監禁者というか監視者の一日というのは、存外面倒なものだ。 一番面倒なのは怪盗KIDで居続けることだったりする。 パフォーマーとして指先まで行き渡る仕草一つにも気を抜けない。 いや、それは別に良い。 修行とでも思えばいいのだ。 なにしろ、被監禁者ときたら、とんでもなく鋭い眼を持つ探偵という人種の中でも最高峰の名探偵。 彼の言動に揺るがない精神とか挙動のコントロールが完璧に出来れば、この先どんな舞台に立つことになっても大丈夫に違いない。 しかし一番の問題というか面倒は衣装的問題だった。 短時間だけ、サッと現れて消える、というワケにはいかない。 白い服で食事自体出来れば遠慮したいってーのに、料理まで。もちろん後片付けもだ。 昨日の今日でも、まだ調べたりないことがあるのか、名探偵は「手伝えよ」という俺の言葉を聞こえないフリをして、ダイニングから姿を消そうとした。 仕方ねぇな、と溜め息を吐きつつもその背中に声を掛ける。 「着替えたの、洗濯すっから出せよ。つーか、オメーも使い方覚えてさー、当番にしようぜ?食事もさ!」 「あんで、監禁されてる人間が炊事洗濯やらなきゃならねーんだよ。あ、コインランドリーなりクリーニング屋へのおつかいなら行ってもいいが?飯だってさ、なんなら外に食いに行こうぜ?」 素晴しい提案だな、と肯きたくなった。 しかし、そんな案は考える余地もなく却下するしかない。 致し方なく、俺は風呂場の脱衣所で作業を開始した。 衣装を大事に着るための自宅クリーニング法は、親父から衣装を受け継いだ直後にみっちり寺井ちゃんに仕込まれたので、完璧だ。何しろ怪盗の衣装というのは、キッドの秘密の中でもかなり高位の―トップシークレットなのだ。 他人の手に任せることなど出来ない。 ゆえに、洗濯シーンを見られるというのは、こう…衣装の仕込を取っ払った後でも精神的に秘密を覗かれているようなモノ。 「手伝わない子は、向こうに行ってくださーい」 「まぁまぁ」 背後でニヤニヤ笑っている気配。 一応、人の話を聞いていたのか、着替えた服を持ってきたのだろう。さっさと置いていけば良いのに。探索なり捜査なりしてやがれってんだ。大概無駄だろうけどな! 「洗いモンあるなら、洗濯機入れろよ。ついでに内容量を見て洗剤も入れてくれ」 何気なく指示を出してみる。 ―お手伝いとは、ソレと気付かれないように日常に取り入れて、段々と相手を慣らしていって、ようやく自発的行動に繋がる…のよ!だから快斗が上手く育ってくれて助かったわー!と、言っていた俺の母親の言葉を思い出したのだ。 まぁ怪盗の衣装には元より触らせる気はない。 洗濯の当番で扱って欲しいのは、衣装以外のタオルなどを含めた洗い物だ。 全自動洗濯機とはいえ、洗濯槽に放り込んだり取り出したり棚に片付けるのは人の手なのである。 「洗剤ってコレか?」 白のジャケットに軽く何度もブラシを充てていた俺の背後で動く気配。 おお、意外に素直だ。 振り返らずに、言葉だけを投げる。 「箱のやつな」 「液体じゃねーんだ?」 「最近の粉末洗剤はよく溶けるぜー」 「さすが、クリーニング屋を名乗って、ドレスやら制服やらを持ってく人間は洗い方にも詳しいな」 皮肉としてはイマイチだ。 ―ああ、詳しいとも!うるさい付き人や母親に、色物・おしゃれ着・布製小物に果てはぬいぐるみの染み抜きまで教えられたし実地でやりもしている。俺は完璧主義者として、どんなヨゴレでも真っ白にしてやるぜ! …いや、言う気は無い。 ナイナイ。 怪盗のイメージが残念なことになるに違いない。 それから、サラサラと洗剤を投入した名探偵は、しばらく俺の行動を見ていたようだが、何を言うでもなく、ふらりと風呂場から姿を消した。 |