!

「何を隠してるのかしら」

スッと志保さんの目が鋭くなる。姉に劣らず、この人の眼力も半端ない。街中でナンパをかますもののこの鋭利な目と舌鋒に裸足で逃げ出すバカな野郎どもの涙目の理由がよく解った。

押し黙る俺から、ふっと視線を外して、彼女はゆっくりと部屋を見渡した。キッチンを少し見遣ってリビングへ。それから日当たりのよいベランダへ目を移す。そして再び窓際から、部屋の隅に片づけられたアイロン台と畳まれた洗濯物を眺め、書棚、我が家の連絡用ホワイトボード、そして、ソファの前のお茶―俺へと戻って来た。

「私には見せられないもの?」
「志保さんに、つーか・・・」
「貴方の態度・・・見られたら不味いモノを他人の視線から隠そうとしているというよりも、持っていては不味いモノを隠したがっているように見えるのだけど」
「・・・・・・」


「来たとき、洗濯物を片づけていたわね」
「・・・・・・」

「男の子、なのね」
「・・・・・・」

確かめるような台詞にどんな否定も誤魔化しも出来ないでいる俺の前で、最終的結論を導き出したらしい彼女は、しかし最後に「大丈夫よ」と言った。
俺は驚いて、顔を上げる。
そこには軽蔑や怒りを含んだ表情はなく、彼女は上品に紅茶を口に運んでいた。

「え・・・」
「どうせ、あの人が面倒がって貴方が仕分けしたモノの中に放り込んだのでしょう」
「な、なんで」
「『最近、快斗が裸同然で歩き回るな、下着は別に洗って干せってウルサイ』ってぶーたれていたわ」
「・・・新ねぇ・・・」
「弟とはいえ、中学生にもなれば色々気になってくる年頃なんだから、年上の方が気遣ってあげなさい、って言ってるんだけどね」

呆れた声は姉に向けたものだろう。

「自分の興味や欲望を抑えて、口酸っぱくお姉さんに忠告する貴方がそうそう大胆な真似をするとも思えないし」
「・・・よ、欲望って!」

あんまりな単語に座っているソファに埋まりたくなるが、彼女の淡々とした口調に救われ何とか体勢を保っていられた。
信用、されているのだろうか。はたまた男として未熟だと思われているものか。
「口酸っぱく」は確かに言っている。風呂上がりにタオル一枚で部屋を歩き回ってる時なんか、怒鳴ってさえいたから、もしかしたら隣人に聞かれていたのかもしれない。

「志保さん・・・あの、」
「正直に隠しているモノを差し出せば、貴方のお姉さんには黙っていてあげるわ」
「・・・」

黙っている、というのは何を指して沈黙を守るという話だろう。
だってまだポケットの中のソレはばれてはいない。
見られては、いない。
現行犯でもなく物証が上がっていない以上、犯行を押さえたとは言えないのだ―とは、事件捜査中に姉が言ったことだったか。
ならば、まだ何とかこの追求を逃れたい俺だった。

―だって、さすがに、これは

「それとも、私の推測を貴女のお姉さんに話して推理してもらう方が良いかしら?」

ニッコリ笑う隣人。
どう考えても、俺に勝ち目はなかった。





【ぽっけの中身はなんでしょね】



***   ***



「あら、これ」
「見たことないヤツだったから、つい見ちゃってて、そしたら、玄関の呼び鈴が鳴ってビックリして!」
「可愛いでしょ」
「別に盗ろうなんて思ってなかった!・・・って、え?」
「私が選んであげたのよ」
「へ・・・へぇ。通りで…」
「スポブラに併せて無地だの、布地の面積が狭いのは機能的におかしいだの言って、いつも色気がないんだもの」
「そ、なんだ・・・」
「でも、これ手洗いよね・・・?」
「!してないっ。そりゃたまにブラとかは洗うけど、付け置きが殆どだし。ソレは、夜に干した時は無かったから・・・後から新ねぇが自分で洗濯ハンガーに掛けたんだと思う」
「保護者が不在の家で女性の下着を出すのは不用心じゃないかしら」
「外干しするハンガーには干さないで、って言ってるのに、何時の間にか混ざってたんだ!俺だって気づいてたら、新ねぇの部屋用ハンガーに掛け直してるよ。いつもそうしてるし」
「・・・・・・」
「アイロンかける小物に適当に入れてたら、なんか、スカーフの下に紛れ込んでて。見たことない柄物だったら最初はホント、気がつかなくて!」
「わかったから。・・・そんな泣きそうな顔しなくても、あの人には言わないわ」
「!お願いします・・・っ」

「貴方、本当にあの人を甘やかしすぎよ」



(これまで何かと不用心なこともあったし・・・男女の意識を家の人間がきちんと持っているのは良いことよ。まぁ姉弟間の性差意識じゃないみたいだけど?)
(下着って、「いつも色気ない」って・・・女友達って把握してるモンなのか、な?)

13×22:弟は思春期・内緒のポッケ


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