「…寝てる…かー」 下拵えしていたハーブ漬けにした鶏肉はグリルに入れたし、各種野菜を取って栄養が得られるようにと卵も入れた薄味のミネストローネ風のスープは温まっている。サラダはレンジでチンしただけの温野菜だが、生よりは食べやすい筈だ。主食はパンでもライスでも食べやすい方を口にすれば良いと、どちらも出せるようにしてある。食欲があればデザートでも、と冷蔵庫で冷やしているのはトマト果汁とフルーツを併せたゼリーだ。 あとは、食べるべき人間。 もしかしたら起きて食べるかもしれないと、食事はまだよそっていなかった。 そっと開いた扉の先では、寝ているのに眉間に皺を寄せ顰め面の探偵君。 妙に老成した風の寝顔である。 なんだ、夢の中で殺人事件にでも出くわしているのだろうか。 …あり得るな、と思い俺は寝顔の探偵君と同じに渋面を作った。 中身がアレだと解ってはいるが、子供であるのに子供らしさの無い姿は座りが悪くて何とも言えないものだ。 「…ぅ、めぇ」 「めぇ?うめぇ、とか?…に、しちゃ楽しい顔じゃねーしな。魘されてんのかなー」 起こしたほうが良いかも知れない、と思って音を立てないようにベッドに近づく。 別に気配を濃くして覚醒に近い場所にいるであろう探偵にプレッシャーをかけても良かった。先程の様子からすれば、更に眠りを取って大分回復はしているだろう。 だが、まぁ病み上がりだ。 今朝方のメイド的献身意識を刑事姿の中にも置いてみることにした。どうやらこの刑事は、単なる子供としてこの小さき探偵に接していただけでもないようであったし。 「コナン君、ご飯が出来たよ」 「…ぇ、た…高木けい…?」 「魘されていたみたいだね。大丈夫かい?」 「…高木刑事、俺」 ―…? 「俺は―」 ぼんやりした眼のまま、小さな手が伸びてくる。 どうしたんだ、まだ寝とぼけているのか。 「大丈夫か、名探偵」 慌てて、俺は俺の声で彼に呼びかけた。 ぴくり と手が震えて、大きく見開かれる眼。 「俺が判るか」 「……コソ泥野郎、だな」 「怪盗ですよ、怪盗」 即座に訂正すれば、探偵は眼を眇めて、鼻で笑った。手は俺ではなく探偵自身の頭に伸びて、手櫛として小さな頭の髪の毛を軽く払った。 俺は少し安心して、再び声を変えて話しかける。 「ご飯が出来たから呼びに来たんだ。…何か変な夢でも見たのかい」 「ゆめ…?…あー…忘れた」 瞬きを幾度か繰り返した後、視線を彷徨わせて、ややあってポツリと返事。 「夢の中でも事件に遭っちゃって、てっきり魘されているのかと―」 「…ああ、多分、そんな感じだな」 よく覚えてねぇや、と更にぶっきらぼうな言葉が返ってきた。 ** ** ** 器用にナイフとフォークを使う。 洗い物が増えるのを承知で、サラダとスープとメインにデザートにと使う道具を並べた。 迷うことなく、目の前の子供はソレらを使い分けた。 テーブルマナーは完璧に身に付いているガキの姿に、過去の己をつい思い出す。 最低限度のマナーを身に付けなければ、敬愛する父親と外でテーブルを囲む事は適わないと両親の態度で示されてから、俺は猛特訓したものだ。 いや、連れて行けないと言われたのは一回くらいだったと思う。 お前にはまだ早い、と。 けれども、どうしても、(着飾った母親はともかくとして)カッコイイ姿で出かける父親に付いて行きたい一心で、元々良い記憶力を全開にして、各国様式のマナーを頭に叩き込む勢いで覚えたものだ。 だが、やはり実践では途惑うことが多かった。 食べ方や順番に悩んだ時は、照れ笑いという名の仮面で誤魔化して。 けれど、それが真に恥じている事は簡単に父親にバレてしまうものだから、カッコ悪くて情けなくて、一つミスるとそれから先の皿の味が判らなくなる事もしばしばだった。 そんな時、父親は言ったものだ。 内緒話をするように、ちょっと笑いながら。 『判らない時は、そぅっと周りを見るのさ。それでも判らなくなったら、自分が一番美味しいと思う方法で食べたら良いんだよ。食事は楽しむものだからね。特に、愛する者と一緒なら』 もう連れて行けないよ、などと言われたことは無かった。 父や母は決して子供を厭っていたのではなく、俺の早熟かつ既に非常に高くあった自尊心を心配していたんだな、と今なら判る。 それと、ああいったコース料理では、よくよくメインとして運ばれてくる皿に乗って来る悪魔の料理へ―俺がどんな反応をするかの懸念があったに違いない。 器用に肉を切り分けて口に運び、きちんと口の中のモノを飲み込んで。 (非常にマナーに則っている。育ちだろうか、やはり) それから探偵は不意に俺を見て口を開いた。 「…思うんだが。やっぱりさ、偶にはさか」「お酒は駄目だよ!?コナンくん!!」 「いや、酒じゃなくて、さ」「じゃあ笹かまかな!?仙台に勤務してる同僚が時々送ってくれるけど。んーでも、悪いけど、ここではそういうお取り寄せには対応しきれないんだよねー、ボクも。ゴメンねぇ」 「……さか」「酒蒸し?明日くらいにね」 「さ」「さくらんぼ?ゴメンね、今日は用意してないや」 「いや…いや、わかった。もういい」「え?どうしたんだい?コナン君」 そうそう。 黙って、出されたモンだけ食いやがれ。 危険な単語を食卓に登らせないために頑張る俺の姿が、『高木刑事』だから、と探偵が思ってくれる可能性は何パーセントくらいなのだろうか、と冷や汗を掻きながら考えてみた。 非常に低い数値しか取れそうに無い気がした。 |