「よ、大分ごゆっくりだったな」

「…まだ、やるのか。要らねぇって言っただろ」

扉を開け手洗い場に向かう途中、台所から顔を覗かせた相手は『工藤新一』だった。
だが、昨日ほどの不快感はない。
見知った人間よりも己の姿を取られるのが嫌ではないとは奇妙な感覚だ。
だが、理由は判る。
俺が俺である限り、この『工藤新一』は土井塔やメイド以上のファントムであり、この場において―コイツと俺しかいない空間にあって―俺に為る事など無意味だからだ。

ここを己の居場所と見い出せない上、俺と彼を取り違える者の居ない場所で俺の姿を取ったところで、誰が彼を俺だと認知するのだろうか。

俺の目の前にいるのは、俺の姿を真似た怪盗に過ぎない。いや怪盗らしき犯罪行為の臭いもなければ、それこそ怪盗であろうが意味はない。

敵とはいえず、しかし味方でもない。
あえて言うなら、ストレンジャーとでも呼ぼうか。
見知らぬ誰か。
何処からかやって来て、何処かへと去る者。

その点からすれば、あの時俺に正体らしき姿を晒したのは、コイツにとってはかなりの失態になるだろう。

俺は、別にあの家を、コイツを目的に訪ねたのではなかったのだから。


思い出した全て。
いや、もしかしたら、まだ欠けているのかもしれないが、取り戻すべきものは、俺の頭の中にあった。
勿論そこには、あの少年の家を尋ねた原因も。


  **  **  **


あの時点までの俺の記憶の中に、あの少年は存在していない。

『あの姿の僕の所に』『留守にしていた』『工藤新一が』

俺と怪盗との接点は、俺の認知している限り『江戸川コナン』を通してのものだ。
つまり、その後に―元の姿になった俺から取ったというコンタクト。
それに該当しそうな事。

辛うじて、何とかこれか?と思い当たる事が一つだけ。

目的は(おそらく)コイツ(の中身)の家の『隣家』だったのだ。
怪盗キッド専任と主張してやまない警部に聞きたい事があった。
しかし居ると聞いたのに留守であったから、何か日課的な―例えばジョギングや、買い物にでも出ているのかと思い、生活習慣や日常的接触を持って不在の隣人の動向を知っていそうな隣家の人間に事情を聞こうと思い、『黒羽』と表札の掛かった家のインタフォンを押した。

そして、勘違いをされた。

『あら、快斗のお友達かしら?』

直ぐに否定をしなかったのは、丁度、眼の端に目的の相手を見つけたからで。

『ごめんね〜、あの子ったら今いないの』

と言われ、訂正せずともその場を去ることが出来ると思ったからだった。
同じ年頃の息子でもいるのかとは思ったが、この家の人間に聞きたい事は何も無かったし。

『そうですか、では』

とだけ言い残してその場を去った。


  **  **  **


怪盗には申し訳ない気がしたが、…こればかりは笑うしかない所だ。

ココを出て―『アイツ』とその後ろに居るであろう『奴ら』を完膚なきまでに叩き潰したら、再度あの家を訪ねてみようか、と思った。

奴ら。飛び飛びに点在する記憶の中、俺が知っていた事は、例の組織の残党の中の主に『奇跡』を起こす薬物の精製に関わっていた化学者ドモが不穏な動きを見せていたということ。あの組織の人間はその殆どが表の顔と裏の顔を使い分けていて、大元を叩いても追求の手を逃れる隠れ蓑を持つメンバーが複数いることは判っていた。
宮野博士の遺した資料を求めてか、あの時期にかつてのかの少女の生家や墓が暴かれたという報せが入った事で、少しずつ狙いと繋がりが見えてきていた所だったのだ。
何せ俺の前に出現した新たな『工藤新一』は、まさに『工藤新一』としての生活記録さえ備えていて、骨格的部位から整形を加えられ、かなり精巧に似せて存在したのだ。それこそ、幼馴染が違和感を覚えないくらいの完成度の高さ。
そのクセ『工藤新一』として何がしかの活動をするでもなく。
あくまでも、姿をチラつかせて、周囲の反応を待っていた。―その得体の知れなさは、背後に力のある何者かの存在を匂わせていた。

おそらく俺が不在の間に、かの組織を潰すのに手を組んだ彼らが先に何か手段を講じているかもしれないが。
俺抜きで片を付けさせて為るものか、と思った。

だから、俺は俺の顔をした怪盗に告げる。



「扉を開けろ」




2011/03/08 00:02 !
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