ポーチドエッグは、サラダに乗せて。 ゴマ風味、イタリアン風と銘打たれたお手軽ボトルなドレッシングと、まぁコレさえあれば間違いなしなマヨネーズとをテーブルにのせて「好きなのかけろよ」と言えば、名探偵はちょっと食卓を見回した後、醤油に手を伸ばしてエッグの上に一回り垂らして、たるんとした卵の乗っかった野菜の山を崩した。 ベビーリーフとレタスとパプリカで彩った野菜の茂みを、フォークでザックザックとかき混ぜる。 突き立てるように、ザックザックと。 「……」 「……」 醤油というのはそれ単一で和を感じさせるが、本日の朝食はサラダの他はトーストとコーヒーとヨーグルトという簡単洋風テイストだ。いや醤油の位置づけとか、それはどうでもいいが、動作の端々に怒りとか苛立ちがモロに出ている。 探偵だってポーカーフェイスとかすべきじゃないかと思う。 まぁ起き抜けにからかったのは良くなかった。…かもしれない。 こっちの視線を完全に無視して無言。 しかし手は容赦なくエッグもろとも緑も黄色もぐちゃぐちゃにしているわけで。 触らぬ神になんとやら。 嘘をつくのが仕事と言われたお口にはチャックを。 「いただきます」 「…っただきます」 しかし、不意に彼が ぱん と手を合わせて食への謝辞を述べる。 不意を打たれた俺も、慌てて手を合わせた。 *** *** *** 「今日の予定は、どうすんだ?昨日みたいに適当にしてていいのか」 朝食後、8時〜11時は自由行動*ただし室内。―タイムスケジュール上。 ちなみに、13時から18時までも同じ内容である。 ようは、ここから出なければ基本的には探偵はフリーなのだ。 ごくごく狭小範囲内における自由。 「適当でいいよ。オメーの部屋の棚のどっかに、オメーが好きそうな書物が入っていたはずだぜ。ゲームしたいなら居間のどっかにあったし。テレビはつかねーけどな」 「新聞も無し、ラジオもなし、…電話線も引いてないって、周到すぎる建物だよな」 「通気口もダクトも見あたらねーしな。換気扇は細かったろ?」 「……」 昨日の時点で、その狭小範囲を調べ捲くったであろう探偵は、食後にもう一杯のコーヒーを自分で淹れていた。 インスタント。 ポットからお湯を注げば出来るので楽だ。しかも俺のと違って、小学生のカップには砂糖もミルクも入ってなかったから、更に手間が掛からず楽チンだっただろう。―よく飲めるもんだ。舌は子供化していないのだろうか。 「窓もない、玄関が見当たらないってのは遣りすぎだと思うが。建築基準法はどうなってやがるんだか」 「不思議だよなァ」 「…ねぇねぇ、ボク、キッドさんの部屋に入ってみたいな!」 うわ、気持ち悪ィ!と反射的に思ってしまった俺に罪はないはずだ。 なにせ中身は、名探偵。 調べたところに拠れば俺と同じ年の。 いくら見た目子供で演技し続けてきたからって、正体を知っている人間に通じるとでも思っているのか。 ―思っているわけがない。嫌味だ。嫌がらせだ。この考えは絶対に間違っていないだろう。 なにせ、にっこり子供らしく笑って言った直後に、荒んだ顔になって「まぁ勝手に入ってやるがな」と呟いた口元が読めた。読唇術は怪盗の基本技能だ。更には読まれていることも知って、じっと彼の顔を見ていた俺を見返してニタリと笑った。今日最初の笑顔がコレか。 恐ろしい。 入室を許可する気のない場所への不法侵入宣言=犯罪予告だ。 |