出汁の取り方は色々あれど。 個人的にはお手軽で本格風、というのが好みだ。 コンビニスイーツにだって、素晴しいモノがある。 湯気を上げる鍋に出汁の入ったパック一つを放り込む。 「名探偵の家は、カツオぶし派?煮干派?」 「微妙な身上調査だな。…確か、昆布?だったよーな」 「お、上品な感じ。俺ンちはコレか、出汁入り味噌だったぜ」 「怪盗ンちの台所事情とか聞いてもな…つか、え?何か、…そんなモンなのか?!」 それなりに意外だったらしく、驚いた顔で振り仰いだ名探偵。 その胸元は黄色地に白い小鳥が一羽のワンポイント。 首に紐を通して、腰紐で結ぶだけの簡単な作り。 工作ついでに昨夜思い立って縫ってみたエプロンは、名探偵にピッタリだった。 「…怪盗が、生計の助けのために盗みやってたら、紳士の名前が泣くどころかキッドFANとかいう奴ら崩壊すんぞ」 ニヤッと笑って返した俺にジト眼をした後、すぐ下を向いてそんな事を言いながら作業に戻る。 失礼な。 そんな理由で怪盗はしない。 もっとも、そんな事は探偵だとて承知の上に違いない。 シンクで作業する子供の手元にはほうれん草。 洗って茹でて、御浸しに。 パック出汁の泳ぐ鍋の隣の大鍋はまだ沸騰していない。 味噌汁には豆腐と油揚げ。 具材を入れる前に出汁のパックを取って。 ついでにカップ半分くらいの出し汁を取り出したら、冷まして、卵焼きの出汁にでも。 「真贋を見極めるには、真なるモノに触れねば眼は鍛えられません」 「ああ、初代の教えか?ウチの親父も似たような事言って、小さい頃はよくよく一流店ってのに連れて行かれたな」 「しかし!お手軽品や紛い物だからといって、一流に劣ると言い切れはしません。…とは思わねぇ?」 「まーな」 初代、とか。 親父、とか。 その辺の単語は、どう考えても引っ掛けだろう。 しかし、そうか。 名探偵の家も、そんなか。 世界的マジシャンの身内として、『本物』に触れる機会は幼い頃に絶えず与えられた。 口に入れるもの。 目で見るもの。 触り心地。 使い心地。 決して金にあかせて両親がソレラを物の価値の解らぬ子供に与えたわけではない。 物の価値を決定する物差しの持ち方と使い方を教えたのだと思う。 例えば― お菓子の食べ比べ。 幼い俺が喜んだのは、一粒何万円もするチョコレートよりも、心躍るイラストの入った棒のついたチョコレートだった。 舌先で感じた美味の度合いからすれば、宝石のようなその一粒のほうが確かに美味しかったけれど、見た瞬間に笑って喜んで、与えられるのを待ちきれずに手を伸ばしたのは一個100円の方だった。 つまり市場価値とは別に、自分にとっての本物は、一般的な本物と違っていても良いのだ。 本格とお手軽は両立しない、と一時幼い頃には思っていたこともある。 しかし、高級店でマナーにナイフとフォークの扱い方も鮮やかに、絢爛ともいえる食事を口にしシェフと語らう母親が、家に帰れば手抜き放題な料理を食卓に並べて。でも、だからといって、それらが高級店の味に劣る、なんてことは無かったし。 いや、正直に『お店のより美味しくない』などとポロリと口にしたことはある。が、その後『じゃ、貴方が作ってみなさい?』とニッコリ笑う母親の姿は軽くトラウマもので、二度と口にすることはなかった。 「要は、食えれば良いんだ」 「それも、極論じゃねー?手抜きに見えても、味劣りはしないだろうって事だろ。…え、ちょ、俺の料理って口に合わなかった?!」 だとしたら、なんだかショックだ。 いや、屈辱だ。 やっぱ味のほうも音痴なんじゃねーのか。 「いや、そう言うんじゃ…あ、沸騰したな」 「おい」 「ほら、あ?コレって切ってから入れるのか?」 「聞きながら、さっさと切ろうとすんな!駄目だって!」 味覚はさておき、調理音痴なのは確実だ。 なんだかんだで。 食卓に並んだのは、ほかほか白米、豆腐と油揚げとネギを散らした味噌汁、出汁巻き卵とほうれん草の御浸し、5枚入り小袋海苔も添えて。 料理の乗った小皿を並べ終えて、さぁいただきます、の頃合に、名探偵はポツリと呟いた。 多分、本人は何気ない一言だったんだろう。 …多分。いや、そうでなくては。 「和風食卓にしては何か足りない気がするな」 「……」 「ん?ああ、そっか…さか」 「いただきます!!」 ぱんっと手を鳴らす勢いで合せて。 大声で、俺は言った。 「っただきます」と少し慌てて名探偵も言った。 不思議そうな視線を、俺は食事に集中する事で―ついでに、何故にほうれん草を切らずに茹でるかについてとか、出汁巻き卵用の出汁談義で逸らしきった。 …と、思う。 本物でも紛い物でも、絶対相容れない存在だってある。 |