煙幕の晴れた向こうに現れたのは、どこかで見た顔をした学生服を着た少年。 見た瞬間に何故かギクリとした。 ―顔立ちが俺に似ていたからか。 おそらくそうに違いない。 年の頃も工藤新一と同じくらいだろう。 怪盗が工藤新一の変装をしている場面には何度か遭遇していた。 ―出現時期から換算すると不自然なほどの若さ。 それが『怪盗キッド』の中身が入れ替わっているのでは、という仮説が正しいものだと仮定して。 ―顔を引っ張られても剥がれなかったマスク。 それを、元々の顔立ちが似ているからこそ俺の変装がしやすかったと考えるなら。 ならば。 アレは怪盗キッドの素顔ではないのか。 『この姿の俺を訪ねて来た―』 つまり、俺は怪盗の正体を知り、尚且つ彼を訪ねていた、という事だ。 『一体何しに来たんだろうね?』 俺こそが知りたい。 確かに怪盗にはそれなりの借りがあった。 しかし追うべき現場を離れてまで、怪盗の正体なんてものを俺は求めていただろうか? 俺としては奴の予告状を読み解いて、怪盗の準備した仕掛けをブチ壊し、出来るなら開幕のベルが鳴る前にショウを中止させる。 それが叶わないなら、舞台中にでも、奴の手品の種を暴いて、奴が獲物を手にする前に取り押さえてやる。 それも無理だというならば、幕が降りきる前にでも、奴の足を引っ掛けて転ばせて、獲物を取り返す。 いつもギリギリで獲物を取り返してはいたが、揚々と逃げていく怪盗を追いきれたことは無い。しかし探偵として、謎を解いて怪盗を追い詰める事が出来ればそれなりに満足して。正体を白日の下に晒せなかった悔しさはあれど、その感情は再戦への闘志になった。 単なる窃盗犯にしては鮮やかに、わざわざ衆目を集めて行う犯行は確かにショウと呼ぶようなもので、犯罪者でありながら華やかで時に優しくある怪盗紳士を、単なる目立ちたがりの唾棄すべき存在とは言えないでいた。 ―偶々か?何かの調査で? 俺がよしんば怪盗の正体に中りをつけていたとしても、わざわざ訪ねるのは考え難い。 ショウの場でのみ『怪盗』は『怪盗』として存在する。俺が思うに、怪盗とは一定の目的の為に用意された、そのためだけのまさに幻影だ。 仮に平穏な日常において怪盗らしき姿を見かけたとして、それを怪盗であると証明するのは困難。なにより怪盗本人は隠し切ろうとするだろう。状況証拠や自白ではいけない。モノを言うのは誤魔化しの効かない確実な物証だ。 ゆえに、現場で取り押さえてこそ―触れられぬ幻影ではないとその手で捕まえてこそ、正体を知ることが出来るはずなのだ。 では、俺は奴を捕まえた?―否。 俺の記憶云々よりも怪盗の態度がそれは無いと言っている。 今俺が置かれている状況は確かに怪盗の存在が鍵となっている。 だが、おかしなことに、彼は俺についても良い、と言った。 ―裏に居るのは誰だ 幾つかの仮定を立てては、俺は可能性の低いものから切っていった。 俺への態度。 この空間の閉鎖性。 この空間での過ごし方。 鳩の姿―怪我。 残っているのは、怪盗が逆らい難い誰かに、依頼されているか、脅迫をされているか、くらいだった。 いや、そんな事はどうでもいいのだ。 どうだって知ったことではない。 奴の事情を慮る理由など俺には無い。 そうではなくて― 「クソッ…」 真っ暗な中。 ベッドの上。 立てた片膝を抱えて俺は呻く。 思い浮かべる、夏の日の午後。 あの後の記憶を辿ろうと試みる。 記憶にある夢の残滓を脳裏から引っ張りだす。 泣いていた誰かに纏わり付いている霞を払おうと意識を集中する。 ―頭がひどく痛んだ。 |