葉桜と細い糸

 





闇に融けそうなあの人に会った

 (纏うのはヤミイロ)


誰にも呼ばれない名前を伝えた

 (彼は相応の対価をくれた)


初めて人恋しくて涙した

 (僕は可笑しくなったのだろうか)












朝起きて。
ぐにゃりと視界が崩れる。
内側から鈍器で殴られるような。
落ちたベッドに縋って、立ち上がる。

息をする度、喉を競り上がっていく。
堪えようとして、がりがりと引っ掛かる。
けれども、時間は迫っていて。


「坂本くん、おはよ」


クラスについて。
倒れ込むように奴良の席にダイブ。
派手な音したけど、机平気かな。


「…家、長…?」

「う、うん。…大丈夫?」

「……へー、き…」


音を聞いたのだろうか。
家長が、声を掛けてきた。
相変わらず、ガンガンと鈍器で殴られていて。
耳栓をしたように、聞き取りづらくて。


「あれ、カナちゃん?…っ、坂本くん!?」

「…………、る、さ…」

「ぅわ…。カナちゃん、ぼく、坂本くん保健室に連れていってくる」

「う、うん。先生には言っておくね」


起きて、と声を掛けられて。
ノロノロと顔をあげる。
ぐにゃりと歪む世界は、思った以上に辛くて。

それでも何とか、教室を出たところで足が動かなかった。
あぁぶつかる。
そう思ったのに。


「何ですかい、若ぁ。んなことは俺に任せてくだせえ」

「ちょっ、あぉ…、倉田くん!風邪引いてるんだから…!」

「んじゃぁ、保健室ですなぁ」


ガンガンと痛む頭に、無遠慮に響くでかい声。










目を覚ましたら、消毒液のニオイがした。

まだ怠い頭で周りを見れば。
窓の直ぐ脇にある小さな机で、奴良が何かを書いていた。
ぼやっと滲む視界で見詰めていたら。
起きたことに気付いたのか、奴良が笑った。


「大丈夫?」

「まだ…、だるい……」

「過労と、栄養失調だって。心当たりは?」


過労は判らないけど。
栄養失調なのは、わかる。
最近、ろくに食べてない。
食べててもカップ麺とか…。

あの二人が居なくなれば判ってたことで。
よくもまぁ持ったモノだ。
途切れ途切れに話したら、何時ものように頬を膨らまして怒った。


「母さんに聞いたら、治るまでうちに連れておいでってさ」

「………いぃ。かえれる」

「ダーメ。…服はぼくので大丈夫かな?ダメだったら買いに行くし」


先生にも暫く休ませなさいって言われたから。

椅子から降りて、目線を合わせてくれて。
ふわりと笑ってくれた。
それからつん、と頬を突かれて。
ほぅ、とまだ熱い息を吐いた。








「あらあら、お部屋はどうしたら良いかしら」

「母さん、ぼくの部屋で大丈夫だよ」

「判ったわ。毛娼妓ちゃん、手伝ってくれるかしら?」

「はぁい」


倉田…青田坊の背中で、熱に侵されている坂本くんを見て。
母さんはくすくす笑いながら用意をする。

あぁ先に連絡しといて良かった。
ちょっとして、涼やかな声が掛かる。
布団に下ろしながら、何度か着た浴衣を出す。
起きたら着替えて貰おう。

青に礼を告げると、静かに襖が開いて。
そっと毛娼妓が入ってくる。


「お水とお薬です。また起きられた時にお粥は作りますので」

「うん、有難う。……さて、と」


様子を見ながら、宿題をやる。
もちろん、休ませてる間は出来るだけぼくは学校に行って。

あぁでも心配だなぁ。

くす、と笑い、なんだか幸せな気持ちになる。
さらさらと零れる髪を触って。


「…………、……」

「…坂本、くん…?」

「……………よ、る……」

「っ…!」 


触れていた手を、思わず離した。
知らない、けれどきっと人の名前。
ぼくの知らない時間。

ずっと傍に居る訳じゃないのは、判ってるけど。
それでも、自分以外の名が出るとは思わなかった。
見上げた空は、泣きそうなくらい紅かった。






 ⇒§




 

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