白い影。
ゆらりゆらり。
不意に影が翻る。

―誰だ。

『…くん、目を覚まして』

―起きている。いや、覚醒は遠い。聞こえている事を伝えようにも、口元が動かない。

『おねがい』

―わかっている。もどかしい。意識と肉体が上手く繋がらない。

どこかで切れているリンク。
酷く重い目蓋。
見えた白い影は、目蓋の裏でチラつく照射の強いライトか。
それでも意識が最も近い場所にある部位を―目を開けようと試みる。
薄く、隙間。
もう、少し。

『!ッ…、くん』

―泣くな

いや、目を開いてすぐに歪む視界なれば、それは己の涙だったのだろうか。
それとも落ちてきた、彼女のものか―





「は…い、ばら…?」

己の声で、起きた。
目に映る天井は、見慣れぬ―けれど昨日も目にしたモノと同じ。

「俺…?何か、忘れてる?」

日常と突然分断され、この場所に連れて来られた、と思っていた。
しかし、確かに存在した記憶を再生しているかのような夢が、脳裏に残っている。

認識を間違えている―ないし、記憶が欠落している。

「いや、だって、一昨日は、おっちゃんの所で」

呟いて、確認してみる。
昨日も風呂場でした作業だった。

「朝起きて、学校に行って、放課後探偵団の仕事だっつって犬探しして…帰ったら、おっちゃんはまた飲んだくれてて、俺の直ぐ後に帰ってきた蘭が、怒って…」

夕飯、お風呂、就寝。へっぽこなりに有名な探偵のところにその日は依頼人は訪れず、ごくごく普通に一日が終った…はずだ。

「いや、違う。それじゃ、駄目なんだ」

昨夜、風呂場で気がついた現象。
洗面台の水受け容器の傾き加減だと思いながらも、手で触れて凸凹を確認する。水を溜める設置型容器には一定の水流を起こし、溜まった水を排水口へ落とし込むようにうねりがあるのが普通だ。
しかし、ゆるく「ろうと」状態である以外、壁面は特徴が無かった。

北半球では水は左回り(反時計回り)に。
南半球では右回り(時計回り)に渦を巻く。
迷信じみてはいるが、一定の条件以下で、それは当然のように生じる自然現象だ。

日本は北半球にある。
しかし、見えた水の渦は。

「時間が飛んでいる、のは…移動のせいか?」

それでは、あの夢は何だ。

「夢、は…あれ?つーか、俺いつのまに寝たんだ?」

ぐるりと見渡す。
昨日と同じ風景―いや、やや寝乱れたベッドは、昨日ベッドメイクをしなかったせいか。
服も、風呂上りに着替えを忘れていて、着ていた服をまた着たから、大分皺が付いて、昨日色々見て回ったせいで汚れている。

風呂場で水の不自然な動きに気付いて、さてどう怪盗にカマ掛けなり、口を緩ませてやる会話運びなりしていくかを企んで、逆上せそうになりながら風呂を上がって。
大分お湯で茹だったと息を吐いたら、怪盗が丁度良く牛乳を差し出してきたから、喉が乾いていたのもあって、すぐに口に入れて飲み干して。

そして。

「あああああ!?」

急激な眠気を不審に思う暇さえなく、おそらくは。

「あッんの、クソ怪盗がァッ!!」

怒りに任せて勢い開錠をし、部屋を出た俺は、早朝第一声で、一日一つの怪盗に正解を吐かせる権利を失った。




2010/12/10 17:15 !
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