「なぁ、『ソレ』はオリジナルがいるのか?それとも作った物なのか?」 メイドの手から朝食を食べた探偵に気をよくして、更に昼も同じく世話を焼いてやろうと熱々のコーンポタージュを準備し―ふぅふぅでもしてやろうとしたワケだが。(さぞかし嫌がるであろう姿を想像したら笑えたからだ。とはいえ、か弱き子をお世話をするメイドの図に萌えという想いを抱いたのは否定できない。いや、しない。) しかし、早々にスプーンは奪われてしまっていた。 大分回復したのか、コレ以上怪盗の手を借りるのを嫌がったのか。 まさかメイドだから、という事はあるまいな。と、考えつつ様子を見ていたら、不意に探偵が尋ねてきた。 「瑞紀は、鈴木次郎吉小父様の屋敷からお暇を頂いてから、流浪のメイドとして…」「聞いてねぇ」 ついでに探偵は、俺を見もせず、スープを掬って息を吹きかけていた。 熱すぎたので、冷ますまでの時間潰しに話しかけてきたのか。 「土井塔は、名前からして架空の―作りモンだろ?でもよ、キッドが現場の人間と入れ替わって犯行をするって手口は、定石中の定石だ。そして、あの時…あの相談役が偽の予告状を出した後で雇った人間の中にテメェがいて…」 「犯行日に雇ってくれる手際の良さだったなァ、ありゃ。簡単な面接で御当主様のお世話係になれるたぁ思ってなかったし」 「あの手の金持ちが雇い入れるメイドだのは、専門に近い派遣会社の大元が、ガッチリ身元を握ってるのが普通だ。つまり、既にある書類の中からその姿を借りたのか―」 「予め登録してあるように、データを入れたか?」 慎重に舌先でスープの温度を確かめてから、探偵は口にスプーンを入れた。喉と一緒に首も下に振られる。 さて、これは怪盗の犯行傾向調査か。 純粋な興味、という風でもありそうだ。 「オリジナルがいたら…どうするおつもりです?坊ちゃん」 「は?どうって」 「好みだから、付き合いたい…とか?」 「ああん?」 回復ぶりはとても良いようで、それはそれは気持ち悪いモノを見る目つきで凄まれた。 心外な。 もし、万一この姿に惚れでもしたら、と気にしてやったのに。 「仕方ねぇ…企業秘密だが、教えてやる。何と言っても、コレは!この瀬戸さんは!俺が集めた萌えっ娘データを分析し、万人が萌えざるをえないモデルタイプとして作り上げた最強のメイ―」「もういい」 食欲が失せる、と言い捨て、探偵は食事に集中しだした。 失礼な。 ** ** ** 「明日には治りそうですわね」 下げた皿を、シンクに置く。 ぱぱっと水仕事用の手袋を着けて、お湯を出した。 意識も確りとしていたし、食欲もある。 いや―アレは食欲、というモノではなく。 「食い物の恨み…いいえ、食い意地?んー違くて…」 険しい目つき。 ともすればグラリと揺れそうな身体を支えていたのは、強い意志。 「生命維持、ですかね」 生きるために食って、眠り、力を溜める。 元気になれば、それはそれは厄介な相手なのに、決して嫌いにはなれないのは、おそらくは、そういう部分。 目的の為にメイドの手を借りる事も辞さず、しかし借り続ける事を良しとしない、あの探偵のあるべき姿。 空から落ちた探偵を拾って、どうにか飛行船に戻せと叫ばれた。 飛行船に戻ってしまえば、彼は彼の目的の為―俺は俺で俺の獲物の為、所詮一瞬だけのことだと繋いだ手は、正しくその瞬間だけでアッサリと離されて。 離した時に、それはもう…飛行船に飛ぶ前にヘリの中で顔を見合わせて、ニヤリと笑いあった時の気分の悪く無さを凌駕する位に、居心地が良くなって、要らなくなった仕込み用の品を探偵に献上する位には、気分が良かったものだ。 怪盗と探偵なんぞ、余程の目的も事情も無い限り、手を取り合うもんじゃない。 |