3-2
風呂に入りながら、ぼー、とする。
防水のプレイヤーで、借りたCDを掛ける。
これも奴良からだ。
そうそう、あいつは妖怪の血が混ざってて。
良く言う…、あれだ。
外国の血が混ざってるのと同じ感覚。
で、小学生の時に変わったんだっけ。
「…………良い、なぁ…」
ジャカジャカとギターの音が鳴り響く。
呟いた声は、叫んだボーカルに掻き消された。
あの日見た奴良は、今まで見てきたどんな人よりも格好よくて。
傍に居てくれたらどれだけ嬉しいだろう。
流れる曲は心情とは裏腹に、よく判らない言葉を並べ立てて。
イライラ、する。
「………替えよ…」
軽く拭いて、CDを替えて。
しっとり歌い上げるのは日本の歌姫とか言う人。
浸かり直して、覚えはじめた歌詞をなぞる。
歌っては消える声が、なんだか悲鳴のようで。
逃げられない籠に居る自分が、情けない。
あぁ君はこの疵を見たら嫌うかな。
かたかた、と窓が鳴った。
最初はただの風かと思って居たのに。
しばらくして、コツン、と石か何かが当たる音。
薄いカーテンの先に、見覚えのある黒い着物。
鍵を開けて窓を開ければ、夜風が部屋に入ってくる。
瞬きをすると、目の前に居たはずの人間が居なくて。
「…よぉ、久し振りだな」
「っ…、………お前」
「あぁ。妖怪の奴良リクオだ」
唐突に背後から掛かる、声。
学校で会う姿とは、背も体格も…風貌も。
髪も銀と黒で、コントラストが綺麗だ。
目の色も赤に変わっていて。
一瞬のうちに部屋に入ったことは驚くけれど。
それよりも、妖しさに魅せられる。
「………やっぱり、奴良、なんだ」
「あの中で気付いたのは、お前だけだぜ」
「…………どっちでも、奴良は奴良だから」
突然、腕を取られて。
気が付けば奴良に抱きしめられていて。
「ん、ちいせえな」
「………るさい」
「ははっ、抱き心地良いなお前」
「…………、血?」
すん、と息をした時に匂ったのは。
桜の香りと、酒のニオイと。
微かに、けれども知りすぎている血のニオイ。
黒の着物を探り、羽織りを探り。
裾に、微かな血の跡。
「……奴良、怪我した?」
「いや?…あぁ、返り血だ気にするな」
「………ん」
羽織りの血を見せながら聞けば。
手から離される。
くく、と小さく笑う低めの声が、心地良い。
「…リクオ様、帰りますぞ」
「あぁ、もうそんな時間か」
「………、」
「んだよ、そんな顔すんな。…また逢えるから」
来たときと同じように、窓に足をかけて。
少し先には、宙に浮いてる昔の乗り物らしきもの。
…牛車、だったかな。
奴良の少し上を飛んでるのは、鳥の妖怪?
「そうだ、お前名前は」
「…ぇ、坂本…だけど」
「あぁそれは知ってる。下の名だ、何て言う」
「……万葉」
父も母も呼ばない、名前。
あの二人は僕の名前を覚えているのだろうか。
ちり、と胸が痛む。
誰にも呼ばれることがない、不必要な名前。
「ん。今度から、オレはそう呼ぶ。だから、応えろ」
「………奴良、」
「オレは、…そうだな、夜しか出ない。だから夜だ」
鳥の妖怪が、奴良を急かすように名を呼ぶ。
返事も返さず、くしゃりと髪を撫でる。
「いいな、万葉」
「………よ、る…」
「あぁそれでいい。オレに応えろ。オレはお前を守ってやる」
だから、泣くな。
落ちた雫は、奴良の…、夜の唇に盗られて。
くく、と喉で笑って。
「じゃぁな、いい子で寝ろよ」
おやすみ、万葉
耳元で囁かれた言葉に。
その声とともに、からからと何かが遠ざかっていく。
瞬きをして、見たものは。
月明かりに煌めく、銀色の髪。
「……リクオ様、彼は」
「あぁ。ガゴゼの時に、人間を守った奴さ」
「さようですか…。しかし、何故…あんなにも似ておいでか」
「…さぁな。鴉よ」
「は…」
「オレはあいつを守るぜ。万葉は、オレのモノだ」
判ってンな。
そう言えば。
鴉天狗は、眉を潜める。
「万葉は弱い。だが、心根は強いぜ。……下手な妖怪よりもな」
「……リクオ様…」
「だからオレは三代目を継ぐ。あの画図、また見せてくれるな?」
恭しく頭を垂れる。
それでいい。
守るべき存在は、直ぐ近くに居るのだ。
弱く儚く、そして強い。
見上げた月は、何処か泣いているようだった。
To be next.
見えたのは、空に浮かぶ薄い月。
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