姉と弟
離れて暮らしている俺の養父母は、義理の息子である俺にとてもよくしてくれる。(なにより、この姉を側に置いてくれているのが素晴らしい。)
しかし普段近くで暮らしていない分、手と愛情の掛け方はかなり大雑把だった。
気紛れに掛かってくる国際電話は月に一回あれば良い方で。
「元気かい?何か困ったことはないかな?」という定型文句に続く二言目には「ま、姉弟仲良くやっておくれ」である。
基本的な事は姉任せ。
と言っても、ここ1,2年は家のことは俺任せである。

小学校の家庭科の授業に調理実習が加わってからは、俺はサプリとシリアル、コンビニ任せな食卓の改善に努め(いや姉だって多少料理は出来るのだが、忙しさと寝起きの悪さが家事を遠ざけ、隣人が何かとご飯のオカズになりそうなものをお裾分けしてくれていたからそんなにやる必要がなかったりした)、大きい数の足し引きは勿論、割引率と消費税の計算が出来るようになってからは、買い出しと家計のやりくりを覚えた。

小6の春休みにロスへ行ったら、自分の裁量でやってみなさい、と家族カードを与えられたくらいである。これは、元は姉が持たされていたカードだが、食費よりも多大な金額が本につぎ込まれているのを父母に見咎められ、実質取り上げられたのだった。

お陰で、姉は今はお小遣いを強請る身である。―弟に。
大学生が中学生に「今月水増し頼む。新刊ラッシュなんだ!」と頭を下げる図は、何だか、滑稽で物悲しい。
姉の威厳など、彼女の愛する推理小説の一ページ分もない位ペラッペラである。

弟に基本手厳しくしかし大概甘く出来てる姉に育てられた俺は、当然姉に甘い。
しかし、月々使用可能額と決めている資金のうち、次の月への繰越金がイコール俺の自由になるお金になるので、余り紐を緩めてばかりはいられないのだ。

そして今日も今日とて。

月初めと月の終わりにキツイよりはと、月の半ばに生活費の仕分け―姉の取り分を渡すと、早速姉がお伺いを立ててきた。

「かーいーとー」
「ダメ!」

猫撫で声を出しながら背後から抱きついてきても、俺は振り返らない事にしている。

「来月分前借りでさ!」
「…再来月分まで貸しにしてんの忘れてんの?」
「あれ」
「あれ、じゃねー!」

財布を預かる身として、大まかな項目ごとに幾らかの予算を割り振っておいて、ノートに週に一回大体使った金額を書き込んだものを、月々の家計簿にしている。本当は細かくレシートとか添付すればいいのだろうけど、あの紙はすぐ増えるしそこまでするのは結構面倒だ。そもそも家族カードに眠る金額は大きくて、ちまちま付ける意味があるのかどうかすら微妙な気持ちになる。
姉が湯水のように使っていても本当は問題ないのだと思う。月々この位で、と言い渡された金額だって世間一般からすれば高額だ。住んでる所は持ち家でタダだし、水道光熱費自宅電話に学費と数種取っている新聞だって引き落とし。結局のところ、分配してやりくりする経費は、食費と俺と姉の私的経費くらいのものなのだ。お小遣い帳と変わらないような気がする。それでも俺は「マトモな金銭感覚を身につけたいなら、月幾らって決めて、それで遣り繰りしてみるのが一番よ」との養母の助言を大事にしたいと思い、追加補填だけはするつもりはないのである。
ついでに、予算割り振りの修正も。

「つか、そもそも設定金額がおかしいだろ。大学生は色々モノが入り用なんだぞ」
「モノ・・・ね、モノ」

飲み会がある、とか。ゼミ合宿がある、とか。
最初の内はその都度言われるまま彼女が必要だという金額を渡してきたが、突発的に必要になる費用を予測して蓄えるクセを付けた方が良いだろうと、今はそれらも込みで渡しているのに。姉は相変わらず、手元にある紙幣を別の紙に変身させてばかりいる。

「本しか買ってねーじゃん!新しい服でも、って先月言ったから融通したのに、結局増えたの本だけだったくせに」
「いや一応服屋には行ったけど」
「せっかく志保さんとショッピングだったのに、途中で本屋に行ってたんだってな?」
「あれ」
「あれ、じゃないから!志保さんに愚痴られたんだぞ。珍しく服選びに付き合ってって言われたから足延ばして大きいsc行ったのに、途中で消えて探すの大変だったって!」
「普段行かない本屋があったら入りたくなるもんだろう」
「センター内じゃない古書店ってのはさ、事前調査済みでもなけりゃそもそも見つけられるないと思うんだが」
「・・・いや、あれは」
「しかも携帯繋がらねーし」

ジトーとした目で、怒らせるととても怖い隣人に愚痴られた恨みを込めて、ゆっくりと振り返ってやれば、半笑いで眼を泳がせる姉。『貴方のお姉さんのことで、今すぐ調べて欲しい事があるんだけど、いいわよね?』と。結構楽しそうにその日の朝姉と共に出かけていった女性が、冷えた声で姉の行きそうな場所をリストアップしろと遠隔命令をしてきたのは先週のこと。
色々大変だった。

「…あれ?」
「やっぱ確信犯じゃねーか!」

分が悪い事を悟った姉は、肩を竦めて「またバイトすっかなー」と呟く。

「また、クビになるのがオチだろ」

呆れて言えば、姉はゴインと俺の頭を叩いてきた。

「ってぇ!なんだよッ」
「生意気だ!」
「事実を指摘しただけですー」

俺も結構しっかりした中学生になったし、大学生なんだから必要経費ぐらいは、と姉はバイトしていた事がある。
だが、とにかく長続きしない。
いや根気と順応力はあるのだ。私生活では治しきれない乱暴な言葉遣いもTPOに合わせて隠せるし、猫も被れる。バイトの面接は殆ど通る。採用だってされる。
それなのになぜか、と言えば。

ひとえに姉という人間の性分というか、天命?宿命?としか言い様がなかった。
彼女は、与えられた仕事以上の仕事をしてしまうのだ。
例えば、万引き犯の確保。
例えば、痴漢の確保。
ここまでなら、まだ全然感謝だってされるし、問題はない。
だが、裏帳簿の発見。脱税や、商品の不正流入、密輸やらの摘発と姉の活躍は続く。
これらは雇用主である―つまりは姉の上司となる組織の犯罪であるからして、後ろ暗い事を嗅ぎ回られた彼等は、とにかく直ぐに姉を解雇し、その後税務署や警察の手入れを受けては痛い目を見るのが常である。
姉を雇用後1週間と経たずに事業主が逮捕され潰れた会社もあった。
当然、姉は一部の人間に感謝はされるが職を失って、大学の講義がない時間はブラブラと本屋や図書館に入り浸る日々なのである。

「図書館で我慢しといたら?新ねぇ。あ、そういや、新着図書がそろそろ出る頃じゃねーの?」

そう言うと、姉は「行って来る!」と言って、素早く出掛けて行った。

姉が去った後、家計簿的ノートを眺めながら、俺は溜息を付く。

「あー、今月も特売に期待するしかねーか・・・」

情報社会において、社会状況に即した情報を得る機会(つまり新聞)を惜しみなく与えてくれる彼女の両親のおかげで、チラシには事欠かない。
商品と値段を見比べるうちに、中坊にして、どこの店なら何が安いか、とか。セール時期がいつくらいか、とか。所帯染みた知識が増えたなぁと思う。

今月分を渡した途端の猫撫で声発生からして、おそらくお強請りはまだ続くと経験から察した俺は、多種多様な栄養を安価で得る技術をまた磨かないといけないんだなーと悟っていたのだった。








自立しきれぬ生活風景




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