ギュゥ…ッと絞る。 面倒だ、と思いながらも。 広げた布を両手で押さえ、目の前の床を余すところ無く拭いていく作業は決して悪いものではなかった。 目の前のことだけ。 それだけに集中できたからか。 久しぶりに、身体を動かした、という気持ちになったからか。 おそらく両方だろう。 「よっし」 水気を切った雑巾をパンと一払い。 部屋を見れば、さっきまでのボンヤリした小汚さが無くなった気がする。 「ついでに、棚の上…。椅子要るな」 呟いて、再び部屋を出て今度は台所に向かった。 怪盗は、先程までの作業を終えていて、ヤカンにお湯を沸かしていた。 「終ったか?」 「もう少しだな。椅子持ってくぜ」 「…何か、スッキリしたか」 「綺麗になれば、それなりにな」 「そりゃ、良かった。なんなら日課にして、一日ごとに各部屋掃除していってくれ」 「気が向いたらな」 そう言うと、さすがに驚いた顔をした。 「ま、向けば、だから。一切一ミリ…いやナノたりとも期待はすんな」 「へいへい。フェムトたりとも期待しないで、ピコくらい期待しておく」 怪盗は肩を竦めて、気が済んだら茶でも飲みに来いよ、と言った。 *** *** 先程までポケットに入れていたチップは音が拾え無いように、棚の中、本で作った囲いの奥にそっと置いてから。 「よし」 扉をホンの少しだけ開いて。 壁と開いた扉の隙間に、その人の頭上に来る死角部分に、風呂場から持ってきた手桶を設置。 中身は当然、床を綺麗にした後のバケツに残った汚水だ。 なんともお手軽な仕掛けである。 「さ、上を拭くか…」 呟きながら、椅子に乗り上げる。 「結構埃っぽ…ッ」 ギシリと椅子が鳴る。 俺は、椅子を蹴り飛ばしながら、同時に飛び降りて。 「ぅあ!」 呻いた。 「ってぇ…」 しばらくジッとして耳を澄ます。 ―するかしないか、微かな足音。 奴なら完璧に音も気配も消せるハズだから、それなりに急いでいるのかもしれない。 さて。 レトロな怪盗は、レトロな仕掛けに引っ掛かるものなのだろうか。 |