『ご飯の支度するね!コナンくんは宿題でもしてる?』
『うん!国語の書き取りプリントがあるんだ』

『おうおうガキんちょも大変だなー』
『おじさんは…いいご身分だよねぇ』
『ぁんだとぉ?!』
『べっつにー!』

拳骨は嬉しくないので、素早く逃げて事務所の上の生活スペースに行く蘭を追った。
階段を上がる途中、蘭が声を上げる。

『あ…いっけなーい!お砂糖買ってくるの忘れてたわ』
『じゃ、ボクが行ってくるよ!』
『本当?でも宿題…』
『大丈夫、プリント一枚だもん。帰ってからでも平気ー』
『そう?ゴメンね。じゃ、お願いしまーす』

蘭と別れ、一人階段を下りる。
夕暮れの陽は殆ど落ちかけていて、夕闇が近づいていた。陽光の残滓が消えれば完全な夜が来る。
トワイライトゾーン…闇夜の前のマジックアワー。

「それから?」

俺は砂糖を何処に買いに行った?
いつものスーパー?

「確か…」

長く伸びた己の影を踏みながら。
子ども比率の影は、伸びたところで高校生の体格には程遠いと、そんな事を思って―

不意に背後から並んだ影。
長い長い影。
振り返る。
逆光で見えない。

― だれ


「ッ…、いて」



『どうしたの?』
『…なんでもないよ』

心配そうに顔を覗き込んでくる蘭。酔いが多少醒めたらしいおっちゃんも、眉を寄せて眼を向けていた。

― なにをみた

『ボク、もう寝るね』

席を立つ。追いかけてくる視線を知って、振り向かず。
布団を被りながら、起きている彼らの気配を意識せずに追いながら、待つ。待つ。
暗闇。
それから。


― それから


  ***  ***  ***


「全く、坊ちゃんったら…食事を入れる所に悪戯なさったでしょう」
「あー?」
「7時半に、一度食事を差し上げようとしたんですよ?でも…」

言われて、そういえば食事を入れる用にと扉に作りつけられている差し出し口に、先日釘で細工をしようとして―面倒になって放置したのを思い出す。掃除をする前の晩だ。
差し出し口の間口は高さ10センチ程度、幅は15センチ程度の新聞受けかくやの小ささ。
内部構造はおそらく単純。扉の外側の差し入れ口を開錠し、そこからもう一枚の隔壁を押すと扉内部のパネルが倒れて、部屋へと差し入れ物が出てくる仕様の。多少細くとも外界に繋がる場所をいつでも開閉できるように細工してみるかと、鍵をこじ開けようとしたのだ。
しかし針金ではない釘の扱い難さに、最終的に匙ならぬ釘を投げて一晩寝て起きた時には記憶の隅に追いやっていた。

「鍵穴、奥が潰されてたみたいで、回らなかったです」

てっきり窓に悪戯すると思っていたから、瑞紀ったら見逃しちゃいました。と、何故か舌をチロリと出して、頭をコンとセルフで叩くメイド…いや怪盗。
可愛いと思っているのだろうか。
…いるのだろう。
いるに違いない。
が、決して確認するまいと俺はスルーを決め込む。ドジっ子メイド的設定を気にしないよう、俺は適当に呟いた。

「…あの狭さから出てくる飯って…」
「サプリとシリアルバーになります」
「あっそ…」

頭の下に当てられた氷枕はちょっと気持ちよかった。
ただ、ベッドの隣の簡易な机に食事のトレイを置き、椅子に腰掛けて「はい、坊ちゃん…アーン」などという真似をしてくる怪盗は頂けなかった。
カツラを剥いで、ついでに馬鹿な衣装もひん剥いてやりたかったが、動くと頭がぐぁんぐゎんと揺れるので、極力眼を向けずに存在を黙殺しようと俺は頑張っていた。

「ですから、今朝は食事のご用意を三回したことになります」

いつもの時間と。差し入れ用と。今の。
本当はメイドお得意のオムレツを作ってたんですよ?などと、本気か嘘か知りたくない愚痴を洩らしやがる。

「俺が…出て行かなけりゃ、喜んで…放っとく、んじゃなかったのか」
「わざと出てこず、わざと食事を抜くのなら、勿論そうしますけど。お部屋にお水はありますからね」

−つまり、朝起き上がれなかった俺の状態を、コイツは知っていたということか。

「…おい、何で判断した」
「メイドにはご主人様センサーが搭載されてますの」
「へぇー」

実はメカとかいう設定もついているのだろうか。

くるくると器用な指先と同じに動くフォークの先には、細切りになっている野菜を巻いたハムが刺さって。

「さ、もう一口…」

口元に運ばれてくる。
フォークを持つ手と、零れるのを受け止める為の手だけを見て―手の持ち主は懸命に視野外において―俺は口を開く。

断食をする気は無い。









思い出そうとして震える身体は、間違いなく拒絶を示している。
襲ってくる頭痛も。発熱も。
あの日の夜以降の記憶が無いとなれば、自身で記憶を封じねばならない相当な何かがあったか。はたまた催眠や心理操作でも受けているのか。

―負けねぇ

記憶の奥。
見えない誰か。
それでも、嗤う気配をさせ、俺を窺い見てくる相手を、睨む。








「坊ちゃん…お顔が怖いですっ」
「黙れ、バーロー」

どう見ても嬉々としてそんな格好でいるテメェの性癖の方が怖い。

いや、キモイ。



2011/02/10 20:39 !
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -