「コナン君、お風呂はどうする?身体を拭くだけにするかい?」 夕食後、寝すぎた、と言って居間でDVDを眺めていた背中に、声を掛ける。 画面に映っているのは『探偵左文字』シリーズの第何作目かだ。 彼が好むであろう古い『ホームズ』の映画なんかも揃えてあるのに、ドラマシリーズのそれをセレクトするのが妙にお茶の間的で、子供の姿には似合っているのに名探偵っぽくない気がして、何だか笑える。 しかも、意外にシッカリ観ているし。 振り返らずに、上の空の返事。 「コレ終ったら入る…」 お前は子供か。 いや、見た目はそうだが。 中身は…さて、まだ子供なのだろうか。 「先に入れば?」 「へ?」 「あ」 発した言葉の可笑しさに直ぐに探偵も気付いたのだろう、思わず、といった顔で振り返って、何でもねぇ!と首を振った。 和やかにも程がある遣り取りだな、と思わずにはいられなかった。 この姿のせいなのだろうか。 怪盗と探偵の間にあるべき緊張感はドコだ。 ―その時はそう思った。 だが、決して探偵は気を緩めていたのではなく。それどころか、酷い緊張状態を続けていたらしかったのだ。 鋭い眼差しが外部に向いていないからといって、彼が探偵であることが途切れるワケも無く、絶えず休み無く、続いていたということだ。 ** ** ** 「一体どうしたっていうんだい」 「……」 ぐったりとした身体。 熱い。 しかし、コレは内部的熱の再発露ではなく、完全に湯あたりを起こしての熱さだった。 ドラマのエンディングテーマ曲の途中でテレビの電源を落とした探偵は、「お湯貰うな」 と言ってお風呂場に向かった。 俺は俺で相手が本当に風呂場に入ったのを確認して、その不在時間を利用し、ちょっとした作業を―探偵が壊した部屋の差し入れ口の修理を―していた。 果たしてこの扉に今更意味があるのか、と思わないでもなかったが。 いや元よりこれは俺ではなく、探偵の為に誂られた部屋なのだ。彼の知識と記憶とを確認するための、そして彼の行動を制限するための。 「…っと。これで終わりー」 ネジを回し終えて、小型サイズのドライバーをくるりと指先で回した。 扉の内と外から、不具合が無いかを確認する。 「結構時間食ったな」 一体どんな細工、いや破壊をしようとしたのか、奥で潰されたネジは中々抜けてくれず思いのほか手間取った。結局全体を取り外しての作業になったのだ。 「…台所か?」 時間にして一時閑弱程度部屋前にいたが、湯上りの探偵は現れなかった。 9時も近いし、そろそろ部屋に戻ってきてもいい時間帯だ。 探偵がこの部屋に戻るべき時間を越えた場合、こちらがそれなりの強硬手段を取ることは知っているはずだが。 それとも、またテレビでも点けてさっきの続きでも見ているのか。 しかし、居間にも台所にもその姿は無く。 俺は些か嫌な予感を覚えて、風呂場に向かい―そして、脱衣場でぐったりと座り込んでいる探偵を発見したのだった。 呆れながらも、力が入らないらしく、ぐんにゃりとした身体を抱えて、とりあえず居間の座布団の上に転がす。 水を飲ませよう、とコップを持っていけば、少しだけ身体を起こして口にした。 段々と溜まった熱は抜けて行っているようだ。 落ち着いてきた顔色と息遣いに幾らか安堵しながら、一応苦言を呈す。 「具合が良くないのに…無理に入ることはなかっただろう」 「うっせぇ…」 「また熱とか、頭痛をぶり返す事になるよ?」 「…っ」 「…コナンくん?」 お小言は聞きたくないのか、と思ったが。 違った。 顔を歪めて―探偵は、『俺』に向かって苛立った声を放ったのだ。 「そうやって、他人に成りすますのは楽しいか?!」 「テメェは、怪盗KIDだろう。わざわざ他人の姿を取ってんじゃねぇ」 「ヒントになる?ならねーよ。オメーは怪盗だ。俺にとっちゃソレ以外の何者でもねーんだ」 「コ、コナンくん?!」 ダルくて重いだろう身体を起こして、探偵は刑事の胸倉を掴んでくる。 「表層を真似て、警察だの他人の眼を欺くなんざ、出来たところでその場しのぎの猿芝居だろうが。意味のねぇその格好を今すぐやめろ。まだ土井塔なりメイドのほうがマシだ」 ギラギラと睨む眼は鋭すぎて、あの一見気弱そうな刑事なら確実にトラウマものだ。 「あれ、もしかして、高木刑事が拙かったのか」 「蘭やおっちゃんもよせ、白鳥刑事もな」 「おっと…」 「顔見知りに化けられてると、苛々すんだよ」 「結構似てる自信あるんだけどな?」 「見た目の問題じゃねぇ」 なるほど。 接点を持つ人間は、それだけ探偵にとっては違和感を持たざるをえない相手になるのだろう。『高木刑事』と『江戸川コナン』でしか知り得ない遣り取りを聞かれ応えられなかったように。怪盗の情報収集力に自信は持ってはいるが、彼らが積み重ねてきた時間の上に立った演技は困難だ。というか、名探偵を相手に不可能。まぁ判っていてやっているのだが。 ―ソレ(違和感)が、気に食わないのか。 俺が変装することが気に入らないのか。 まぁ、大元を言えば現状自体が不服であり、もどかしい状態なのだろうが。 どれも彼の態度の理由としてありそうで、そのどれでもないような気もした。 俺に向かって怒鳴りながら、苛立った顔を俺に向けているのに。 八つ当たりをされている気がしてならなかった。 |