眠りとは二種類のリズムによって構成されている。 脳が深く眠っている状態と浅い眠りの状態が一定間隔で繰り返される。 いわゆるレム睡眠とノンレム睡眠。 そのうち夢を見るのは、身体は眠っていて脳は起きているレム睡眠の状態にある時だ。 この状態のときの脳は、催眠や暗示を受け容れやすい状態と酷似していると何かの本で読んだ事がある。 つまり、恣意的に夢を操作し、鍵の掛かった記憶の奥底をこじ開けることも―出来るかも知れない、と熱に浮かされ朦朧としながら考えた。 自己催眠。 出来る事が己に問いかけ続けることだというなら、今の状態が使えそうだ、と思う。 はたして微かな知識で行う暗示が功を奏するかは確証は無かったし、一つの方向性に向けられた意識が正しい記憶を揺り起こせるかについても同様だった。 けれど、何もしないでいられるはずもないのだ、己という人間は。 白い天井がぼやける。 何度目かの眠りに落ちてく感覚。 落ちて、そして、浮上して。 『ねぇねぇコナンくん?』『どうしたの?江戸川くん』『なんだぁコナン?』『コナン君?』 ―これじゃない 少年探偵団の顔が浮かんでは消える。 いつかの学校の帰り道。 夕焼け。夕暮れ。 夕暮れ… ―夕暮れ、夕暮れ、夏の 欲しいのは『あの日』の夕暮れの出来事だ。 モノクロのようなセピア色のような情景はそのままに。 不意に地に向けた足元から伸びる影は真っ黒で。 もう一つの影に気がつく。 これがあの日のモノならば、と影の元に眼を向ける。 しかし影に切れ目は見つからず、ゆらりと陽炎のような中に浮かぶ…影法師。 『よ!久しぶりだな、コナン』 話しかけてきた、背の高い影法師の声は妙に馴染み深くて。 ああ、夢だ。 唐突に理解する。 見たい夢のはずだが、事実と違うのなら、余計な印象は不要だ。 だって、コレが正しい記憶であるはずがない。 『買い物か?蘭に頼まれたんだな。偉いぞー』 『どうした?変な顔して…』 『コナン?』 違う。 ちがう、ちがう、ちがう。 「俺、は…!」 思わず上げた声は、一気に意識を現実へ引き戻す力を持っていた。 「…夢?」 眼を見開いて、荒く息を吐く。 不思議と頭の痛みは無かった。 けれど、全身が冷や汗を噴いた感覚。動悸。思わず胸元を抑えようとして―その手までが震えているのが解った。 「ゆめ、だろ…」 その証拠に、浮かんでいた映像は何処かへ消えてしまったじゃないか。 ** ** ** 「…なんだろうな」 何度目かの目覚めの後、水が欲しくなって―そして、また変な失敗をしない為にもと多少動くようになった身体で部屋の外に出れば、見知った刑事の顔。 半ば呆れつつも、数時間前の失敗の謝罪を口にして―それだけでさっさとまた一眠りしようと思っていたのに。 『高木刑事』ではないクセに、妙に知ったような口を利く怪盗にイラついて、奴が知りそうにない話題を振って。 そして、…更に苛々は増していた。 「まだ、ダルいせいか…?」 額に軽く手を当ててみる。 知らず寄っていた眉間の皺に気付いて、軽く親指と人差し指で詰まんで解した。 訳知り顔のあの刑事を使った姿は、かつて見たことのあるモノだ。 正体を見抜いた上で、丁度良かったので探し物をするのに手伝わせたりもした。 変装している怪盗など、記憶を探れば幾らでも出てくるというのに、医大生やメイドを見た時とはまた別種の感覚が不思議だった。 まさかオリジナルの高木刑事に何か含むところでもあったっけ?と考え込んでしまう。 しかし。 思い出したのは、時に気が弱く頼りの無い風情であるのに、犯人確保には全力を尽くし、悪をくじき弱きを助けようとする気の良い刑事の姿だった。気の良いだけでなく、真摯で、そして殊恋愛に関して鈍い姿から平素もそんな印象を受がちだが、感の鋭さはかなりのもの、という人物。彼のおかげで小学生の姿でありながら幾つかの事件に関わる事が出来たのだ。 「変装ショーにつき合わされてるせい、とか」 ありそうな気がした。 あの怪盗の作り上げる舞台や謎へ挑むのはまぁいいとして、対峙していると妙に人を食ったような態度に馬鹿にされているような気になるし、なにより、…疲れる。 ** ** ** 再びベッドに横たわり―またも映像が脳裏に浮かぶ。 いつか見た夢。 繰り返してみる夢はいつしか内容を反芻することも可能になる。 『工藤くん、大丈夫?』 灰原だ。 ―何を懸念している? 自分は健康のはずだ。 『何がだよ』 返した言葉は己の意思か記憶にあるものなのか判別が難しい。 『だって、あの薬はまだ―』 『解っていて、飲んだんだ』 それでも飲まないわけには行かなかったのだ。 江戸川コナンは、コナンこそが、工藤新一なのだから。 |