乾燥までやってくれる全自動洗濯機は放っておいて、畳んだ白スーツを風呂場に置いた大きなたらいに浸す。汚れがういてくるまで、揺らさない、触らない。擦るなど以ての外。 タイムコールをくれる腕時計でカチリと15分程度の時間をセットして、さて、その間に鳩の世話をしようと脱衣所を出た。 出たところで、出入り口に座っている名探偵を発見。 壁に背を預けて、腕を組んで、胡坐をかいていた。 「なにしてんだ?」 「テメェ…あの部屋は何だ?」 「どれ?」 くいっと眼鏡をかけた顔が向けられるのは、名探偵の部屋から真っ直ぐに伸びる廊下の先にある白い扉。昨日も開けようとしていたが、今日もさっきまで頑張っていたのだろうか。無駄な努力ご苦労様〜、などとちょっといやかなり笑いたくなった。が、流石に堪える。この少年のプライドは途方もなく高いのだ。 まぁ、あの扉は、少なくとも、あの物騒な蹴りを生み出すシューズや、ワケのワカランほど伸び縮みするサスペンダーでもなければ、ブチ破るのは無理だろう。あっても無理かもしれない。 「…入りたい?」 俺はフム?と考えるフリをして聞いてみる。 どのみち、探偵はココを自由に動き回れる怪盗の動きを追うだろう事は想定済みだ。しかして、ただでさえ狭い場所で付け回されるのはあまり心楽しい状態ではない。 「おう」 「じゃーさ、当番制オーケー?」 「…いつまでの期間だ?それ次第だな」 「期間なぁ。ふぅん?そりゃ、それはここにいる間、だろ」 「……そーかよ」 「朝は名探偵は一仕事あっから俺でいいけど、昼は名探偵が準備してよ。で、夜は交代で」 「料理なんかできねーぞ?」 「どうせ大した運動しやしねーから、昼は適当でいいぜ?ディナーは手伝う」 「あとは」 「洗濯も、さっきみたいに、洗いたいの持ってきて、洗い終わったら自分で片付けてくれればいいかな。食事の後片付けは作ってないほう、風呂・トイレは使用後綺麗に!を心がけるってくらいで」 「わかった」 了承の言葉に俺は口元をニヤっと上に。 楽ができるのは良いことだし、する事があったほうがコイツだって気が紛れる。 「でもよー?怪盗さんよ」 「ん?なんだ」 「俺が部屋から出てこない場合は?」 「……ま、そん時は俺がやるさ。あー名探偵もタダの探偵だな、いや子供か、くらいの気持ちで一人で気楽に過ごすから心配はいらねーぜ」 「誰が!テメーの心配するか!!」 ギリギリと睨む。 物騒な蹴りはシューズ抜きでも痛そうだったので、跳んで避けた。 元気なのは良いことだ。 扉を開けた瞬間、昏倒させられないように気をつけよう、と己に甘さ禁物と言い聞かせる。 台所にも、手の加えようによっては、麻酔針並みの劇物を作れるものがある。 ** ** ** コンコンと扉ではない、俺のギリギリ手の届く箇所の壁を叩く。クルリと壁の一部、一辺数センチの長方形が反転し、黒色の横一列のボタンが現れる。 チラリと視線を下げれば、刺す様な視線がジッと俺の手元を見ていた。 マジシャンの指に、あの眼はついてこれるのか?と思い、手元を覆い隠すでもなく、スッとボタンの上を掌を右から左に動かす。ボタンの表面をサッと撫でたくらいにしか見えないはずだ。普通なら。 「今…」 「ほら、開くぜ?」 ボタンを撫でた後、取っ手のない扉が勝手に隙間を作る。 軽くその隙間を大きくしてやって、さぁどうぞ?と促せば、俺を睨みながらも俺の脇をすり抜け扉の先へと入っていった。 しかし、入って直ぐに立ち止まる。 それもそうだろうな。 「…なん…、鳩小屋?!」 「生きてる商売道具なんでね、俺しか世話出来ねーの」 鳩用の網の張った簡易な小屋状の棚に、くるっぽーと囀る数匹の鳩。 床面積にしたら一畳分だが、高さがあるので結構大きい。 この部屋にある―いる、のはそれだけだ。 「…って、ことはここから更に隠し部屋?」 「さぁなー。とにかく、俺はちょっとコイツらの世話だ。…手伝うか?」 「世話…」 「俺は鳩さんの調子に合せて、ご飯置いてやるんだよ。コレは俺の役目だから手伝いはいらない。小屋掃除か水替えだな。やるか?やらねーんなら、ココに居られても邪魔だな」 「…やる」 「じゃ、水の取り替え頼むわ。小屋の網に掛けてあるの取って、洗面所か台所で水代えてきてくれ」 指示しながら、小屋の鍵を開けてやれば、そっと中に入って周囲を見回しながら、水入れに手を伸ばす。 鳩達は、侵入者に警戒はみせず、ぽぽぽーとノンビリしたものである。 そういや、名探偵は動物に好かれるんだよな。 俺は鳩の様子を見ながら、床で餌の調合をした。 「この五つでいいんだな?」 「そ。入れ物は水ですすぐだけでいい。洗剤で洗うとか止めてくれ」 「わかった」 スタスタと部屋から出ていく。 一応、その小さな背中が洗面所に入っていくのを見届けてから、俺は動作のスピードを最大限に上げた。 この間に、鳩たちには散歩に出てもらうのだ。 動物を密室で飼う事が出来ない事は当然だが、まぁせいぜいドコが外界と繋がっているかについては悩んで頂こう。 作業から戻ってきた名探偵が、ガラガラになった鳩小屋を見て苛立ち紛れに俺に水を掛けてくるものだから、もう一着分の洗濯が増えた。 |